学問の系譜
最近はスマホ(Kindle)で本や漫画を読んだり、SNSを眺めることが多くなり、紙の本にふれる機会がかなり減ってしまいました。しかし、年末年始に家でゆっくりする時間がとれ、久しぶりに紙の本を手にすることができました。いろいろ読みたい本や読むべき本があるのですが、何気なく手にとったのが「坂上昭一の昆虫比較社会学」でした。27人が執筆しているのでどこからでも読め始めることができるため、つまみ食いしているうちに結局全部読んでしまいました。
この本では、坂上昭一博士の研究業績の位置づけや、彼の研究者として人物像について、共同研究者や指導学生、合わせて27名が執筆しています。昆虫学を真面目に勉強している人なら一度は耳にしたことがある研究者でしょう。
坂上博士は、北海道大学でミツバチなどのハナバチ類の行動や生態、分類の研究を行い、一般書も「ミツバチのたどったみち―進化の比較社会学」など多くを著しています。代表的な業績としては、ホクダイコハナバチの真社会性の発見があり、ハナバチ研究の大家Charles D. Michenerや血縁選択説を提唱した進化生物学者William D. Hamiltonとも活発な交流がありました。
この本を読んで、坂上博士が所属していた北海道大学の農学部、理学部、低温科学研究所に関わる研究者の名前が次々と登場し、北大の坂上博士をめぐる学問の系譜を実感しました。北大で昆虫を研究材料にしていたり、生態学に関わっている研究者は、どこかで坂上博士か彼のお弟子さんと接点があります。さらに研究対象となるハチの繋がりをたどれば、同様にハチを研究対象とする他大学・研究機関の研究者に行き着きます。北大関係からも、ハチ関係からも私の知人に繋がることを考えると、研究者であればどこかで接点があるものだと実感したわけです。
大学の研究室に所属した経験があったり、研究機関に所属していれば、誰でも何らかの学問の系譜に連なることになります。意識しなくてもいつの間にか繋がっているのです。
よっぽどの早熟な学生でなければ、大学を選ぶ時、研究室を選ぶ時には、自身が今後どんな学問の系譜に入り込むのかはほとんど考えていないでしょう。大学院に進んだり、研究者になって、いつの間にかどこかの系譜に名を連ねていることになるわけです。
私自身のことを考えれば、たまたま大学の卒論で扱ったガの幼虫から多様な寄生蜂(ヤドリバチ)が出現し、その多様性に興味を抱き、大学院では寄生蜂の群集生態学を研究するようになりました。ハチを勉強する中で、岩田久二雄博士の論文や著作に出会い、その流れで坂上昭一博士の研究も知ることになりました。岩田博士は日本のファーブルと呼ばれ、主にカリバチの生活史を詳しく調べ、多数の論文と専門書・一般書を著しました。岩田博士は坂上博士より一世代上のハチ研究者で、坂上博士にも大きな影響を与えたと言われています。岩田博士も坂上博士も論文だけでなく多数の著書があるため、私は大学院の頃から両博士の著作をコツコツと集めてきました。
寄生蜂を研究しはじめて20年、今は岩田博士と縁ある場所で昆虫の研究を細々と続けています。この間、寄生蜂だけでなく、いろいろな昆虫(甲虫、ガ、カマキリ)を研究対象にしてきましたが、最近になってついにカリバチにも手を出しました。学生が持ち込んだ研究テーマからはじまり、自分なりに観察をして論文も出すことができました。そういう意味で、今回、「坂上昭一の昆虫比較社会学」を読んで、自分自身も岩田博士や坂上博士の学問とどこかで繋がっているのかもしれないという意識が芽生えました。
岩田久二雄博士が取り組んだ研究の位置づけや評価については「日本の生態学―今西錦司とその周辺」の第2章「日本におけるファーブルの後継者たち」に詳しく述べられています。