イモムシ・ケムシは手足をどう使うか

 新緑の季節です。新しい葉は柔らかく、いかにもおいしそうです。つまり、葉を食べる虫たちにとっては待ちに待った季節なのです。


 昆虫少年時代、イモムシやケムシはあまり好きではありませんでした。しかし、大学院生になって、生態学や進化学の視点から新たな目で見たイモムシ・ケムシは、鱗翅目や膜翅目広腰亜目の幼虫であり、その形態的多様性に魅了されました。


 大阪の地元でもケムシ・イモムシが多いことで有名な公園に行ってきました。9年ぶりに訪れたのですが、当時以上に大発生していました。中でも多かったのは、マイマイガです。マイマイガは大発生時には、どんな植物の種類でも食べることができるほど広食性を示します。展望台のベンチにすわってお弁当を食べているといつの間にか頭や首筋に多数が這い上がってくるほどです(さすがに気持ち悪いです)。9年前に訪れた時はキアシドクガというクマノミズキで大発生していた種類がいましたが、今年はそれほど多くはありませんでした。



マイマイガ


キアシドクガ


マイマイガに限らず、鱗翅目幼虫なら何でもござれの場所で、春に産卵するキリガ類、シャクガ類の幼虫がたくさん見られました。蛾の成虫は図鑑で比較的容易に同定可能なのですが、幼虫の方はなかなか難しいのが現実です。しかし、昨今は「イモムシハンドブック」の出版によって、身近な種類については容易に同定できるようになったように思います。もちろん、インターネット上の「みんなで作る蛾類図鑑」は欠かせません。最近はスマートフォンの普及で、ある程度種類の検討がつけば現地で画像検索して、野外で直接絵合わせすることさえ可能になりました。


イモムシやケムシの形態がどのように進化してきたのか、いろいろ妄想たくましくする中、やはり図鑑などで種名を調べて行くのが基本となります。「イモムシハンドブック」だけでは、メジャーではない種は難しく、今は絶版になってしまった「日本産蛾類生態図鑑」を復刊してくれないかと切に願います。それでも20年来お世話になっている師匠の助けをかりて種名を調べたり、色々な行動を観察しました。



キシタバ(シャクガではないけどシャクトリムシの歩き方でしかも速い!下の動画参照)


オカモトトゲエダシャク(鳥の糞に似ていると言われるけれどこの季節糞以上によく目にする)


チャイロキリガ(白い幼虫でかえって目立つ)


クワゴマダラヒトリ(典型的なケムシ:毛に毒はない)


 イモムシは脚が多いことが大きな特徴かと思います。しかし脚の数は分類群や種によって大きくことなることが知られています。鱗翅目(チョウ・ガ)幼虫の基本は、胸部にある3対の胸脚、そして腹部第3節から第6節にある4対の腹脚、腹部第10節にある尾脚の合計8対です。ハバチ類(膜翅目広腰亜目)の幼虫は5対以上の腹脚があります。「尺取り虫」として親しまれているシャクガ科幼虫は腹脚の多くが退化しており、1対と尾脚のみになっていることが多いです。他にも、カギバ科幼虫では尾脚が退化していたりします。



典型的な鱗翅目幼虫の形態(Sugiura & Yamazaki 2006より)


マイマイガの形態(典型的な鱗翅目幼虫の脚数をもつ)


チャバネフユエダシャクの形態(典型的なシャクガ科の形態:一部の腹脚が退化している)


この脚の数というのは、イモムシ・ケムシの歩き方と強い関係があります。公園の手すりにはたくさんのイモムシ・ケムシが歩いていたのでちょっと撮影してみました。その歩行行動をじっくりご覧ください。



Walking behaviour of caterpillars
イモムシ・ケムシの歩行行動(動画 YouTube より)


 このようにイモムシ・ケムシの歩行には腹脚がとても重要な役割を果たしています。また、シャクガ幼虫のように草木や芽に隠蔽擬態する場合は1対の腹脚と尾脚が体を支えるのに重要な役割を果たしています。



トビモンオオエダシャク幼虫の擬態のポーズ(枝上でこれをやると先端が芽のように見える)


このようにイモムシ・ケムシの腹脚の使い方の多様性についつい目がいきがちですが、胸脚と呼ばれる「真の脚」は人の手や指なみに器用なことが知られています。


 この季節、山道のあちこちで気からぶら下がっているイモムシやケムシを見ることが多いと思います。天敵に襲われそうになったり、風に揺られたりして草木から落ちる時、口から吐く糸を命綱として用います。このまま地面に降りてしまうと地上を徘徊する怖い天敵の餌食になってしまうかもしれません。そこで、糸を使って元いた場所に戻る必要があります。なんと、ぶら下がった幼虫は3対の胸脚を器用に使って糸を登って行くのです。



糸をたぐり寄せて登るオカモトトゲエダシャク幼虫


 鱗翅目幼虫は吐糸(口から出す糸)を命綱として寄主植物からぶらさがることはよく知られている。幼虫は元の場所に戻るために、胸脚を使って糸を巻き取りながら登る。この時、(1)腹部を左右にくねらせながら登る行動、もしくは(2)体をシャクトリムシのように動きながら登る行動が観察された*1。特に(1)の行動は腹脚の数などの違いがあるにも関わらず5上科6科に見られた。この行動は各上科に独立に進化したというよりも二門類(鱗翅目の98%の種が含まれる)の祖先で獲得された可能性がある。



いろいろな鱗翅目幼虫で吐糸を巻き取りながら登る様子(胸脚に糸玉が見られる)



イモムシの糸登り行動/Lifeline-climbing behaviour of caterpillars


文献
Brackenbury J (1996) Novel locomotory mechanisms in caterpillars: life-line climbing in Epinotia abbreviana (Tortricidae) and Yponomeuta padella (Yponomeutidae). Physiological Entomology 21:7-14.


Sugiura S & Yamazaki K (2006) The role of silk threads as a lifeline in caterpillars: pattern and significance of lifeline climbing behaviour. Ecological Entomology 31:52–57.


 イモムシが胸脚を使って糸玉を作りながら登ってゆく行動はなかなかユニークです。ただし、胸脚を使ってもっとすごいことをするシャクトリムシがいますが、これは以前紹介しました(参考:ハワイの珍奇なる虫たち(1)肉食しゃくとりむし)。ハワイでしか見ることができない捕食性のシャクトリムシです。胸脚でエサを捕らえて食べてしまいます。この場合、体を固定するのに腹脚と尾脚も重要な役割を果たしています。



アリを胸脚で捕らえて食べるハエトリナミシャク



Carnivorous Caterpillars | World's Weirdest


 イモムシやケムシの生態や行動にはまだまだおもしろいことが隠されているはずで、生態学・進化学をもっと勉強して研究につなげていけたらと思っています。


イモムシハンドブック

イモムシハンドブック 2


上記2冊はとにかく写真がきれい。蛹や成虫の写真も同時に掲載されていて人気なのも納得です。同定間違いがあるというレビューもありますが、幼虫は弱齢と老齢では別種のように違うことも多いので、いろんな図鑑を見比べて勉強していくしかないように思います。もちろん正確に種を同定するには幼虫を大切に育てて成虫を羽化させることが大切です(DNAバーコーディングを使って手軽に同定できる未来がすぐそこまで来ているかも?)。


庭のイモムシ・ケムシ

道ばたのイモムシ・ケムシ


上記2冊は「みんなで作る蛾類図鑑」を元に出版されたようです。普通種を中心に紹介されているので、「イモムシハンドブック」と掲載種がけっこう重複しています。


日本産幼虫図鑑


 鱗翅目幼虫だけでなく、他の昆虫の幼虫も多数掲載。以前から使用していたものの、新しい職場にはなかったので改めて購入しました。やはり幼虫はナチュラリストの基本ですね。

*1:クモ類の一部は回収した糸を食べることが知られていますが、鱗翅目幼虫はそのまま捨ててしまいます。