至高のレピ図鑑?

 学生の頃、樹木につく様々な蛾(ガ)*1の幼虫を採集し、飼育して、その天敵である寄生蜂や寄生蝿を羽化させる研究をしていました(参考)。


 採集した幼虫は、まず、保育社の「原色日本蛾類幼虫図鑑(全2巻)」(1965年)か、講談社の「日本産蛾類生態図鑑」(1987年)を使って同定します。しかし、多くは幼虫で同定するのは難しく、そのまま飼育することになります(数日ごとに餌である葉を変えたりして数週間から数ヶ月飼育する)。無事、蛾の成虫が羽化すると、今度は講談社の「日本産蛾類大図鑑」(1984年/2004年再版)で成虫の同定を行います。


しかし、前述したように寄生蜂や寄生蝿を同時に調べていたわけで、寄生されている場合は(幼虫または蛹で殺されてしまうため)蛾の成虫を得ることができません。そのような場合は、色や形が同じ幼虫個体の中で羽化した個体をもとに同定し、その寄主名として記録することになります。したがって、各幼虫は飼育しながらスケッチをしたり各特徴を記録しなければなりませんでした(まだ精度の高いマクロのデジカメが利用できなかった)。


というわけで、蛾の幼虫の研究は、なかなか苦労した思い出深いものです。


 現在このような研究をするとなると、幼虫の形態を記録するためにマクロ機能のついたデジタルカメラを用いたり、ウェブ上の「みんなで作る日本産蛾類図鑑」を利用したり、DNAバーコディングなど精度の高い方法が使えるでしょう


 最近出版された「日本の鱗翅類―系統と多様性」は、そんな過去の自分がその出版を知って狂喜乱舞しただろう一冊です。



日本の鱗翅類―系統と多様性


前述した「原色日本蛾類幼虫図鑑(全2巻)」は出版されたのはずいぶん昔で、情報が古くなっています。そして、「日本産蛾類生態図鑑」は現在入手は極めて困難なことに加え、幼虫の写真がほとんどで、各種の成虫形態についてはほとんど触れられていません。さらに、「日本産蛾類大図鑑」では、図版に対応した番号をもとに種の解説を探すことができません(種名をわざわざ索引でひいて当該ページを探さなくてはいけない)。今回出版された「日本の鱗翅類 系統と多様性」では、上記の欠点を克服しており、例えば、幼虫と成虫写真が並列されており、写真に振られた番号から各種の解説に容易にたどりつくことができます。


さらに、図鑑的要素だけでなく、形態や生態、そして上科や科レベルでの解説が充実しており、鱗翅目の教科書としても有用です。例えば、日本には分布しないものの、ムカシガ上科(Neopseustoidea)、コウモリガモドキ上科(Mnesarchaeoidea)、アンデスガ上科(Andesianoidea)といったマニアックな高次分類群についての解説があるのもすばらしい。


 ただし、現在日本から約6700種もが記録されているため、この図鑑で詳しく写真入りで解説できたのはそのうちわずか992種(約14.8%)のみ。とはいえ、身近に観察される種類の多くは盛り込まれているし、はじめて幼虫写真入りで解説された種も多いことから、現状ではこれ以上のものはなかなか望めないのではないでしょうか。


 出版されたばかりの実物を見せてもらう機会があったのですが、すぐに注文したのは言うまでもありません。

*1:ガが属する鱗翅目はLedpidoptera(レピドプテラ)とい呼ばれ、虫屋には「レピ」と呼ばれています。