パターンの抽出とメカニズムの提案

 Whittakerらの「海洋島の生物地理学における一般動態理論」は、生態学ではよくある研究の流れにのって提案されたものでした。


 Emerson & Kolm (2005) は、ネイチャー誌上で、ハワイやカナリア諸島において種数の多い島ほど単島固有種率が高いことを明らかにしました(参考:種数の多い島ほど固有種が生まれやすいか?)。その中で、単島固有種率を種分化率の頻度ととらえて、種数が多い島ほど種分化率が高くなるという仮説を提唱しました。島で種数が増加すれば競争や捕食圧が個々の種に強くかかり、一部の種が絶滅するかもしれないが一部の種では適応し生き残る。また、種数が増加すると個々の種の個体数が減少し遺伝的浮動が生じやすくなる。つまり、島での種数の増加(多様化)はさらなる多様化(種分化)を促進するかもしれないと考えたわけです。しかし、この論文には、多くの異論が寄せられました(参考:種数の多い島ほど固有種が生まれやすいか?)。Whittakerらは、Emersonらが発見したパターン(種数と単島固有種率の高い相関)についての重要性を認めながらも、彼らの考えたメカニズムに代わるモデルを提案しました。


これが、「一般動態理論」の元となった「island immaturity-speciation pulse model」です。2007年にEmersonらの論文に対するコメント論文としてEcography誌上で提案された暫定モデルです。この論文では、「海洋島の生物地理学における一般動態理論」の論文中ににも載せられている類似の図が出てきます。



図. 島の誕生から消失にかけて時間軸に沿った環境収容力、種数、移住率(immigration rate)、絶滅率(extinction rate)、種分化率(speciation rate)の変動パターン(Whittaker et al. 2007および2008より)


つまり、Emersonらが発見した種数と単島固有種率の高い相関は、海洋島の成熟度に沿った種数と種分化率の同調によると考えたわけです。特に、一般動態理論の予測の一つ「放散は最初の移住フェーズの後、島が成熟する(環境収容力が増え、地形が複雑になる)とともに卓越していく」ことによって種分化率が上昇してきたと考えてきたわけです。


 以上のように、生態学では、発見されたパターンについて、(1)そのパターンが普遍的かどうか、(2)そのパターンを説明するメカニズムが正しいか、についてよく議論が起こります。ただ、多くの生態学的現象では、全く異なるメカニズムから一見よく似たパターンが出現することが多いと思います(参考:島面積と種数の関係:メカニズムのまとめチェッカー盤分布をめぐる論争)。つまり、抽出されたパターンを説明するメカニズムは単一ではないことが多いのです。物理学など多くの自然科学と違って、パターンを説明するメカニズムが一つではないことが生態学を科学としてなんとなく「ゆるい」存在にしているような気もします。とはいえ、その「ゆるさ」こそが生態学のおもしろさを引き出しているとも思っています。


文献
Whittaker RJ et al. (2007) The island immaturity-speciation pulse model of island evolution: an alternative to the ‘‘diversity begets diversity’’model. Ecography 30: 321-327.


Whittaker RJ et al. (2008) A general dynamic theory of oceanic island biogeography. Journal of Biogeography 35: 977-994.


 島嶼生物地理学理論を提唱したマッカーサーも、彼の著書「地理生態学―種の分布にみられるパターン」の中で、繰り返し現れるパターンをつかむことの重要性を力説しています。メカニズムや理論を考えるのも楽しいですが、議論のもととなるパターンの発見も大事です。



Geographical Ecology: Patterns in the Distribution of Species
邦訳 地理生態学―種の分布にみられるパターン