カメハメハチョウの巣作り

 ハワイにはさまざまな固有の昆虫が知られていますが、チョウはわずか2固有種しか知られていません。1種はハワイルリシジミでした。そしてもう1種はカメハメハチョウ(Vanessa tameamea)と呼ばれるアカタテハの一種です。



カメハメハアカタテハ
(研究室のある建物の外壁に描かれている)


 カメハメハアカタテハは州の昆虫に選ばれており、文字通りハワイの昆虫を代表しています。従来はアジア地域に広く分布するアカタテハVanessa indica)から分化したと考えられてきましたが、最近の分子系統の解析では欧米に広く分布する Vanessa atalanta に近いことが示唆されているようです。大西洋の海洋島であるカナリア諸島やマデイラにも V. atalanta を含む同属数種が分布しているので、アカタテハ類は海をこえて分布を広げやすいグループなのかもしれません。


 さて、日本のアカタテハと同様、カメハメハアカタテハも卵はイラクサ科植物に産み付けられ、幼虫はその葉を食べます。特に、アカタテハ類の幼虫は食草を吐糸で綴って簡単な巣を作ることがよく知られています。



葉を綴って中で葉を食べるカメハメハアカタテハの幼虫
(寄主植物はイラクサ科の固有種 Pipturus albidus


 このように幼虫が葉を巻いたり綴ったりして巣を作るのは、チョウではそれほど多くありませんが、蛾では頻繁に見られる行動です。しかし簡単な葉巻であれ巣であれ、それを自力で作るのにはそれなりのエネルギーが必要です。自らがはき出す絹糸だけで作るわけですから。


この行動にはどういう意義があるのでしょうか?



カメハメハアカタテハの巣作り
(自ら吐き出す糸を使って交互に葉をつなぎ合わせます)


よく知られている仮説として以下のものがあります。

  1. 天敵から身を隠すため
  2. 新鮮な葉を餌資源として良質に保つため


イモムシを遅う天敵は、寄生蜂から鳥まで多岐にわたります。したがって身を隠すというのは一般には考えやすいでしょう。しかし、実際は、葉に隠れないタイプのイモムシよりも葉巻内に隠れたり、葉組織内にもぐっているイモムシの方が多くの寄生蜂に攻撃されやすいことがわかっています。また、鳥は餌であるイモムシを見つけるのに、葉の食害痕といったのを手がかりに探すことができるので、一旦探索イメージをもてば葉で作った巣は簡単に見つかりやすい構造といえます。


一方、葉を重ねることで内部にある葉組織は日光にされされず、軟らかいままに保たれ、さらに防御物質であるタンニンの増加を防ぐことが実験で明らかにされています。つまり、葉を食べやすいように保存しておくわけです。一般にイモムシや軟らかい葉が好きですから、ありそうな話です。


 一般論はともかく、カメハメハアカタテハが巣を作る意義はまだよくわかっていないようです。ただし、カメハメハアカタテハアカタテハと違って、終齢幼虫になると巣を作らなくなるようで、これはちょっとしたヒントになるかもしれません。
 


参考文献
Tabashnik BE et al. (1992) Population ecology of the Kamehameha butterfly (Lepidoptera: Nymphalidae). Annals of the Entomological Society of America 85: 282-285.


大瀧丈二他(2006)アカタテハ属の色彩パターン修飾と分子系統解析. Science Journal of Kanagawa University 17:43-51.


Sagers CL (1992) Manipulation of host plant quality: herbivores keep leaves in the dark. Functional Ecology 6: 741-743.


Hawkins BA (1994) Pattern and Process in Host-Parasitoid Interactions. Cambridge University Press.


Wikipedia: Kamehameha butterfly
http://en.wikipedia.org/wiki/Kamehameha_butterfly


 それにしても鱗翅目の吐糸というのは大変興味深いものです。カイコの絹糸で知られるように繭を作るとき、上記の例やアメリカシロヒトリのような巣を作るとき、ブランコケムシマイマイガ)のように命綱や移動分散として用いるとき、はたまたハワイカザリバガのように餌であるカタツムリを捕まえる時、など多様な使われ方をしているわけです。


吐糸をうまく利用しているのは鱗翅目だけではありません。近縁の毛翅目(トビケラ)をはじめ11の目の昆虫から知られています。おもしろい例としては、脚から糸を出してすみかを作るシロアリモドキ類(紡脚目)や、吐糸で葉を巻いてねぐらを作るコロギス類(直翅目)などがあります。


参考ページ
絹を吐く昆虫たち
http://www.brh.co.jp/seimeishi/1993-2002/03/ss_index.html