潜葉虫の自然史

 待望の(?)潜葉虫(せんようちゅう)に関する本が出ました。



 絵かき虫の生物学


目次


絵かき虫の生物学(序論)
I. 絵かき虫の分類・多様性

  1. コウチュウの絵かき虫
  2. 葉に潜るハエとその進化史
  3. 潜葉性をもつガ類の多様性
  4. ハチの絵かき虫

II. 絵かき虫の生態

  1. チョッキリ類の産卵加工と潜葉性
  2. チビガ科の潜葉習性
  3. ヤナギ類に潜るコハモグリガ
  4. ハモグリガの卵塊サイズ:卵をいくつ産むべきか?
  5. 潜葉虫の産卵場所選択:葉をめぐる幼虫間の争いを避ける
  6. 潜葉虫の防衛と寄生蜂の寄主探索行動
  7. ハモグリバエ科野菜・花卉害虫の寄生蜂群集
  8. 絵かき虫は葉を緑に保ち、老化を防ぐ?ー「緑の島」の形成と早期落葉の抑制ー

III. 絵かき虫の種分化・進化

  1. 絵かき虫が描く絵の意味
  2. クルミホソガにおけるホストレース分化は種分化に寄与するのか?
  3. カンコノキを送粉するハナホソガ
  4. 潜葉生活への数奇なる適応

IV. 参考資料
資料1:本書に掲載された「絵かき虫」一覧(索引)
資料2:ハモグリバエ類寄生蜂の検索表


 潜葉虫とは、葉の内部組織にもぐる昆虫のことです。その潜り痕(潜孔/せんこう mine)が文字のように葉に残ることから、「葉もぐり虫」や「絵かき虫」と呼ばれています。英語ではリーフマイナー(leafminer)です。



さまざまなリーフマイナーおよびその潜孔


 以下のような葉の断面図を生物の教科書で目にすることがあると思います。そして各部位は、以下のように呼ばれています。


a:クチクラ(cuticle)
b:表皮(epidermis)
c:さく状組織(palisade tissue)
d:海綿状組織(spongy tissue)



リーフマイナーは、表皮または裏表皮の細胞層にもぐり摂食する種類(表皮潜孔 epidermal mine:図の番号1)、さく状組織を潜孔し摂食する種(上層潜孔 upper surface mine:番号2)、海綿状組織を潜孔し摂食する種(下層潜孔 lower surface mine:番号3)、海綿状組織とさく状組織の間に潜孔・摂食する種(内層潜孔 inter parenchymal mine:番号4)、そしてさく状組織と海綿状組織の両方を潜孔し摂食する種類(全層潜孔 full-depth mine:番号5)が知られています。


さらに、葉もぐりのタイプには大きくは3つのパターンに分けられています(更に詳細な区分もあります)。


A:線状潜孔(linear mine)
B:斑状潜孔(blotch mine)
C:線状ー斑状潜孔(linear-blotch mine)


 リーフマイナーは、鞘翅目(甲虫)、膜翅目(ハチ)、双翅目(ハエ)、鱗翅目(蛾)の4つの目で知られ、幼虫が葉に潜って生活しています。この葉中での生活は、小さな昆虫たちにとって居心地の良い習性なのでしょう。何度も独立に進化してきており、非常に多くの種類の幼虫が採用している摂食様式なのです。


 このようなリーフマイナーですが、その名前の通り、研究対象としてもマイナーな存在です*1。1951年に、ドイツの昆虫学者 E. Martin Hering が「リーフマイナーの生物学(Biology of Leaf Miners)」という400ページをこえる大著を出版していますが、その後にまとまった書籍はほとんどありません。他に特筆すべきものとして、1991年の H. A. Hespenheide による Annual Review 誌の総説、1997年の E. F. Connorと M. P. Tavernerによる総説があります。


日本語ですと、久万田(1969, 1976)、黒子(1958)、笹川(1966)の短い総説や解説記事が優れています*2


 今回出版された本は2009年に「昆虫と自然」誌上で特集された「絵かき虫の生物学」をベースにしているようです。本書では新たに9人を加えた合計14人の著者によってリーフマイナーの分類、生態、進化といったさまざまなテーマについて16章にわたって紹介されています。上に述べたように、国内外を含めても、リーフマイナーをテーマにした書籍が出版されるのは画期的だと思います。


文献
Hering EM (1951) Biology of the leaf-miners. Gravenhage.


Hespenheide HA (1991) Binomics of leaf-mining insects. Annual Review of Entomology 36:535-560.


Connor EF, Taverner MP (1997) The evolution and adaptive significance of the leaf-mining habit. Oikos 79:6-25.


久万田敏夫(1969)潜葉性昆虫類概説. 植物防疫 23: 63-70.


久万田敏夫(1976)ハモグリガの潜葉習性ーホソガ科を中心に. インセクタリウム 13: 172-176.


黒子浩(1958)ハモグリガ概説(1). 蛾類同志会通信 12: 91-95.


黒子浩(1958)ハモグリガ概説(2). 蛾類同志会通信 18: 167-169.


笹川満広(1966)潜葉性昆虫の生態 ー葉にもぐる虫・もぐり型・生活史ー. 昆虫と自然 1: 14-16.


 葉に残された潜孔はすなわち、リーフマイナーの履歴書です。本書を読むことで、潜孔を目にするだけで色々な物語が想像できるかもしれません。


 あとは、リーフマイナーの採集法、飼育法についての手引きや、やっぱりなんといっても図鑑が望まれます。

*1:かつて、とあるリーフマイナーの論文を生態学の雑誌に投稿したところ、査読者の一人が「While I think that leaf miners are fascinating insects, not all reader would agree.(私はリーフマイナーは魅力的な昆虫だとは思うけど、必ずしもすべての読者が同意しないだろう)」と言われ、最終的に掲載を断られた苦い思い出があります。

*2:私自身大学院生の頃に、これらの文献コピーをノートに張って勉強していました(今でも使っています)。