チェッカー盤分布をめぐる論争

 島嶼生物地理学の理論を提唱し、群集生態学のリーダーシップをとっていたマッカーサーRobert MacArthur)は、1972年にわずか42歳という若さで亡くなりました。


 マッカーサーに強い影響を受けた研究者たちが集まり、1975年に彼に追悼の意を示し「Ecology and Evolution of Communities」が出版されました。この中には、18の論文が収められています。中でも編者の一人でもあるダイアモンド(Jared Diamond)は「Assembly of species communities」という論文を寄稿し、興味深い論争を引き起こしました。


ダイアモンドは100ページをこえる論文の中で、「群集がいかに形成されるか」ということに焦点をあて、ニューギニア島周辺(主にビスマルク諸島)の各島での陸生鳥類の分布様式を調べ、「群集の集合則(assembly rules)」を提唱しました。



大きな地図で見る
ニューギニア島北東にあるビスマルク諸島と(その東の)ソロモン諸島


中でも注目を集めたのは、複数の属(オナガバト属 Macropygia、モズヒタキ属 Pachycephala、ヒメアオバトPtilinopus、ミツスイ属 MyzomelaメジロZosterops)内で近縁種間が排他的に分布していることを示し、種間競争(interspecific competition)によってこのパターンを説明したことです。


このパターンを模式的に図示すると、チェッカーというゲームの盤に似ていることから、「チェッカー盤分布(checkerboard distribution)」(または市松状分布)と呼ばれています。



チェッカー盤分布(種Aのみ分布する島を黒丸、種Bのみ分布する島を灰色丸、AもBも分布しない島を白丸とする)

 
 同属種間では、その体サイズや資源要求量が似ていることから、同じニッチに属する可能性が高いと一般には考えられます。ガウゼ(Georgy Gause)の競争排除則competitive exclusion principle)に従えば、同じニッチをもつ複数種が共存することはできません。つまり、過去に種間競争が起こっていずれかの種が排除された結果、現在排他的な分布が見られるというわけです。


 ところがこの本の出版後、気鋭の生態学者シンバロフ(Daniel Simberloff*1が異議を唱えました。ダイアモンドの描いたチェッカー盤分布には、いずれの種も分布しない空白の島が多数あることに注目しました(図の白丸)。シンバロフは、いずれの種をランダムに分布しているように配置しても、ダイアモンドが見出したチェッカー盤分布になることを指摘しました。


その後、ダイアモンドは共同研究者とともに、いくつかの帰無仮説を仮定しても、有意に排他的な分布が見られることを再度確認する報告をしました。シンバロフも共同研究者とともに、たとえ有意な排他的なパターンが見られたとしても、ダイアモンドらがいう「種間競争」や「競争排除」がおこった証拠にはならないことを指摘しました。例えば、大きな島に分布しない種は単なる小さな島を好み、大きな島にしか分布しない種は小さな島にはない成熟した森林を好んだ結果かもしれません。また、種間でこの地域に移入してきた時期が異なり、ある種はさまざまな島に分布を広げたのに対し、別の種は移入したばかりで分布域をひろげていない場合もあるでしょう。つまり、チェッカー盤分布は、種間での生息地選好性(habitat preference)や移入履歴(colonization history)の違いを反映している可能性もあるということです。


 シンバロフが編者の一人として、1981年開催のシンポジウムをまとめた「Ecological communities: Conceptual issues and the evidence」という書籍が1984年に出版されました。この中でも、両陣営の攻防がみてとれます。科学雑誌では、ある論文についての反対意見はコメントとして、また返答コメントとして後の巻号に掲載されることがあります。通常、出版本ではこのようなやりとりはめったに見られません(そもそも調整係の編者がいるのですから)。ところが、この本ではお互いのグループが執筆した章に対してさらなるコメントの章(Rejoinders)を設けているほど、激しい論戦が繰り広げられていたことがわかります(シンポジウム講演に基づいた論文ゆえの特徴かもしれませんが)。


チェッカー盤分布や種間競争があろうがなかろうが、シンバロフらの指摘は、群集生態学での「帰無仮説(null hypothesis)」の重要性を明らかにしたという意味で大変重要な論争だったとされています。


 1970年代後半から1980年代にかけてのこうした論争は、日本語を含め多くの教科書で紹介されています。しかし、その後もほそぼそとながら論争が続いていることはあまり知られていません。例えば、チェッカー盤分布を検討するための帰無仮説はいくつか提唱され、さらにコンピューターの発達でより現実に即したアルゴリズムで検討されるようになりました。1990年代から2000年代にかけて、様々な地域での鳥類分布データをもとに、チェッカー盤分布についてのいくつかの再検討が(別の研究者グループによって)なされています。それらの結果は、メカニズムはともかくも、統計的にはチェッカー盤分布の存在を示唆しています。


さらに、2009年には、ダイアモンドらのグループがこれまで提唱されたいくつかの帰無仮説を検討し、ビスマルク諸島とソロモン諸島ビスマルク諸島より東部)では、やはりチェッカー盤分布はあるという結果を出版しています。


シンバロフらも負けていません。2009年に出版された島嶼生物地理学の理論の40周年記念本「The Theory of Island Biogeography Revisited」の中で、さらなる検討を試みています。


 シンバロフらはこれまでの論争を顧みて、ダイアモンドらの元々の分布データの詳細が、2001年にマイア(Ernst Mayr)とダイアモンドよって「The Birds of Northern Melanesia. Speciation, Ecology, and Biogeography」が出版されるまで利用できなかったことを皮肉り、改めてこの本のデータを使って、ソロモン諸島の分布様式を検討することにしました。


シンバロフは、鳥類6属をつかって、22の組み合わせでチェッカー盤分布を検討しました。確かにいつかの組み合わせでは、チェッカー盤分布を見出しました。しかし、その島と鳥の両方の分布を細かく検討すると、ある島群ではA種が、別の島群ではB種が分布する傾向があり、これは異所的な種分化allopatric speciation)の結果としても説明できる可能性を指摘しました。つまり、排他的な分布に見えるのは、互いの種が分散を妨げる地理的な障壁(図の点線)によって隔離されているだけかもしれないというわけです。



異所的種分化によるチェッカー盤分布(種Aのみ分布する島を黒丸、種Bのみ分布する島を薄黒丸、AもBも分布しない島を白丸とする):点線はA種とB種が地理的に隔離されていることを示す。


 いずれにせよチェッカー盤分布というのは非常に興味深い現象で、多くの生態学者を惹き付けてきたのは間違いありません。おそらくチェッカー盤分布は実在するでしょう。ただ、その形成メカニズムが種間競争なのか、種間での生息地選好性や移入履歴の違いなのか、異所的分化の結果にすぎないのか、はたまた他の要因なのか、これらは場所や種群によるのかもしれません。つまり、生態学の多くの論争にあるように、単一のメカニズムだけでは説明できない例の一つと思われます。


 マッカーサーやダイアモンド、グラント夫妻(Peter & Rosemary Grant)らの研究にみるように、鳥類研究者は、ニッチ集合則に極めて保守的で、種間競争の重要性を主張する傾向にあります。一方、ストロング(Donald Strong)やロートン(John Lawton)、シンバロフらの研究のように、めったに種間競争を見いだせない植食性昆虫などを扱ってきた研究者は、種間競争を軽視する傾向にあります*2。つまり種間競争は、群集形成メカニズムとして脊椎動物から無脊椎動物まで広く説明できるメカニズムではないということを暗示しています*3


文献
Diamond JM (1975) Assembly of species communities. In: Ecology and Evolution of Communities (Cody ML & Diamond JM eds.), pp. 342-444. Belknap Press of Harvard University Press. アマゾンへリンク


Connor EF, Simberloff D (1979) The aasembly of species communities: chance or competition? Ecology 60: 1132-1140. (雑誌へリンク


Strong DR et al. (1984) Ecological Communities: Conceptual Issues and the Evidence. Princeton University Press. アマゾンへリンク


Gotelli NJ, McCabe DJ (2002) Species co-occurrence: a meta-analysis of J. M. Diamond's assembly rules model. Ecology 83: 2091-2096. 雑誌へリンク


Sanderson JG et al. (2009) Pairwise co-existence of Bismarck and Solomon landbird species. Evolutionary Ecology Research 11: 1-16. (pdf)


Simberloff D, Collins MD (2009) Birds of the Solomon Islands. The domain of the dynamic equilibrium theory and assembly rules, with comments on the taxon cycle. In: The Theory of Island Biogeography Revisited (Losos JB, Ricklefs RE eds.), pp.237-263. Harvard University Press. アマゾンへリンク


 ちなみに、ダイアモンド vs. シンバロフという対立の構図は以前紹介した SLOSS 論争の時とほぼ同じです。SLOSS論争は、ダイアモンドやメイ(Robert May)らが1975年頃に島嶼生物地理学の理論を国立公園などの保全区域の設定に応用した時にシンバロフが反発することで起こりました。つまり、チェッカー盤分布の論争と同時期にシンバロフらが議論をふっかけていたことになります。ここまでくると、ちょっと個人的な感情が絡んでいるような気もしますが、真相はどうだったのでしょうか。

*1:マッカーサーらの島嶼生物地理学の理論を、ウィルソンと一緒に実際の小さな島で実証しました(参考:島の生物地理学の理論:ウィルソンによる回想

*2:種数のずっと多い昆虫(全記載種のうち植食性昆虫は約25%を占めるが、鳥類は1%にも満たない)を扱っている研究者にとっては、鳥類を材料に群集の一般則を求めようとしてきた態度に対する反発なような気もします。ちなみに、トカゲなども鳥類と同様に種間競争にもとづいた群集形成があったとされる傾向が強いです。

*3:ちなみに植物でいえば、ハベル(Stephen Hubbell)が提唱した統合中立理論をめぐる論争が近年盛んです。熱帯雨林のような個体数で飽和した群集では、光などを資源をめぐる競争が前提です。ハベルは競争能力の種間差を考えず、しかも競争が働く単位を別種であるか同種であるかを区別していないところがユニークです。