稀な種とは何か

 私が昆虫少年だった頃、昆虫図鑑に「稀(まれ)な種」という記述をみるだけで、その種に憧れをもち、いつかは採集してみたいと感じました。逆に「普通種」という記述は、どんなに格好が良くてもその種を色あせたものにしてしまいました。


しかし、生態学を学ぶようになってくると、普通種の魅力、重要性にも気づくようになってきました。普通種は生態系の中で重要な役割を果たしていたり、また経済的な問題を引き起こすことも多く(農林業害虫など)、生態学の基礎・応用の両方から重要な種といえます。何より、生態学的に意味のあるデータをとるためにはある程度個体数が多い種を選ばないと論文も書きにくいという実利的な面もあります。一方、稀な種が学問的には重要ではないわけではなく、少なくとも希少種の保全という観点から(つまり保全生物学的には)同じく重要だと考えられます。そして、かつて昆虫少年だった身としては稀とされる種を見つけるだけで今でも心躍ります。


しかし、そもそも普通種(common species)と稀な種(rare species)を分ける定義は何でしょう? アオサギのようにどこにでもいる種類と、トキのように限られた場所に少数だけが生息している種類がある場合は明らかでしょう。つまり、相対的に個体数が少ないものを「稀な種」と一般的には考えています。しかし、大型の哺乳類や鳥とは異なり、小型の昆虫類の場合は、その定義がなかなか難しいことが多いのです。


 具体的な例をあげてみましょう。私が大学院の頃、とある京都の二次林において、モチツツジとコバノミツバツツジという2種類の植物上で、植物体を摂食する完全変態昆虫の幼虫類を3年間毎週のように採集し続けました。結果、モチツツジでは3976個体61種、コバノミツバツツジでは1370個体49種が採集できました。それぞれの植物種上で、横軸に個体数が最も多い種から順番に並べ、縦軸に各種の個体数をプロットします(種ランク−個体数関係:rank abundance curve*1



植食性昆虫の種ランク−個体数関係


 このグラフをみると、一部の種類が群集全体の個体数の多くを占め、多くの種がわずかな個体数を占めているだけであることがわかります。モチツツジとコバノミツバツツジでは厳密には異なりますが、大きくは同じパターンを示しています。この対象をいろいろな生息域、生物群集、つまり、干潟の鳥群集や、溜池の底生動物群集、温帯林の樹木群集にあてはめても一貫して見られるパターンです(ただし、一般的には同じ栄養段階に属している群集が対象)。


このようにある一定時期、一定の場所で一定の方法で行われた調査によって得られたサンプルから、相対個体数を求め、各種の「稀さ」を推定できるのですが、問題も多くあります。例えば、本来はコナラなどの高木層の葉を主に食べる個体数の多い種類が、樹上からたまたま低木層にあるモチツツジ上に落ちている場合があります。いろいろな樹木の葉を食べるが、コナラが好きで極稀にしかツツジの葉を食べない種類の場合、その場所では、明らかに普通種でも、ツツジ上で調べる限りは「稀な種」になってしまいます。つまり「ツツジ上でのサンプリング」という手法によって「普通種」が「稀な種」になってしまった例といえるでしょう。


別の例として、平地でクヌギの樹液に集まる昆虫の群集を考えてみましょう。カナブンやカブトムシ、ノコギリクワガタコクワガタは比較的多く見られますが、マイマイカブリアオカナブンの個体数は少ないものです。ではこれらの種は「稀な種」なのでしょうか? 厳密には違います。マイマイカブリは地表を徘徊してカタツムリを食べていますが、稀に樹液を舐めにやってくるだけです。アオカナブンは平地よりも山地に生息しているため平地の樹液には集まりにくいだけです。逆に、地面に穴を掘ってカップを設置するピットフォールトラップという落とし罠による調査では、マイマイカブリなどのオサムシが多く採集されるけれど、クワガワタムシ類はわずかにしか採集されないでしょう。


このように、本来の生息場所や時期が異なる種や、異なる採集法によって見かけ上の「稀な種」が生まれます。そこそこ個体数が生息しているが、人間による限られた採集方法では探知できておらず、そういう種類は「稀な種」と認識されている可能性があるというわけです。


 では、熱帯林などで問題となっている稀な種についてはどうでしょうか。熱帯林などにおいて、いくらサンプリング(採集)を繰り返してもいつまでも種数が飽和しない現象は節足動物類でよく知られています。特に、徹底的な調査にも関わらず1個体しか得られない種は「単一個体種」(シングルトン:singleton)と呼ばれており、この単一個体種の多さが熱帯における高い種多様性を特徴づけていると言われてきました(単一個体種が多いと「種ランク−個体数関係」のグラフの右側のテールが長くなる)。しかし、本当にそのような極端に少ない個体数が存在するのでしょうか? この単一個体種の多さは熱帯生態学においての重要な謎とされてきました。


 熱帯における節足動物類の群集研究のうち、採集総個体数、総種数、「単一個体種」の種数が記録されている71の研究を調査した。結果、「単一個体種」は総種数のうち平均31.6%を占めていた。


 この「単一個体種」の高い割合をもたらす要因を明らかにするために、ガイアナの熱帯低地林1ha (100m×100m)から10日間にわたる徹底的な調査によって、クモの成体5965個体352種を採集した。結果、「単一個体種」は101種で全体の割合29%を占めた。


 クモ類で「単一個体種」の高い割合をもたらす要因として、以下の5つの要因を調査した。


検討した仮説
1)「単一個体種」は小型種が多く見つかりづらい
2)「単一個体種」は雌よりも移動しやすい雄が多い
3)「単一個体種」の各個体は0.25haから1haよりも広いスケールで分布している
4)「単一個体種」は探知しづらい隠蔽個体が多い
5)「単一個体種」は単なるサンプリング不足


結果
1)「単一個体種」はむしろ相対的に大型な種であった
2)「単一個体種」には性比の偏りがなかった
3)入れ子状に配置された0.25haのサブプロットごとの「単一個体種」数に違いはなかった
4)分類群(科)間で「単一個体種」の相対頻度に違いがなかった
5)観測種数(352種)は、推定種数(Chao1:443種;対数正規分布:694種)より大幅に低く、サンプリング不足が示唆された。


 個体数と種数の関係(相対種個体数:relative species abundance)は、対数正規分布*2への当てはまりがよく、100万〜200万個体、約700種の群集からのランダムサンプリングによるシュミレーションでは、真の「単一個体種」はわずか4%と示唆された。


 また71の既存研究について、サンプリングを行う頻度が高いほど、「単一個体種」の割合は減少していた。



サンプリング強度と「単一個体種」の割合の関係


 以上の結果、クモ類での「単一個体種」の高い割合は、サンプリング不足による可能性が高い。


文献
Coddington JA (2009) Undersampling bias: the null hypothesis for singleton species in tropical arthropod surveys. Journal of Animal Ecology 78:573-584.


 「単一個体種」の高い割合がサンプリング不足にすぎなかったという結論でした。とはいえ、その生じる要因を詳細に調べた優れた群集生態学の研究だと感じました。そもそも、「単一個体種」の割合が高いのは熱帯林だけに限りません。先の私が調べたツツジの研究でも、モチツツジで34.7%(17種)、コバノミツバツツジで31.1%(19種)もの「単一個体種」が含まれていました。つまり、温帯熱帯に関わらず比較的種数の多い群集から現実的なサンプリングを行う場合、多くの見かけ上の「単一個体種」を検出してしまうのだと思います。


 そもそも「群集」は研究者、調査者が多かれ少なかれ恣意的に切り取った断片(snapshot)にすぎないわけで、現れる群集パターンというのはその「切り取り方のパターン」を反映しているだけかもしれません。群集研究者は、1980年ごろよりこの可能性を除去するために、ランダムに形成したモデル群集(帰無モデル)を創出し現実の群集と比較して何とか「自然の」パターンを抽出しようと努力してきました(参考:チェッカー盤分布をめぐる論争)。


それでも適切な帰無モデルを作ることができているのか不安はあります。種の分布をランダムに配置しても説明可能という群集が多く存在し、そもそもランダムな群集は論文として発表されにくいので過小評価されやすいかもしれません。


 群集生態学は、この「サンプリング問題」と常に向き合っていかないといけないわけです。

*1:縦軸は相対個体数をとることが多いですが、ここでは1個体のみの種を示すために単なる個体数の対数をとっています。

*2:相対種個体数(relative species abundance)が対数正規分布への当てはまりが良いことは古くから知られていましたが、Hubbell(2001)はゼロサム多項分布への当てはまりがより良いことを指摘しました。そもそもHubbellの想定した群集は、熱帯林のように林冠が閉じ個体数が飽和したようなものを想定しているのに対し、クモなどの節足動物群集では個体数が飽和しているイメージがなくこの前提には当てはまらないので対数正規分布が妥当な気がします。このあたりの研究の歴史はかなり重要なので、いつかは解説したいところですが、Hubbellの本が翻訳されているので、これを読むのが一番手っ取り早いと思います→「群集生態学―生物多様性学と生物地理学の統一中立理論」(S.P. Hubbell)