恐竜絶滅と周期的大量絶滅

 白亜紀の終わりを告げる6500万年前の小惑星衝突による恐竜の絶滅について最初に知ったのは、中学生か高校生の頃でした。確か、英語の教科書に載っていたので単語を調べて熱心に読んだ記憶があります。恐竜を含む多くの生物が絶滅したと思われる地層の粘土層からイリジウムという稀な物質が高濃度で見つかったことから、宇宙からやってきた物体が地球に衝突し、それが原因で多くの生物が絶滅したというSFも顔負けの仰天ストーリーでした。そのため、その話を知ったときの驚きをよく覚えています。


 最近読んだ本『決着! 恐竜絶滅論争』では、白亜紀末に小惑星衝突が確かにあったこと、そして衝突によって大量の粉塵が地球を覆い、数ヶ月もしくは数年にわたって光が失われ酸性雨が降り続き、植物が枯れ、それを糧にする生物が絶滅していったという説は多くの研究よって強固に支持されていることが、大変わかりやすく解説されています。



決着! 恐竜絶滅論争


 これは、食物網の根底にあたる生産者(植物)が死滅することで、その一次消費者(植食性恐竜)が息絶え、さらに高次の消費者(捕食性恐竜)もまた死んでいくという、絶滅の連鎖を意味しています。近代的な生態学の用語で補えば、絶滅のボトムアップカスケード(bottom up cascade)と言うべき現象でしょうか。カスケードとは、本来、川が上流から下流に流れる時の段差に生じる「滝」を意味します。ある生態系に新たな捕食者が侵入すると、その被食者が減少し、さらにその被食者に食べられていた下位の植物が増加するような現象をトップダウンカスケードと呼んでいます(参考:外来種による間接効果)。逆に、下位の植物が消失することで、その効果が栄養段階の上位にまで波及する現象を(本来の意味からは違和感がありますが)ボトムアップカスケードと呼んでいるわけです。これを絶滅に応用して、個人的に絶滅のボトムアップカスケードと呼んでみました。


そんな言葉遊びさておき、実際、本にも引用されていた文献をチェックしてみるとわかりやすい図があったので、原図を元に描いてみました(『決着! 恐竜絶滅論争』の中にも同じような図があります)。



小惑星衝突の食物網



小惑星衝突直後の食物網(数ヶ月から数年間、太陽光が遮蔽され酸性雨が降り続ける)



小惑星衝突数年後の食物網(植物は種子などから一部復活するが、生食連鎖は復活できなかった)


 ポイントは、食物網(食物連鎖)を生きた植物からはじまる生食連鎖と、死んだ動植物遺体からはじまる腐食連鎖の二つに分けて考えているところです。恐竜は、生食連鎖に含まれていたため、植物の死滅による影響が極めて大きかったという説です。この小惑星衝突によって哺乳類の多くも絶滅したのですが、一部の種は腐食連鎖に含まれていたため、暗黒の数ヶ月もしくは数年を生き延びることが可能だったと考えられているわけです。また、衝突後大量に降り注いだと言われる酸性雨は、現在まで生き残っているカメやワニよりも、恐竜のような陸上動物に影響が甚大だったと考えられています。


 植物の多くが死滅し、太陽光が遮られていたこと、そして光合成が止まっていた可能性については、多くの間接的証拠があるようです。ただし、本当に腐食連鎖のみでやっていける恐竜がいなかったのかどうか、さらなる興味は尽きません。*1


 いずれにしても、一定期間とはいえ、太陽光を遮断したり、食物網から植物が完全に取り除かれたという事態をこれまで真剣に考えたことがなかったので、生態学を勉強してきた身としては、この一見あたりまえのメカニズム事態が何か新鮮でした。


 『決着! 恐竜絶滅論争』では、多くの証拠があるにも関わらず、なぜこれまで小惑星衝突による恐竜絶滅(白亜紀末の大量絶滅)が世間の定説となっていなかったかについての考察が興味深く思いました。その一つとして、アルヴァレズらの最初の論文(1980年のサイエンス)の少し後に、大量絶滅は白亜紀末だけでなく、地球の歴史上何度もあって、その大量絶滅には2600万年という周期性が見られるという発見があります。その後、この周期性を生み出す要因として、ネメシスという恒星の存在を予言する騒動にまで発展しました。これは、軌道運動の重心を太陽と共有して互いに引力の影響を及ぼし合っている未発見の恒星(これをネメシスと命名)が存在し、それが2600万年ごとに彗星を地球に激突させる原因となっているというものです。しかし、この周期性の有無、そしてネメシス説の妥当性について、恐竜絶滅を含めたさまざまな論争がありました。その後、白亜紀末の大量絶滅(恐竜絶滅)については、メキシコのユカタン半島にその衝突痕であるクレーター(チチュルブクレーター)が発見され、小惑星衝突による絶滅が確かなものとされるようになりました。一方、存在が予言されたネメシスは相変わらず発見されず、その他の大量絶滅に関連すると仮定された小惑星または隕石の衝突についての証拠もそれほど確かなものとはなっていないようです。


つまり、
(1)白亜紀末の大量絶滅は小惑星衝突が原因
(2)それ以外の大量絶滅も巨大隕石・小惑星による衝突が原因
(3)大量絶滅は2600万年から3000万年周期で起こっている
(4)大量絶滅の周期性は、巨大隕石・小惑星による衝突が原因(ネメシスなどの存在)


 という流れで仮説が提唱されたものの、(1)は多くの証拠から研究者にとっては定説となったが、(2)から(4)に関しては多くの研究者が認めるほどの説にはなっていない、ということのようです。(2)から(4)についての疑念が、(1)の信憑性へも影響を与えていたというわけです。




 ちょっと興味が出てきたので、少し古い本ですが、当時の発見や論争にかかわった著者自らが書いた本も取り寄せて読んでみました。



絶滅のクレーター―T・レックス最後の日


 ノーベル物理学賞を受賞したルイ・アルヴァレズが、衝突説提唱の立役者となった人物です。その共同研究者として、しかも子息でもある地質学者ウォルター・アルヴァレズが、イリジウムの発見の経緯とその原因究明について語った本です。びっくりするくらい客観的にこの仮説とそれに反対する勢力との関係を紹介し、自らの考えを冷静に述べているスタイルで語られています。自らの努力だけでなく、共同研究者、対立する勢力、世界の別分野の研究者など、すべての貢献を認めている点にとても好感が持てました。チチュルブクレーターが発見され、彼らの説が認められたと感じた時点で執筆しています。



ネメシス騒動―恐竜絶滅をめぐる物語と科学のあり方


 大量絶滅が2600万年ごとに訪れることを最初に示した古生物学者デイビッド・ラウプによる著作。アルヴァレズらの発見がサイエンスに投稿された時、その論文の査読者としてどう感じたのか、そして、古生物の絶滅データベースを作成していたジャック・セプコスキとの共同研究で周期的な絶滅を明らかにしていく過程をリアルに語っています。また、小惑星の衝突による恐竜絶滅から、ネメシス説に至るまでの論争を材料に、仮説の行く末、学術雑誌・大衆紙の役割、論文査読の長短、論争の行方など、科学のあり方についてまで考察しています。研究上の野心と客観視しようとする態度が交互にあらわれるというスタイル。



恐竜はネメシスを見たか


 ルイ・アルヴァレズのお弟子さんの物理学者リチャード・ミュラーによる本です。アルヴァレズらの発見や研究を身近に接していたにも関わらず、彼らの研究に積極的に関与しなかったことへの後悔が少しあるようです。しかし、恐竜絶滅のような大量絶滅はおよそ2600万年周期に訪れるという研究発表に直ちに注目し、太陽の伴星を仮定することで周期的な彗星の衝突があったのではないかと考えネイチャーに発表しました。この伴星をネメシスと名付けた研究者の一人。その後、ネメシス発見のための観測を指揮しているものの、執筆段階はもちろん、現在に至るまでネメシスにあたる星は発見されていません。アルヴァレズ父子との関係や、ライバル研究者との関係など赤裸々に語り、野心を隠さないスタイルです。



 上記3本は、全く異なる分野の研究者(地質学者、古生物学者、物理学者)からみたもので、大変対照的なものでした。やはり分野外の人にとっては、定説となってしまったものよりも、まだまだ議論がある説の方がおもしろく感じてしまいます。これは、素人でも妄想して楽しむことができるからでしょう。個人的には、2600万年から3000万年周期で大量絶滅が起こっているという現象に大変興味が引かれます。この周期性の有無についても論争が続いているそうですが、ラウプ&セプコスキが用いたデータの2倍の長さのデータを解析すると、2700万年きっちりの周期で大量絶滅が観測されるという結果が2010年に出版されました。ただし、ネメシスの存在が仮定された時の周期性のばらつきよりも、この2700万年という周期性が正確すぎるようです。つまり、ネメシスの軌道よりももっと正確な「ナニカ」が周期的な大量絶滅を引き起こしている可能性があります。統計解析はともかく、このあたりの仮説はやはりSFチックな領域といえるでしょう(そもそも、こういう仮説とSFとは、鶏が先か卵が先か・・・という感じですが)。


文献


Alvarez LW et al. (1980) Extraterrestrial Cause for the Cretaceous-Tertiary Extinction. Science 208:1095-1108. 恐竜絶滅(白亜紀末の大量絶滅)の原因を地球外に求めた最初の論文


Raup DM, Sepkoski JJJ (1984) Periodicity of extinctions in the geologic past. PNAS 81: 801-805.大量絶滅に周期性があることを最初に発見した論文


Sheehan PM et al. (1996) Biotic selectivity during the K/T and Late Ordovician extinction events. Geological Society of America Special Papers, 1996, 307, p. 477-489.恐竜絶滅のメカニズムに関する総説、Google books でも一部読めます(上図の元となる図あり)


Melott AL, Bambach RK (2010) Nemesis reconsidered. Monthly Notices of the Royal Astronomical Society Letters 407:L99-L102.周期的大量絶滅に関する最近の論文(きっちり2700万年ごとに訪れるためネメシス説の再考を促す)


追記(2012.3.21)



96%の大絶滅 ―地球史におきた環境大変動 (知りたい!サイエンス 78)

 薦めていただいたこの本もかなり読みやすかったです。上記の本の著者らとは異なる地球化学的な視点から見ています。上で述べた恐竜絶滅のメカニズム(光合成の停止、酸性雨など)をさまざまな証拠から解説されています。白亜紀後期以外の大量絶滅やその周期性についても紹介されていて大変勉強になりました。

*1:そんな白亜紀末の絶滅について、ちょうど上記本の著者を含む講演会が明日あるようです(聴きに行けなくて残念・・・)。