「世界で」初めて...

 初めて目にする現象を発見した時から研究がはじまることがあります。既存研究を調べ、その現象について、過去の文献にも観察された記述がない時、学術論文として発表する価値が増すため研究への意欲が高まります。

 

その現象について論文を執筆し、学術雑誌に投稿し、他の研究者による査読を経て論文が受理され、雑誌に掲載するという流れが一般的です。

 

そうした論文の中で、これまで誰も目にしたことがない現象の価値を述べる時、「この現象は本論文で初めて報告するものである」という文章を(通常英語で)記述することがあります。この「初めて」は当然のことながら、「日本で初めて」や「東アジアで初めて」といったように限定しない限り、「地球上で初めて」を意味します。論文では、あえて「地球上で初めて」とか「世界で初めて」とは書きません。ところが、論文が日本で紹介される時、新聞や報道などで「世界で初めて」や「世界初」という表現が使われるのをしばしば目にします。

 

以前から「世界で初めて」や「世界初」という表現を見るたびになんとなく違和感を感じてきました。研究者にとって「初めての発見」はすなわち「世界初の発見」であるわけで、限定する場合にのみ「日本で初めて」という表現をするからです。そうした違和感というか恥ずかしさは、「地球で初めて」とか「宇宙で初めて」という言葉を使ってみるとより感じるかもしれません(意味は同じですが大げさに感じます)。

 

しかし、メディアなどでは、スポーツでの「日本新記録」に対して「世界新記録」があるように、「日本初」に対して「世界初」という表現があっても自然だし、そうした表現で報道する方がより価値が高まると思っているのだと推定しています。

 

つまり、メディアは「世界で初めて」とか「世界初」を使いたがるものなのです。実際に、私が自身の成果をプレスリリースした際に、研究を記事にしようという記者から「世界で初めての発見」という表現を使いたいと言ってきたことがあります(自身のプレスリリースには「世界で初めて」とは書いていませんでした)。先に述べたように論文では「世界で」とは書いていなかったので断りました。しかし、記者はどうしても「世界で初めて」を使いたかったようで、食い下がってきました。結局、「世界で初めて」を記事で使う場合は別の専門家への確認が必要であるというその報道機関の方針によって(当該記者は)諦めることになりましたが(時間がなく面倒だったのでしょう)。

 

 掲載記事へのページビューランキングについて、一部の記者から聞いたことがあるので、報道機関内部では執筆記事へのアクセス数をもとにしたなんらかの「評価」があるのだと思います。そうした評価を高めるために、「世界初」といった「インパクト」のある表現が必要ということは想像しやすいことです。

 

こうした「インパクト」を必要とするのは、メディアの記者だけではありません。メディアにとりあげてもらいやすいように、「世界で初めて」や「世界初」という表現を、研究者自らがプレスリリースでは表現しているのをよく目にします*1。また、「世界初」という表現は書かなくても、「この現象は本論文で初めて報告するものである」と論文には書いてしまいがちです。一方で、真に新しい発見は、わざわざこうした表現がなくても伝わるはずだという考え方があります。しかし、論文のウリをわかりやすく査読者やメディアに伝えるためにも「インパクト」を簡潔に表現した方が良いだろうという動機をもとに、結局は使ってしまうことがあります。これは、人気雑誌に論文を掲載させるためのテクニックとなりうる点において、先に述べたメディア記者と同じ誘惑にはまっているということです*2。自戒を込めて。

 

 

*1:最近は研究者もアウトリーチ活動や研究成果の一般普及などが積極的に求められるようになっています

*2:研究者やメディアが注目する人気雑誌に論文が掲載されることは研究者にとって名誉であり、研究のモチベーションにもなっている場合があるからです。