群集の入れ子構造

 大きな箱の中に小さな箱が、そして小さな箱にはさらに小さな箱が入る構造を「入れ子」と呼んでいます。大きな箱の中には小さな箱がたくさん入ります。


箱を生物種からなる群集と考え、群集の部分集合が集まり大きな群集集合を形成していると捉えると、野外の生物群集も入れ子になった構造を持っているかもしれません。



入れ子になった箱(画像元


 群集の「入れ子構造(Nested structure)」という考え方は、島や森林での生物群集の保全、そして基礎的な意味での生物群集の構造の解明、この両方にとって最近ちょっと注目されています。


 ある区域や島での生物群集を保全するときに最も優先すべき事項は何か。「大きな単一の区域を保全すべきか、または複数の小区域を保全すべきか」といったSLOSS論争がありました。いずれにせよ、できるだけ多くの種が保全できるような方策をとるべきでしょう。このとき、種の分布パターンに「入れ子構造(Nested structure)」があるとするなら、保全区域を決定する予測に役立ちます。



群集の入れ子構造


 図のグループ1をある生物の「種」としてa-hをそれぞれ別々の種であると考えます。同様に、グループ2を「島」としてA-Hを別々の島と考えます。グループ1と2を結ぶ線があるときは種がその島に分布し生息しているとします。たとえば上の図では、種aが島A、B、C、D、E、F、G、Hに生息しています。


ここで、分布域が小さな種は多くの種が分布する島にのみ生息し、逆に最も分布域が広い種は種数の少ない島にも生息している時、その群集集合は入れ子構造をもつと言います。上の図は、典型的な入れ子構造を描いた図です。例えば、最も分布が限られている種hは、最も多くの種が生息する島Aにのみ分布しています。また、最も分布域の広い種aは、最も生息種数の少ない島Hにも分布しているという具合です。


 つまり、上図のように群集に入れ子構造が見られれば、最も種数の多い島を保全すれば、すべての種を保全することができます。逆に、上図のような分布パターンが見られないとき、例えば、種hが、最も生息種数の少ない島Hにのみにしか生息していない場合は、簡単にはゆきません。最も生息種数の多い島Aだけを保全しても、種hは保全できないからです。


 この考えは、島(グループ2)を森林パッチと考えても同じです(参考:SLOSS 論争からアマゾンでの森林断片化大規模実験(BDFFP)へ)。


 野外群集でしばしばこの入れ子構造が見られるわけですが、どのようなメカニズムで生じるのでしょうか? その要因の一つとして、個体数が多い種はすべての島(または森林パッチ)に出現しやすく、個体数の少ない種は特定の島にしか出現しにくいという可能性があります。これは、島ー面積関係のメカニズムでも主要な要因の一つと考えられているものに似ています(個体数が多い種ほど大きな島に入植しやすい)。他にも、小さなパッチほど種が絶滅しやすい傾向から入れ子構造が生じる可能性など、いくつかの仮説があげられています。


 あまりに一般化した考え方は、保全の方向性をゆがめてしまう可能性があることは前述しました(参考:島嶼生物地理学の理論を保全へ応用:SLOSS 論争とは)が、入れ子構造があるのかどうかをチェックしてみるのは、保全政策を考える時の第一歩となるでしょう。



群集の入れ子構造(大きな集合Aの中には、a-hすべてが含まれているが、小さな集合Hの中にはaのみが含まれている)


 「入れ子」という構造は、上述したように、島や森林パッチなどのハビタットにおける群集集合において議論されてきました。その後、種ーハビタット(島、森林パッチ)というのを種同士、つまり種間相互作用も同様に解析してみてはどうだろうかと提案されました。


 例えば、グループ2を植物の種としましょう。そしてグループ1をグループ2の花を訪れる送粉者(ポリネーター)とします。グループ1と2を結ぶ線があるときは、送粉者がその花を訪れるとします。たとえば上の図では、送粉者の種aが、植物の種A、B、C、D、E、F、G、Hの各種花を訪れているということです。この送粉者と植物の各種の訪花記録を連結したものを送粉者ー植物の共生系ネットワークとよんでいます(参考:生態系ネットワーク)。


相対的に多くの植物種の花を訪れる種をジェネラリストの送粉者、逆に少ない植物種の花を訪れる種をスペシャリストの送粉者とよびましょう。植物についても同様で、多数の送粉者に訪れられるのをジェネラリストの植物、少数の送粉者に訪花されるのをスペシャリストの植物とよびます。


ここで、スペシャリストの送粉者はジェネラリストの植物の花のみを訪花し、逆にジェネラリストの送粉者はスペシャリストの植物の花にも訪花している時、そのネットワークは入れ子構造をもつと言います*。上の図は、典型的な入れ子構造をもつネットワークを描いた図です。例えば、スペシャリストの送粉者hは、ジェネラリストの植物種Aにのみ訪れています。また、ジェネラリストの送粉者aは、スペシャリストの植物種Hを含むすべての種に訪れているという具合です。


 実際にこの「入れ子構造」は、共生系ネットワークだけでなく、寄主ー寄生者関係など広く生物種間の相互作用で見いだされつつあるようです。


 種間相互作用の入れ子構造についても、どのようなメカニズムによって生じるのか、いくつかの仮説があげられるとともに議論されています。一つはやはり、個体数の多い送粉者(植物)の種はそれだけいろいろな種の花を訪れる(いろいろな種の送粉者に訪れられる)というものです。他にも、生態的、形態的な特殊化(例えば、花の距の伸長など)がおこることで、特定の送粉者にしか利用できなくなるような進化生態的なメカニズムも議論されています。


 種間相互作用における入れ子構造という見方も、保全外来種問題について考える時には役立ちます。例えば、送粉者ー植物の相互作用系において、スペシャリストの送粉者や植物の種が絶滅しても、群集全体としては機能が失われてしまうほど影響はありません。しかし、ジェネラリストである種が絶滅してしまうと、それに依存していたスペシャリストが絶滅するなど、「絶滅の連鎖」が生じるかもしれません。また、外来の病原菌がジェネラリストの種に感染すると、相互作用を介して、群集全体へと広がる可能性があるというわけです。


 島嶼環境下では種数が少ないため、特定のジェネラリストが重要な生態的な役割を担っています(参考:海洋島では ‘Super Generalist’ が進化する)。つまり、島ではジェネラリストの絶滅が及ぼす影響が特に大きい可能性があります。


文献
Atmar W, Patterson BD (1993) The measure of order and disorder in the distribution of species in fragmented habitat. Oecologia 96: 373-382.


Bascompte J et al. (2003) The nested assembly of plant-animal mutualistic networks. PNAS 100: 9383-9387.


Ulrich W et al. (2009) A consumer’s guide to nestedness analysis. Oikos 118:3-17.


スペシャリストの送粉者とスペシャリストの植物同士、例えばイチジクコバチ類とイチクジ類の関係は、対称的な特殊化(Symmetric specialization)と呼ばれています。例えば、イヌビワコバチはイヌビワの花粉媒介しか行わず、イヌビワはまたイヌビワコバチにしか花粉媒介を頼らないという関係です。一方、入れ子構造をもつ送粉者ー植物の相互作用は、非対称な特殊化(Asymmetric specialization)とも呼ばれています。


 生物種間の相互作用は、以前ふれた生態的ネットワークとも捉えられます。最近、生態的ネットワークや上述の入れ子構造について、日本語での詳細な解説書が出版されました。

生物間ネットワークを紐とく (シリーズ群集生態学)