温帯より熱帯の方が特殊化が起こりやすいか?

 緯度の低下とともに種数が増加するという現象はよく知られています(参考:ラポポートの法則(Rapoport's Rule):緯度の増加とともに分布域は広がる?)。そして、関連する現象として、「ニッチ幅は緯度が低いほど狭くなる」というパターンがあります(参考:熱帯ほど生物の種間関係が深い)。


 ニッチ(生態的地位)は、種が生息可能で、個体群を維持できる状態のことを示します(参考:ニッチ保守性)。各種はそれぞれのニッチ幅をもっており、その幅が広い種、狭い種がいます。そして、「ニッチ幅は緯度が低いほど狭くなる」というのは、チョウやワシタカといった各生物群で、温帯性の種より熱帯性の種の方が平均してニッチ幅が狭いという現象を指すことが多いでしょう。


このパターンと生じるメカニズムを詳細に検討したVázquez & Stevens(2004)によれば、この概念はもともと、米国の伝説の生態学者ロバート・マッカーサーRobert MacArthur)が、その遺作となった「Geographical Ecology: Patterns in the Distribution of Species」(邦訳『地理生態学―種の分布にみられるパターン』)の中で述べられたものだとしています*1


上記の仮説に関連するものとして、例えば、植食性昆虫の寄主特異性が温帯より熱帯で高いということが2009年に『Nature』誌にて報告されました(参考:熱帯ほど植食性昆虫の寄主植物特異性は高いか?)。チョウとガ(鱗翅目)の分類群ごとの幼虫の飼育データから、寄主植物の種数、属数、科数を緯度別に比較し、熱帯でより少ないという頑強な結果でした。もちろん、新大陸(北中南米)における特定のグループ(鱗翅目)だけの研究ですので、マッカーサーが想定したようなより一般的なパターンが確実になったというわけではありません。


 オープンアクセス出版の『PLoS ONE』誌で2011年に発表された、ハチドリ類と訪花植物との関係を緯度系列との関連から検討した研究をまず紹介してみます。



ミドリハチドリ(Wikipedia より転載:author: Mdf, Edited by Laitche


 赤道を挟んで南緯23度から北緯38度の地域において、ハチドリ2種以上と訪植物2種以上を含む31のハチドリ−訪花植物ネットワークを解析した。


特殊化の程度は、シャノンのエントロピーに由来する指数H'(http://rxc.sys-bio.net/)を用いた。H'は0から1の値をとり、値が1に近いネットワークほど特殊化の程度が高く、0に近いほど特殊化の程度が低くなることを示す。


加えて、具体的に特殊化を駆動してきた要因が何かを明らかにするために、過去の気候(第四紀の最終氷期以後の気候変化速度)と、現在の気候(年平均気温、年平均降水量、気温の季節性)、ネットワークサイズ(ネットワークに含まれる種数)を説明変数として検討した。


結果、緯度の上昇とともに特殊化の指数H'は低下した。つまり、温帯よりも熱帯の方が特殊化している傾向が見られた。緯度は、ネットワークの特殊化の地域差の20−22%を説明していた(在来種のみで20%、外来種を含んでも22%)。


駆動要因を検討するためのモデル選択を行った結果、現在のネットワークの特殊化の程度は、ネットワークサイズと年平均降水量に伴って増加し、逆に過去の気候変動速度が大きいほど減少していた(つまり過去の気候が安定している地域ほど特殊化の程度が高まっていた)。ネットワークサイズが最も重要な要因で、次に過去の気候変動速度、現在の年平均降水量がそれに続いた。


文献
Dalsgaard B et al (2011) Specialization in plant-hummingbird networks is associated with species richness, contemporary precipitation and Quaternary climate-change velocity. PLoS One 6:e25891.


 ハチドリの特殊化の程度は、緯度系列でみた時、マッカーサーが想定したパターンを支持していました。加えて、特殊化を駆動する要因についても検討されています。緯度というのは、何らかの歴史的、地理的、気候的な要素を反映しているわけで、緯度勾配を生み出す要因としてそれらの要素を検討したということです。特に、熱帯地域は、しばしば氷河の侵食を受けた温帯地域と違って、長い時間にわたって気候が比較的安定したと考えられています。つまり長期間の気候の安定性が特殊化の生じる進化的な過程に影響を与えていると考えられてきました。実際上記の研究では、第四紀の最終氷期以降の気候の安定性が特殊化を促進してきた可能性が示唆されています。


しかし、ハチドリは新大陸にしか分布しないため、鱗翅目昆虫の寄主特異性における研究と同様に新大陸だけで見られる現象という可能性がぬぐい去れません。また、植物の方からみた時には、ハチドリだけが送粉ニッチを決めるパートナーではありません。ほぼ同時期に『Current Biology』誌にて、世界中の訪花性動物を含めたより広い送粉ネットワークに関する研究が発表されました。


 合計282の送粉ネットワーク(開花植物と訪花動物の複数種同士の相利共生関係)および種子散布ネットワーク(植物とその種子を散布する鳥類の複数種同士の相利共生関係)について、ネットワークにおける特殊化の程度と緯度との関係を解析した(世界80地域、送粉ネットワーク58地域、種子散布ネットワーク22地域)。



図. 解析の対象となったネットワーク(▼が送粉ネットワーク:▲が種子散布ネットワーク:色が濃いほどH'が高い、つまり特殊化の程度が強い)(Schleuning et al. (2012) の図1Aより)


ネットワークの特殊化の程度は、シャノンのエントロピーに由来する指数H'(http://rxc.sys-bio.net/)に加え、結合度(connectance)、種あたりの平均リンク数、シャノン多様性指数と関連するd'として植物側の特殊化および動物側の特殊化の程度についても用いられた。


さらに、特殊化を駆動してきた要因が何かを明らかにするために、過去の気候(第四紀の最終氷期の最寒冷期以後の気候変化速度)と、現在の気候(累積年気温、年降水量、蒸発散量、最大蒸発量)、局所植物多様性、地域植物多様性による影響を検討した。


結果、送粉と種子散布の両ネットワークにおいて、あらゆる指数について緯度が低下するほど特殊化の程度が減少していることが示された。また、新世界(南北米大陸)と旧世界(その他の地域)のそれぞれので類似したパターンが見られた。このような結果は、従来考えられていた熱帯ほど特殊化するというパターンとは真逆である。


特殊化の程度と過去の気候変化速度との関係は、種子散布ネットワークについては見られたが(過去の気候が安定している地域ほど特殊化の程度が高まっていた)、送粉ネットワークでは見られなかった。また、現在の気候との関係は両方のネットワークで見られ、気温が高いほど特殊化の程度は弱まっていた。そして、いずれのネットワークにおいても、特殊化の程度は地域および局所の植物多様性に強い影響を受けており、植物多様性が高いほど特殊化の程度が弱まっていた。


特殊化の程度が強いほど、ネットワーク全体の安定性が高まることが一般的に知られている。このため、上記の結果は、特殊化の程度の低い熱帯の方が特殊化の程度が高い温帯より、種の絶滅に対する耐性が強いことが示唆される。



文献
Schleuning M et al. (2012) Specialization of mutualistic Interaction networks decreases toward tropical latitudes. Current Biology 22:1-7.


 こちらの結果はハチドリと訪花植物との関係とは逆に、温帯よりも熱帯で特殊化が弱まっていることが示されました。これは訪花動物だけでなく、訪花植物の方の両方の特殊化の程度をみても同じでした。加えて、種子散布を行う鳥類と植物の関係でも同じパターンが得られたことが特筆すべきことでしょうか。


 しかし、世界中の送粉ネットワークのデータを集めて解析したのはこの研究だけではありません。Olesen & Jordano (2002)、Ollerton & Cranmer (2002)、Trøjelsgaard & Olesen (2013) も同様に世界中のデータを使って緯度に沿った送粉ネットワークの構造を解析しています。これらの研究も、温帯と比べて熱帯では必ずしも特殊化が起こっているわけではないとしつつも、温帯の方が特殊化しているというパターンを検出するには至っていませんでした。


 これらの異なる結果をどう捉えたら良いのでしょうか?そもそもハチドリという特定分類群に絞った研究と、ハチドリ以外の鳥、昆虫(ハナバチ、チョウ、ガ、ハエなど)など花を訪れるものをすべて考慮に入れた研究とを同列に比較するには無理があるかもしれません。ハチドリの嘴と訪花植物の花の構造には互いへの適応が働くため、過去の気候が安定した地域で共進化を通じた特殊化が高まってきた可能性があります。


一方、雑多な共生者たちとの緩い関係は、現在の気候条件に強く影響されていました。これは、ハナアブのような日和見主義的な送粉者なら、その時々の気温に直接影響されているといえば想像しやすいかもしれません。また、熱帯域では、送粉者や種子散布者の寿命や活動時期の長くなることで、それらが利用する植物の種が増えやすいということも論文で論じられていました。


『Current Biology』誌上でOllerton (2012) が批評しているように、上記の研究すべてに当てはまりますが、使用されているデータの多くは緯度系列にそって特殊化が起こっているかどうかを検証するために設定され得られたものではありません。加えて、新大陸のデータがやはり多く、他の地域が少ないという偏りも指摘されています。そもそも種数を推定するにもちょっとした採集努力では飽和しません(参考:種数の定義稀な種とは何か)。種数が異なる熱帯と温帯で、同じようなサンプリング努力で推定された種数と種間相互作用の比較は困難です。種数さえ推定するのが難しいのに、種間相互作用数やそのネットワーク構造を正確に推定するのはより難しいのは当たり前のことでしょう。


参考
Dyer LA et al. (2007) Host specificity of Lepidoptera in tropical and temperate forests. Nature 448: 696-699.


Olesen JM, Jordano P (2002) Geographic patterns in plant-pollinator mutualistic networks. Ecology 83:2416-2424.


Ollerton J (2012) Biogeography: Are tropical species less specialized? Current Biology 22: R914.


Ollerton J, Cranmer L (2002) Latitudinal trends in plant-pollinator interactions: are tropical plants more specialised? Oikos 98:34-350.


Trøjelsgaard K, Olesen JM (2013) Macroecology of pollination networks. Global Ecology and Biogeography online published.


Vázquez DP, Stevens RD (2004) The latitudinal gradient in niche breadth: concept and evidence. American Naturalist 164:E1-E19.


 緯度系列にそった特殊化のパターンがあるかどうかは、これまでの研究が示唆するように、ギルドや分類群によるのだと思います。ただ、近年熱帯でも大規模な生態学研究が行われるようになってきたので、「既存のデータのかき集め」ではなく、この仮説を検証できるようなデータセットが収集される日がくるような気もします。

*1:マッカーサーの本を改めてチェックしてみましたが、ぼんやりと述べているだけで、あたりまえですがVázquez & Stevens (2004)の論文の方がより明確に述べられています。ちなみに、Vázquez & Stevens (2004)の時点では、この仮説を支持する強力なデータは得られていないとしています。