ヒメバチ類の種多様性は熱帯林でも低くない?

 緯度が低くなるほど種数が多い。温帯より熱帯の方が種多様性が高いのはさまざまな生物群で言われてきたことです。種数ー面積関係と同様、生態学では数少ない頑強な「一般則」の一つと考えられています。これまでも緯度ー種数関係についてはさまざまな視点から紹介してきました。


参考
植食性昆虫群集の熱帯林と温帯林での比較
熱帯ほど植食性昆虫の寄主植物特異性は高いか?
なぜ熱帯に植食性昆虫が多いのか?(まとめ)
熱帯ほど生物の種間関係が深い
ラポポートの法則(Rapoport's Rule):緯度の増加とともに分布域は広がる?
筆箱効果:地球の幾何学的なパターンから多様性勾配を説明できる?


 しかし例外として、昆虫類では、ハバチ類、アブラムシ類、ヒメバチ類が熱帯では温帯に比べて種多様性が低い(温帯で種数が多い)ことが知られてきました。これには、寄主植物(ハバチ、アブラムシ)や寄主昆虫(ヒメバチ)との関係性からさまざまな原因が議論されてきました。しかし、これまでにも詳しく紹介してきたように、昆虫類には多くの未記載種や未発見種が含まれています。つまり、緯度ー多様性関係を示す元データがしっかりしていなければ意味のない議論となってきます。


 ヒメバチ科は世界で最も種数の多い科と考えられていますが、最近発表された論文によると、新大陸の熱帯林での詳細な調査によって、ヒメバチの種多様性は熱帯林で必ずしも低くないことが報告されています。


 エクアドルの2ヶ所(赤道直下)の森林からフォギングによって得られたヒメバチ科のうち、Orthocentrinaeという亜科(キノコバエ上科の幼虫に寄生するグループ)に属する1078個体を調査したところ、95の形態種(多くが未記載種)に分けられた。フォギングの回数による累積曲線(rarefaction)による推定種数は、111から134種となった。これらの値は、中米(グアテマラホンジュラスニカラグア:北緯約12〜14度)の25ヶ所からマレーズトラップによって得られた同亜科の88形態種および133〜157推定種数と大きく変わらなかった。


同亜科に含まれる15属のうち4属については、エクアドルの形態種数は中米の形態種数と同程度か上回っていた。


さらに、DNAバーコーディングによって、外見では見分けづらい14の形態種は、潜在的には31種が含まれる可能性があった。


以上のことから、熱帯林でのヒメバチ類の多様性はまだわかっておらず、小型種や、形態では見分けづらい隠蔽種を含めて、まだまだ多くの種が発見されると予想される。


文献
Veijalainen A et al. (2012) Unprecedented ichneumonid parasitoid wasp diversity in tropical forests. Proceedings of the Royal Society B 279:4694-4698.


 昆虫類では未記載種というのは山のようにありますが(参考:種の記載がすべて終わるのは何年後か?)、その見解明な部分もグループによって事情は異なります。熱帯では(温帯に比べて)種数が少ないと思われていたグループがたくさん発見されたというのは興味深いです。著者らのグループは精力的に新熱帯のヒメバチ類の多様性解明に乗り出しているようで今後の展開が楽しみです。とはいえ、ヒメバチ類の場合、温帯域での種多様性が極めて高く、この事実がひっくり返ったというわけではありません。


文献
Veijalainen A et al. (2012) Subfamily composition of Ichneumonidae (Hymenoptera) from western Amazonia: Insights into diversity of tropical parasitoid wasps. Insect Conservation and Diversity online published.