ヒメバチ類の種多様性は熱帯林でも低くない?

 緯度が低くなるほど種数が多い。温帯より熱帯の方が種多様性が高いのはさまざまな生物群で言われてきたことです。種数ー面積関係と同様、生態学では数少ない頑強な「一般則」の一つと考えられています。これまでも緯度ー種数関係についてはさまざまな視点から紹介してきました。


参考
植食性昆虫群集の熱帯林と温帯林での比較
熱帯ほど植食性昆虫の寄主植物特異性は高いか?
なぜ熱帯に植食性昆虫が多いのか?(まとめ)
熱帯ほど生物の種間関係が深い
ラポポートの法則(Rapoport's Rule):緯度の増加とともに分布域は広がる?
筆箱効果:地球の幾何学的なパターンから多様性勾配を説明できる?


 しかし例外として、昆虫類では、ハバチ類、アブラムシ類、ヒメバチ類が熱帯では温帯に比べて種多様性が低い(温帯で種数が多い)ことが知られてきました。これには、寄主植物(ハバチ、アブラムシ)や寄主昆虫(ヒメバチ)との関係性からさまざまな原因が議論されてきました。しかし、これまでにも詳しく紹介してきたように、昆虫類には多くの未記載種や未発見種が含まれています。つまり、緯度ー多様性関係を示す元データがしっかりしていなければ意味のない議論となってきます。


 ヒメバチ科は世界で最も種数の多い科と考えられていますが、最近発表された論文によると、新大陸の熱帯林での詳細な調査によって、ヒメバチの種多様性は熱帯林で必ずしも低くないことが報告されています。


 エクアドルの2ヶ所(赤道直下)の森林からフォギングによって得られたヒメバチ科のうち、Orthocentrinaeという亜科(キノコバエ上科の幼虫に寄生するグループ)に属する1078個体を調査したところ、95の形態種(多くが未記載種)に分けられた。フォギングの回数による累積曲線(rarefaction)による推定種数は、111から134種となった。これらの値は、中米(グアテマラホンジュラスニカラグア:北緯約12〜14度)の25ヶ所からマレーズトラップによって得られた同亜科の88形態種および133〜157推定種数と大きく変わらなかった。


同亜科に含まれる15属のうち4属については、エクアドルの形態種数は中米の形態種数と同程度か上回っていた。


さらに、DNAバーコーディングによって、外見では見分けづらい14の形態種は、潜在的には31種が含まれる可能性があった。


以上のことから、熱帯林でのヒメバチ類の多様性はまだわかっておらず、小型種や、形態では見分けづらい隠蔽種を含めて、まだまだ多くの種が発見されると予想される。


文献
Veijalainen A et al. (2012) Unprecedented ichneumonid parasitoid wasp diversity in tropical forests. Proceedings of the Royal Society B 279:4694-4698.


 昆虫類では未記載種というのは山のようにありますが(参考:種の記載がすべて終わるのは何年後か?)、その見解明な部分もグループによって事情は異なります。熱帯では(温帯に比べて)種数が少ないと思われていたグループがたくさん発見されたというのは興味深いです。著者らのグループは精力的に新熱帯のヒメバチ類の多様性解明に乗り出しているようで今後の展開が楽しみです。とはいえ、ヒメバチ類の場合、温帯域での種多様性が極めて高く、この事実がひっくり返ったというわけではありません。


文献
Veijalainen A et al. (2012) Subfamily composition of Ichneumonidae (Hymenoptera) from western Amazonia: Insights into diversity of tropical parasitoid wasps. Insect Conservation and Diversity online published.

パターンの抽出とメカニズムの提案

 Whittakerらの「海洋島の生物地理学における一般動態理論」は、生態学ではよくある研究の流れにのって提案されたものでした。


 Emerson & Kolm (2005) は、ネイチャー誌上で、ハワイやカナリア諸島において種数の多い島ほど単島固有種率が高いことを明らかにしました(参考:種数の多い島ほど固有種が生まれやすいか?)。その中で、単島固有種率を種分化率の頻度ととらえて、種数が多い島ほど種分化率が高くなるという仮説を提唱しました。島で種数が増加すれば競争や捕食圧が個々の種に強くかかり、一部の種が絶滅するかもしれないが一部の種では適応し生き残る。また、種数が増加すると個々の種の個体数が減少し遺伝的浮動が生じやすくなる。つまり、島での種数の増加(多様化)はさらなる多様化(種分化)を促進するかもしれないと考えたわけです。しかし、この論文には、多くの異論が寄せられました(参考:種数の多い島ほど固有種が生まれやすいか?)。Whittakerらは、Emersonらが発見したパターン(種数と単島固有種率の高い相関)についての重要性を認めながらも、彼らの考えたメカニズムに代わるモデルを提案しました。


これが、「一般動態理論」の元となった「island immaturity-speciation pulse model」です。2007年にEmersonらの論文に対するコメント論文としてEcography誌上で提案された暫定モデルです。この論文では、「海洋島の生物地理学における一般動態理論」の論文中ににも載せられている類似の図が出てきます。



図. 島の誕生から消失にかけて時間軸に沿った環境収容力、種数、移住率(immigration rate)、絶滅率(extinction rate)、種分化率(speciation rate)の変動パターン(Whittaker et al. 2007および2008より)


つまり、Emersonらが発見した種数と単島固有種率の高い相関は、海洋島の成熟度に沿った種数と種分化率の同調によると考えたわけです。特に、一般動態理論の予測の一つ「放散は最初の移住フェーズの後、島が成熟する(環境収容力が増え、地形が複雑になる)とともに卓越していく」ことによって種分化率が上昇してきたと考えてきたわけです。


 以上のように、生態学では、発見されたパターンについて、(1)そのパターンが普遍的かどうか、(2)そのパターンを説明するメカニズムが正しいか、についてよく議論が起こります。ただ、多くの生態学的現象では、全く異なるメカニズムから一見よく似たパターンが出現することが多いと思います(参考:島面積と種数の関係:メカニズムのまとめチェッカー盤分布をめぐる論争)。つまり、抽出されたパターンを説明するメカニズムは単一ではないことが多いのです。物理学など多くの自然科学と違って、パターンを説明するメカニズムが一つではないことが生態学を科学としてなんとなく「ゆるい」存在にしているような気もします。とはいえ、その「ゆるさ」こそが生態学のおもしろさを引き出しているとも思っています。


文献
Whittaker RJ et al. (2007) The island immaturity-speciation pulse model of island evolution: an alternative to the ‘‘diversity begets diversity’’model. Ecography 30: 321-327.


Whittaker RJ et al. (2008) A general dynamic theory of oceanic island biogeography. Journal of Biogeography 35: 977-994.


 島嶼生物地理学理論を提唱したマッカーサーも、彼の著書「地理生態学―種の分布にみられるパターン」の中で、繰り返し現れるパターンをつかむことの重要性を力説しています。メカニズムや理論を考えるのも楽しいですが、議論のもととなるパターンの発見も大事です。



Geographical Ecology: Patterns in the Distribution of Species
邦訳 地理生態学―種の分布にみられるパターン

海洋島の生物地理学における一般動態理論

 2009年に「島の生物地理学の理論、再び」を紹介しました。その中で、Robert J. Whittakerらが、マッカーサーらの理論は孤立した海洋島ではうまく説明できないことが多く、新たに「海洋島生物地理学における一般動態理論(general dynamic theory of oceanic island biogeography)」を提唱していました。これは、2008年に彼が編集していた専門誌 Journal of Biogeography の原著論文として出したものの(ほぼ)再録でした*1



The Theory of Island Biogeography Revisited


2009年当時は、海洋島に特殊化した理論だなあと、それほど熱心に読んでいませんでした。しかし、先日、Whittakerらの理論を検証する論文のプレプリントを読む機会があり、発表からわずか4年の間にこの分野として重要な理論となりつつあることを感じました。Whittaker自身が長年Journal of Biogeographyの編集長を務め、さらに「Island Biogeography」や「Biogeography」といった主要な教科書の執筆者という影響力もあるのでしょうか。



Island Biogeography: Ecology, Evolution, and Conservation



Journal of Biogeography


ということで、遅ればせながらエッセンスだけでも勉強しておこうと原著論文にあたってみました。


 マッカーサーたちの理論は、大陸から近い島や遠い島といった抽象的な島を想定し、島への移住率と絶滅率を考慮して平衡種数を説明したと一般には捉えられています(参考:島面積と種数の関係:メカニズムのまとめ)。しかし、孤立した島では、移入率が極端に小さく、島での種分化過程が種数増加には重要になってくることはマッカーサーらも気づいてはいました。その後の研究者の何人かも、島内での種分化過程も重要だと指摘してきました(参考:島が大きくなるほど種分化がおこりやすい種分化に必要な最小の島面積は?)。そこで、Whittakerらは、海洋島の誕生(海面上に出現)から死亡(海面下に沈降)までの期間で、環境収容力とともに種数が動的に変動すること、そして、この種数が島外からの移住、島内での絶滅だけでなく、島内の種分化によって説明できることを理論として提唱したというわけです。


 海洋島は、誕生から死亡まで、大陸島などと比べてよりクリアに定義できます。例えば、ハワイ諸島は、現在のハワイ島(Big Island)が最も新しい島で、北西に向かうほど古い島であることがわかっています*2(参考:ハワイ諸島の形成史)。現在のハワイ島は、ハワイ諸島最大の島で、加えて4000mを超える高い山を有しますが、北西に向かうほど、島面積は小さく、標高も低くなります(図1)。そして、北西ハワイ諸島(カウアイ島より北西の小さな標高の低い島群)のように、島が削られ風化し沈降して最終的には海面下へと姿を消します(図1)。



図1. 島の誕生から消失までの地形の変化(Whittaker et al. 2008より


Whittakerらは、このような島の歴史の中で、生物が生息可能な潜在的な環境収容力が変動し、これにあわせて種数の変動を予測しました。そして、マッカーサーらと似た図を用いて、移住率、絶滅率に加えて種分化率が時間軸にそって変動することによって種数を説明したわけです(図2)。



図2. 島の誕生から消失にかけて時間軸に沿った環境収容力、種数、移住率(immigration rate)、絶滅率(extinction rate)、種分化率(speciation rate)の変動パターン(Whittaker et al. 2008より


また、島の隔離度(どれだけ供給源の大陸から離れているかの度合い)によって、移住率が異なるため、これに影響を受けて種分化率も変動することを指摘しています。つまり、移住率が高い場合(I3の曲線)、種分化率(S3の曲線)は低い範囲をとることを示しています(図3)。



図3. 移住率と種分化率の関係(Whittaker et al. 2008より


 この一般動態理論が成り立つとすると、導かれる予測パターンがあります。その代表的なものとして、「種数および単島固有種数(single island endemic)は、島が古くなるとともに上昇するが、その後減少する」ということです。このような関係は「humped relationship」と呼ばれています。適切な日本語を思いつかないのですが、「一山型の曲線」を描くと表現しておきましょう(図4)。



図4. 島の面積と年齢と種数の関係(Whittaker et al. 2008より


一般動態理論の主な予測


1. 種数および単島固有種数は、島の年齢に対して一山型の関係をもち、ある時間断面での諸島全体で見ると島面積に対して正の直線関係をもつ(図4)。


2. 種数および単島固有種数は、最大面積で最高標高で成熟した島でより高い(図2)。


3. 移住率と種分化率は、島の隔離度に対して変動する(図3)。


4. 放散(lineage radiation)は最初の移住フェーズの後、島が成熟する(環境収容力が増え、地形が複雑になる)とともに卓越していく。


5. 山地性の種類は島面積の減少とともに(生息地の減少により)徐々に絶滅していく。


6. 単島固有種の割合は、島の年齢に対して一山型の関係をもつ。これは、面積や環境収容力が減少しつつある(古くなりつつある)島では予測8によって単島固有種が失われるためである。


7. 属あたりの単島固有種数は新しい島で多く、古い島では減少する。


8. 島が古くなるほど、単島固有種の一部はより新しい島に移住する(参考:ハワイ諸島での種分化:‘Progression Rule’)。このため、単島固有ではなくなる。


9. 放散後に残った遺存固有が古い島に見られる。


10. 最高標高に達した段階の島で適応放散(adaptive radiation)が最も卓越する。相対的にやや古くなった島では、島内の異質性が高まり非適応放散(non-adaptive radiation)がより重要になりうる(参考:適応放散と非適応放散)。


 Whittakerらはこれらの予測すべてを検証することは不可能としつつも、島の年齢に対する多様性(種数、単島固有種数など)の一山型の関係についての予測(図4:1および6の一部)は検証できると考えました。そこで、カナリア諸島(7島、節足動物、植物、陸産貝類)、ハワイ諸島(10島、節足動物、甲虫類、開花植物、陸産貝類)、ガラパゴス諸島(13島、昆虫類、甲虫類、植物)、マルケサス諸島(10島、植物)、アゾレス諸島(9島、植物、陸産貝類)のチェックリスト(記録)を使ってその予測を検証しました。検証には、図4の予測となる以下の式の当てはめを行いました。


式1)Diversity = a + b × (Time) + c × (Time2) + d × (log Area) ,


Diversity(種数、単島固有種数、在来種に占める単島固有種数の割合、属に占める単島固有種の割合)、Timeは島の年齢(Time2は島の年齢の2乗)、Areaは島面積、a〜dは定数です。これらの当てはまりを、その他、従来の島面積ー種数関係のモデルと比較しました。結果として、式1)が他のモデルに比べて最も果てはまりが多く、島年齢に対して一山型の関係が見出されました(つまり予測1は検証された)。


文献
Whittaker RJ et al. (2008) A general dynamic theory of oceanic island biogeography. Journal of Biogeography 35: 977-994.


 「海洋島の生物地理学における一般動態理論」の骨子をまとめてみましたが、この理論、日本近辺では実データをもってこれを検証するのは難しいというのが実感です。というのも、日本で、種分化が起こるほど隔離された海洋島というのは小笠原諸島くらいですから(単島固有種も少ない)。しかも海洋島の中でも、かなり古いので、一般動態理論でいえば、かなり種数が減少した古い島にあたるでしょう。火山列島は、南硫黄島近辺から北硫黄にかけて歴史的に追うことは可能だけれど、いかんせん種分化が起こっているほどに古い島はありません。ということで、ハワイ諸島カナリア諸島などのようにかなり新しい島から古い島までが集まった場所はありません。


とはいえ、島の種数を考える上で、島面積だけではなく島の年齢を考慮するというのは、他の生態学のパターンを説明する参考になる概念になってくると思っています。

*1:2007年の「島嶼生物地理学の理論」40周年の記念シンポジウムではじめて提唱したのかもしれませんが。

*2:大陸プレートの移動とともに島は随時北西方向に移動しています。

論文のカラー図作成

 論文の中で、研究に使った試料や動植物をカラー写真を使って示したい時がしばしばあります。また、複雑な図をわかりやすくするために凡例や線を色分けしたい場合もあるでしょう。つい数年前まではカラーチャージを気にして、なかなか思い切ってカラーにできないものでした。カラーチャージというのは、図をカラーにするとかかる印刷価格で、ページチャージ(ページ単位、もしくは◯ページ以上超過する時にかかる価格)や別刷代*1とは別料金になります。


だいたい2,3ページにカラー図を配置すると数万円から十数万円はかかったものです。もちろん、現在でもカラー印刷するとそれくらいかかるようですが、最近の研究界は別刷りの代わりにもっぱらPDFをやりとりする時代です。そもそも冊子体をもたないオンラインジャーナルさえも増えてきました(もちろんカラーチャージはかかりません)。つまり、思う存分カラー図を使える時代が到来したということです。大手出版社(Elsevier、Wiley、Springer)でも、冊子での印刷は白黒(グレースケール)にするけれど、PDFだけはチャージなし(無料で)でカラーにすることも可能です。雑誌の投稿規定にはカラーにすると1ページ(または図)単位〇〇ドルかかると書いてあっても、PDF版のカラーは無料だったりすることが多いのです。


 さて、カラー使い放題とはいっても、冊子体では白黒になってしまいますし、PDFを(白黒)印刷して読まざるをえない人もまだ多いでしょうから、多少カラー図にも工夫がほしいところです。色分けした場合でも、グレースケール(白黒)で印刷された時にも区別できるような記号分けや線(点線など)分けするのも手段の一つでしょう。カラー写真についても、Photoshop等でグレースケールでチェックして図がつぶれないように明暗を調整しておきたいところです。



最近書いた論文の図(3色に分けるとともに、重複する線は種類も変えてみました;Sugiura et al. 2013より)

*1:別刷りとは、印刷された雑誌の中から個別の論文だけを抜き出して冊子にしたもの。抜刷りとも言う。

メールで論文請求

 職場で図書委員というのをやっています。確か中学1年生の時以来です。中学生の頃の図書委員会では廃棄する本を決めたりしたことを覚えていますが、今は研究所で購読する学術雑誌を決めたりすることが主な仕事です。


今の職場ではNatureやScienceの冊子は購読しているものの、インターネットで自由に論文のPDFをダウンロードすることはできません(電子購読の契約はしていない)。少しでも科学にかかわっている研究所なのに、そんな時代遅れのことで良いのだろうかと思ってきました。しかし、こういう委員会に出席してはじめて購読料なるものを教えてもらうと、小さな規模の研究所では(研究費が限られているので)ダウンロードの契約ができないのも仕方がないのかなと思えてきました。(ダウンロード付きの)購読料は、研究員あたりの規模で決定されるので、ここで具体的な金額を出しても意味がないのですが、Natureは冊子体を1冊機関購読するだけで他の雑誌に比べべらぼうに高いのです(Scienceはそれほどでもない)。さらにオンラインでもダウンロードできるように契約するとなるとさらに高くなります。


NatureやScienceに限らず、専門誌の論文も含め、研究機関が購読していない論文の場合、1論文あたり数十ドルで購入(ダウンロード)することが可能です。しかし、一般には論文の執筆者には出版社からPDFが配布されており、これを他の研究者に無料で配ることも認められています。つまり、わざわざお金を払って論文をダウンロードする必要はなく、執筆者に電子メールを送ってPDFを送ってもらえば無料で手に入れることができるというわけです。



 文面はシンプルな英語でも何でも良いでしょう(漢字が混じるとスパムや文字化けのように見られてメールが捨てられる可能性があるので注意しましょう。実際、台湾や中国などから送られてくる漢字っぽいメールはついつい捨ててしまうことが多いです)。


例)

Title: PDF request


Dear Dr. [著者名のラストネーム],


I'm interested in your work. Please send me a reprint of [論文タイトル].


My email address is provided below. A PDF copy of the paper will be very helpful.


[自分の名前]

E-mail: [自分の電子メールアドレス]


実際、PDFを電子メールで請求すると、ご機嫌な調子の返事が翌日に届くことがほとんどです。参考までに、私がこの1年間にPDFを請求した時、送られてくるまでの日数をヒストグラムにしてみました*1



また、著者にわざわざPDFを請求しなくても、まずGoogleなどの検索エンジンで著者名を検索してみて、その著者が自らのウェブサイトを持っている場合、論文のPDFを公開していることがあります。または、直接Google Scholarという論文検索サイトを使って、ほしい論文のタイトルを検索すると、論文によってはPDFを無料でダウンロードできるサイトを見つけてくれることがあります。


これらの方法を使えば、立派な研究機関に勤めていなくても、また研究者でさえなくても、論文を簡単に無料で手に入れることができるというわけです。



 研究者なら誰でも知っていることかもしれませんが、これから研究をはじめようという人、研究者ではないけれど論文の原典を読んでみたい人のために役立てばと思います。

*1:結局PDFが送られて来なかったのが1件ありましたが。

ホットスポットで昆虫採集

 以前にホットスポットという言葉の使用法について紹介したことがあります(ホットスポットとは)。それから原子力発電所の大事故が起こって、日本ではホットスポットといえば放射性物質でひどく汚染された地域を指すことが多くなったように感じます。


 先日、そのホットスポットで昆虫採集を行いました。別にふざわけているわけでもなく、罰ゲームというわけでもなく、調査の手伝いで行った仕事の一つです*1



 とあるホットスポットの林道に真っ白なツナギを着て防塵マスクをした怪しげな集団こそ、調査隊?です。防塵マスクは汚染物質を吸い込まないため、ツナギは特に放射線を遮断する目的ではなく、調査後脱いで容器に入れて、宿に帰った時に汚染されたホコリを持ち込まないためのものです。真夏ですからひたすら暑かったです。



 場所は、本州中部以北によく見られるミズナラやブナの生える落葉広葉樹林です。ツリフネソウの花にはトラマルハナバチが、ヌルデの花にはクマバチ、オオマルハナバチ、ヒメスズメバチアオハナムグリなどが盛んに訪れていました。ミズナラの樹液にはアオカナブンの姿も。林道で悠々と飛翔するオニヤンマを網に入れた瞬間は、夏休みの最後に昆虫採集に来た気分でした。



ただ、調査地における累積線量*2をみると・・・。



 生態系に強い影響があるのか、それとも大した影響はないのか、今後、長期的な視野で研究が行われていくのでしょう。

*1:昆虫以外の動物調査が主目的のようでした

*2:よく時間あたり線量(μSv/hour)が使われますが、これはそれらを累積した値です。

カブトムシと樹液

 子供の頃からずっと昆虫採集を続けてきましたが、今年ほどカブトムシをたくさん採集した年はなかったでしょう。たくさんの個体を必要とする案件があったからですが、今の職場の構内だけでかなりの数を採ったと思います。実家は大阪の住宅街にあって、少年時代はカブトムシとはほとんど縁がありませんでした。今の職場は程よい田舎にあって、しかも構内には堆肥が積んであるので、そこで幼虫が発生しているためか、個体数はとても多いのです。クヌギの樹液は良い採集ポイントですが、腐ったバナナを使って効率的にたくさん採集できました(参考)。



クヌギの樹液で戦うカブトムシの雄たち


 去年くらいから構内で樹液の虫を観察しています。樹液には大きく分けると二種類の原因があるようです。一つはボクトウガの幼虫による食害、そしてもう一つがシロスジカミキリの産卵とそれに続くさまざまな昆虫による食害によるものです。


 ボクトウガの幼虫の行動については「樹液をめぐる昆虫たち」に詳しいのですが、その原典の論文も日本語で書かれていて大変興味深いものです。要約すると、ボクトウガの幼虫は、樹皮下にもぐり形成層を齧ることで、樹液が滲出し、それに集まる昆虫の中で体が柔らかいものについてはボクトウガ幼虫は引きづり込んで食べてしまいます。ガの幼虫の中に、他の昆虫やカタツムリを食べる捕食性のものはしばしば知られていますが、樹木に樹液を出させてそれに誘因された昆虫を食べる、というのは非常にインパクトのある話です。ただし、「樹液をめぐる昆虫たち」では、ボクトウガの幼虫の糞には植物質のものが多く混ざっているので小昆虫だけを食べているわけではないと推定しています。職場構内の樹液で夜間にじっくり観察してみると、割れ目からボクトウガ幼虫が頭を出し、樹液を訪れる昆虫の足が頭をかすめると、強力なアゴで噛み付いているのを何度も目にしました。しかし、たいていは丈夫な甲虫の足が多く、捕食には至りませんでした。個人的には、エサ昆虫を誘き寄せるために樹液を出させるというのは魅力ある仮説ですが、やはり植物質も多く食べているようにも思います。いずれにせよ、我々が親しんできたクヌギの樹液の多くは、ボクトウガの幼虫による齧り行動によって滲出しているというのは大変おもしろい現象だといえます。



樹液の滲出原因となるボクトウガの幼虫


 そしてもう一つの原因であるシロスジカミキリです。これは研究所の構内でも生息していますが、かなり大きなカミキリムシの一種です。ボクトウガが利用している木よりも若い木の幹に特徴的な産卵痕を残すので目立ちます(参考:高桑 2007 PDF:1.6MB)。産卵痕とふ化した幼虫による食害により樹液が滲出するようで、多くの昆虫が訪れ、さらなる樹液の滲出を促します。ただ、ボクトウガの幼虫は6月から秋頃まで連続的に樹液を出させているのに対し、シロスジカミキリによってできた樹液は涸れやすいという印象があります。暑い夏に樹皮がべっとりと濡れるほどに樹液を出すには、ボクトウガ幼虫のような連続的な刺激が必要なのかもしれません。


もちろん、シロスジカミキリによってできた傷にボクトウガ幼虫が住み着いた場合のように、複数の原因によって樹液が出ていることもあるでしょう*1


文献
市川俊英・上田 恭一郎(2009)ボクトウガ幼虫による樹液依存性節足動物の捕食-予備的観察. 香川大学農学部学術報告 62 (115): 39-58.


高桑正敏(2007)雑木林におけるシロスジカミキリと好樹液性昆虫はなぜ衰退したか? 神奈川県立博物館研究報告(自然科学)36:75-90. (PDF:1.6MB


Yoshimoto J, Nishida T (2007) Boring effect of carpenter worms (Lepidoptera: Cossidae) on sap exudation of the oak, Quercus acutissima. Applied Entomology and Zoology 42:403-410.


 やっぱり夏は樹液の昆虫を観察するだけで何かこうワクワクするものがこみ上げてきます。


樹液をめぐる昆虫たち

 漢字にルビがうたれた子供向けの本ですが、最新の知見も取り入れられていて楽しく読めます。自身の幼少時代なら間違いなく図書館で何度も借り出して読んだに違いありません。


カブトムシとクワガタの最新科学

カブトムシやクワガタの雄同士の闘争行動を観察してきた研究者が、進化生態学的な観点から解説されています。こんな大型昆虫を研究テーマにできることこそ平和な世の中を象徴しているかもしれません。


樹液に集まる昆虫ハンドブック

 樹液の昆虫群集を観察するには書かせないハンドブックです。職場構内の樹液では、大型昆虫としてカブトムシの他に、ノコギリクワガタコクワガタ、カナブン、クロカナブンシロテンハナムグリオオスズメバチゴマダラチョウヤマトゴキブリなどが多く見られます。中でも実家周辺では見たことがなかったクロカナブンの多さには驚きました。

*1:人為的な傷でも樹液が出ることはあるようですが、滲出し続けるには何らかの連続的な刺激が必要とされるでしょう。

奥日光のシデムシ

 先日、梅雨の晴れ間を狙って奥日光まで行ってきました。



 今回の目的は、山地性のシデムシ*1を採集することです。曇ったり、晴れたり、雨が降ったりの天気にも関わらず、目的のホソヒラタシデムシとカバイロヒラタシデムシを無事採集することができました。実は、この2種類比較的採集しやすいと聞くのに、初採集なのです。自身これで日本産22種目の採集で、残るは4種ほどとなりました。



ホソヒラタシデムシ(後翅が退化し飛べず、本州と佐渡島のみに分布する日本固有種)



カバイロヒラタシデムシ(飛翔能力の高い小型のヒラタシデムシ)


 個人的な記録はともかくとして、他にもクロシデムシ、ヒメクロシデムシ、マエモンシデムシ、ヨツボシモンシデムシ、ヒメモンシデムシ、ヒロオビモンシデムシとモンシデムシ類だけで6種類、ヒラタシデムシ類では他にクロボシヒラタシデムシを加えて3種類が採集できました*2。実に9種類も同所的に生息しているとは驚きです。モンシデムシ類の多さから、エサとなる小型の哺乳類(ネズミやトガリネズミ)の豊富さが想像できます。



ヒロオビモンシデムシ(海外にも広く分布するが本州では山地に分布)



ヒメモンシデムシ(日本産モンシデムシ類の中で最小型の種でかつ日本固有種、触覚の先端1節だけがオレンジ色)



ヒメクロシデムシ(クロシデムシに似るが小型で後脛節がまっすぐ)


 ここ最近の研究によって、日本産ヒラタシデムシの生態や進化、生物地理についてもずいぶん見通しがよくなってきました。翅が退化して全く飛べないホソヒラタシデムシは、本州と佐渡島にしか見られない日本固有種です。これまで近畿地方の高地からはヤマトヒラタシデムシやオオダイヒラタシデムシというように別種が記録されていましたが、これらも最近の分子系統解析などをもとにホソヒラタシデムシに統合されました。ホソヒラタシデムシは本州でも比較的高い標高の場所に隔離して分布しているので、それぞれが遺伝的に孤立した個体群を形成しているようです(近畿の個体群を別種にするなら山塊ごとに種を設けないといけない)。北海道のヒラタシデムシとは近縁ですが、ヒラタシデムシが大陸から北ルートを通って北海道にやってきたのに対し、ホソヒラタシデムシは南西ルートから本州にやってきたようです。ヒラタシデムシとホソヒラタシデムシともに脊椎動物の遺体にも集まりますが、普段はミミズなど無脊椎動物の遺体を食べていることが安定同位体の分析でもわかってきました。このように、ヒラタシデムシ類では、エサを比較的豊富な無脊椎動物の遺体にシフトすることによって、飛ぶことをやめ、個体群間の遺伝的隔離が増し、種分化がおこりやすくなっているようです(参考:飛翔能力の退化が甲虫類の多様化を促進する)。


 ファーブル以来、欧米でも子育てをするモンシデムシ類ばかりが注目されてきましたが、ヒラタシデムシ類ももっと注目しても良い興味深いグループだと思います(海外にはなんと植食性のヒラタシデムシまでいる!)。


文献


Ikeda H et al. (2009) Different phylogeographic patterns in two Japanese Silpha species (Coleoptera: Silphidae) affected by climatic gradients and topography. Biological Journal of the Linnean Society 98:452-467.


Nishikawa M et al. (2010) Taxonomic redefinition and natural history of the endemic silphid beetle Silpha longicornis (Coleoptera: Silphidae) of Japan, with an analysis of its geographic variation. Zootaxa 2648:1-31.


Ikeda H et al. (2012) Loss of flight promotes beetle diversification. Nature Communications 3:648.

*1:動物の遺体を食べ土にかえす自然界のお掃除屋さん。大きく、モンシデムシ類とヒラタシデムシ類に分けられ、前者は遺体を土中に埋めて産卵しふ化した幼虫の育児を行うのに対し、後者は土中に産卵し幼虫の世話は行わない。

*2:他の甲虫では、ホソクロナガオサムシ(コクロナガオサムシ)やアルマンオサムシ(ホソヒメクロオサムシ)などを採集でき、本州高地ならではの採集を楽しめました。

論文質をとられる

 論文を投稿していてしばしばあることなのですが、投稿先の雑誌から他人の論文の査読を頼まれます。もちろん、論文を投稿するからには、自分の論文に少なくとも3人(担当編集者と査読者)が関わるわけですから、自らがその役割を求められたら従うのは当然でしょう(参考:査読という仕事論文の再査読)。よっぽど分野が違えば査読を断ることもありますが、この場合は担当編集者は自分の投稿論文から専門分野をよく知っているので、そういう分野の違いもあり得ません。


そういうわけで好き嫌いにかかわらず論文を査読することになるわけです。しかしこれまでの経験上、あまり良い思い出がありません。


これまでで最も悲しかったのは、査読を終えてレポートを編集部に送ったところ、しばらくして自分の方の論文は却下されたことでしょう。自分の論文だけでなく査読レポートも良くなかったのかな、などと結構複雑な思いでした。


次に悲しかったのは、はりきって査読を終えて自らの論文の結果を待つも、なかなか返事がなく、先に査読をした論文はさっさと受理されて出版されたのを知った時でした。


そして最近のお話です。投稿している雑誌から査読があったと同時に自らの論文の査読結果も受け取りました。割と好意的なコメントで改訂すれば受理されそうな内容でした。もちろん査読の方も引き受け、とりあえずはすぐに対応できそうな自らの論文を改訂しさっさと再投稿しました(参考:なぜすぐに論文を再投稿できないのか)。査読の方も少しずつ進めそろそろ提出しようかと思っていた時でした。再投稿した原稿の結果が送られてきました。わずかな修正でしたし、受理されたのかなと期待しつつメールを読むと、さらなる改訂を要求するものでした。まだ足りないかあ、と思いつつコメントを確認しようとメールをスクロールするも、コメントがなぜか空欄・・・。コメントがないのですぐに送るよう編集部にメールを送るも担当編集者から1週間返事がなし。これでは査読レポートも送りにくいなあと思い、さらに担当編集者に直接メールを送っても音沙汰なし。再び1週間経って編集部に催促のメールを送るも、担当編集者と連絡がとれないとのこと・・・。これは、自分の査読レポートを送らないと自らの論文の返事ももらえないということなのでしょうか? 


人や言や物が質にとられることはあっても、論文原稿もとられてしまうとは思ってもみませんでした。


それにしても、その雑誌に投稿しているのに他の論文の査読をする場合、中立であろうとするのは当然ですが、なんらかの自分の論文への不利益も生じるのではないかという思いが生じることもあります。これは利益相反行為を促してしまうような気もします。


 そろそろ査読レポートを編集部に送ります。

サギを観察

 連休中、わずかな晴れ間を狙って鳥を見に行きました。


 実は、鳥が好きでして、小学生の頃は日本野鳥の会の探鳥会というのにも参加したことがあります*1

 
 人混みと車を避けて比較的近くの河原で観察しました。ちょうど時節柄(繁殖期)サギの飾り羽や冠毛が美しい。



チュウサギ



ダイサギ



アマサギ



ゴイサギ


しかし、最近自身が恐竜ブームなので、鳥をみてもすべて小型(羽毛)恐竜に見えてきます。いや、鳥も間違いなく恐竜の仲間ですから、恐竜ウォッチングといえるかもしれません。


 移動して、住宅地の中にある小さな林の樹冠で営巣するアオサギを観察。実はこの場所、よく行くスーパーの裏にあるのですが、臭いがきついので養豚場でもあるのかと思っていたら、アオサギの集団営巣(コロニー)が原因だと最近知りました。これだけの騒音(鳴き声)と異臭があると近くに住んでいる人も大変でしょう。今、巷を賑わせている佐渡のトキとは違って、人を気にせず営巣できるたくましさがあります。



営巣中のアオサギ


 中学生まで生まれ育った家の近所の河原では普段はコサギくらいしか観察できず、アオサギがはじめて飛来した時は、ツルかコウノトリかと思ってその大きさに驚いたものです。


 小学生の頃に買った図鑑2冊を久しぶりに開いて、サギの形態や生態について改めて復習しました。



上が「日本の野鳥 (山渓カラー名鑑)」で下が「フィールドガイド日本の野鳥


ちなみに植物や野鳥の図鑑は、絵主体と写真主体のそれぞれの図鑑をそろえるようにしています。絵は、全体図や体色、夏羽、冬羽、雌雄の差などがわかるのが良いし、写真は絵にはないリアリティがあります。写真ではわからなくても絵でわかった場合、そしてその逆の場合もあったりするのでいずれも重宝しています。両方とも絶版になっていますが、さすが人気の野鳥のこと、携帯版や後続の図鑑が出ています。久しぶりに野鳥を見ていると、新たな図鑑も欲しくなりますが、昆虫などと違ってどれほど新たな情報が付け加えられているのかと考えると・・・悩ましい。


 

*1:鳥を観察するのはともかくとして、虫を採ることを制限される探鳥会にはすぐに興味をなくしましたが・・・。