直翅類による送粉

 植物の花粉媒介(送粉)は、通常さまざまな種類の動物(鳥、昆虫など)によって行われます。ただし、一部の植物では、送粉を特定の動物にのみ依存することがあります。


 海洋島では、分散力のある特定の種しか島にたどりつけなかったため、大陸などで優占していたグループがその生物相から欠けていることがあります。大陸や大陸島では多種多様なハナバチが見られるのに、海洋島ではその種類相も貧弱です。例えば、ハワイではメンハナバチという小型のハナバチしか見られませんでした(参考:ハワイ固有ハナバチの起源と急速な種分化)。ダーウィンで有名なガラパゴス諸島でも、わずか1種ダーウィンクマバチ(Xylocopa darwini)がいるだけでした。ただし、ダーウィンクマバチはスーパージェネラリストとして、実にさまざまなガラパゴスの植物の送粉を担っていることが知られています。


 ハナバチの種数が乏しい環境では、他の訪花者も相対的に重要性が増してきます(参考:爬虫類による送粉と種子散布)。例えば、ガラパゴスのある植物群落で訪花昆虫を調べると、ダーウィンクマバチが9種の植物の花粉を体に付着させていたのに対し、バッタ科の固有種(Halmenus cuspidatus)が4種の花粉を、ツリアブ科の一種(Lepidanthrax tinctus)が5種の花粉を持っていました。ツリアブはしばしば送粉者として記録される昆虫ですが、バッタなど直翅類は送粉者としてはめったに注目されません。直翅類だけに送粉を担っているわけではありませんが、島という特殊な環境では本来目立たない昆虫が相対的に重要になってくる可能性があるわけです。


参考文献
Philipp M et al. (2006) Structure of a plant-pollinator network on a pahoehoe lava desert of the Galápagos Islands. Ecography 29: 531-540.


 最近、インド洋の海洋島で直翅類1種のみに送粉を依存するランが見つかったそうです。


 アングレカムAngraecum)というランの仲間があります。マダガスカルに分布するある種(Angraecum sesquipedale)は長さ30cmにもなる距をもっており、この蜜を吸い送粉を行うスズメガがいると、かつてダーウィンが予言しました。その後、この距に適合する長い口吻をもつスズメガが発見され、さらにこのランを訪れることが観察されました。つまり、送粉者がある程度予測できるほど、ランの花の形態は送粉者によって影響を受けて進化してきたということです。



ダーウィンの予言したランとスズメガby Thomas William Wood: Wikipediaより


 さて、モーリシャスとレユニオンに固有のアングレカムの一種(Angraecum cadetii)は、先のスズメガによって送粉される花と比べ形も異なり距も極めて短くなってしまっています。このランの送粉者を明らかにするために、花の前にビデオカメラを設置して観察が行われました。


 Angraecum cadetii の花には、夜間にコロギス科の一種(Glomeremus sp.)のみが吸蜜に訪れ、花粉はコロギスの体に付着しているのが観察された。花に袋をかけて実験を行ったところ、自家受粉は可能だが、花粉の移動には送粉者が必要だった。ある調査地点では、46.5%の花から花粉(塊)が持ち去られ、27.5%の花で柱頭に花粉が付着していた。結果率は11.9-43.4%で島や調査地点によって変動があった。


コロギスのみに訪花を受けていた Angraecum cadetii と他のアングレカムの近縁種(スズメガ媒1種、鳥媒2種)と花の匂い成分を比較したところ、鳥媒2種からは昼夜ともほとんど匂いは検出されず、スズメガ媒花と Angraecum cadetii の花からは昼よりも夜の方が強い匂いを出していた。ただし、スズメガ媒と Angraecum cadetii では匂いの成分の構成には違いがあった。また、花の形態を詳細に観察したところ、Angraecum cadetii の構造は吸蜜に訪れたコロギスへ花粉を付着させるのに適合したものであった。


以上から、Angraecum cadetii はコロギスのみに送粉を依存している可能性が高い。マダガスカルに分布するような口吻の長いスズメガモーリシャスやレユニオンには分布していない。これは、アングレカムがこれらの島にやってきたときに送粉者がいなかったことを示す。この時、強い送粉者選択圧がかかり、コロギスという特異な昆虫へと送粉者をシフトした可能性がある。



文献
Micheneau C et al. (2010) Orthoptera, a new order of pollinator. Annals of Botany, online published.


電子付表には、これまで記録されている直翅類による訪花記録(植物29種)が掲載。


Science Daily(コロギス訪花の画像あり)
http://www.sciencedaily.com/releases/2010/01/100112085514.htm


 コロギスは一見コオロギに似ていますが、異なった科に属する直翅類です。コオロギとキリギリスを合体させたような和名がなかなか素敵です。今回報告されたランに訪花するコロギス(未記載種)は、見たところ日本のハネナシコロギスに似ています(ハネナシコロギスの写真)。名前が示すように飛びません(翅が退化)。コロギス類は(単独で)葉などを丸めて巣を作ることが知られており、夜間の活動には一定の行動圏をもつことも(送粉者としての)重要性として指摘されています。ガの幼虫のように、自ら糸を出して葉を固定するというコロギスの生理生態も驚くべきものですが。


ちなみに、他の海洋島では、小笠原にもコロギス類の固有種が分布しています。