ニッチ保守性(Niche Conservatism)

 ニッチ保守性(Niche Conservatism)という用語の定義と使用について勉強してみました。


 ニッチ(生態的地位)とは、種が生息可能で、個体群を維持できる状態のことを指します。その状態には、非生物的な要因(気候など)と生物的な要因(競争、捕食)の両方があり、前者を基本ニッチ(Fundamental Niche)、後者を実現ニッチ(Realized Niche)と呼んでいます。このうち、基本ニッチが、長い進化的な時間をかけても保持されていることをニッチの保守性(Niche Conservatism)と呼んでいるようです*1。


具体例を使って確認しましょう。例えば、熱帯域にのみ見られる生物群があります。これらの生物は、これまで長い時間があったのにもかかわらず、温帯域に分布を拡大することはありませんでした。また、温帯に分布するとしても、ごく一部の種が温帯域に分布を広げたか、別種に分化したにすぎません。このように、多くの種の分布が熱帯域にとどまっているような状態を、熱帯のニッチ保守性(Tropical Niche Conservatism)と呼んでいるようです*2。


 熱帯のニッチ保守性は、(1)進化、(2)生物多様性、(3)外来種、(4)地球温暖化などと深い関わりがある概念です。


(1)ある種の個体群間に、気候条件が異なる境界領域によって遺伝的交流が起こらない時(例えば、高山間の低地)、ニッチ保守性が種分化に重要な役割を果たしうる。


(2)ニッチ保守性は、温帯より熱帯の方が種数が豊かである生物群が多いことを説明しうる。


(3)ニッチが保守されれば、外来種は原産地と気候が似ている場所に侵入し定着することが多い。


(4)同様にニッチが保守されていれば、地球温暖化によって、分布域を高緯度や高標高域にずらすことが多い。


逆にニッチ保守性がなければ、熱帯を原産地とする外来種が温帯域などにも容易に侵入定着するし、地球温暖化によって分布域を高緯度にずらすことなく同じ地域にで耐えることが可能でしょう。


参考文献
Wiens JJ, Graham CH (2005) Niche conservatism: Integrating evolution, ecology, and conservation biology. Annual Review of Ecology,Evolution, and Systematics 36: 519-539.


 野外の生物に関する分布をよく観察している人にとって、ニッチ保守性はあたりまえの概念かもしれません。


 「あたりまえっぽい」現象や経験則を概念として整理し、研究の枠組み(Framework)として提供することがしばしば生態学ではおこなわれます。日本人研究者にとって、「枠組み」をつくったり、広く普及させていくのは、なかなかに苦手であり、難しいように感じます。



*1 ニッチ保守性は、非生物要因による基本ニッチが保たれること。競争や捕食といった実現ニッチの方ではないので、「ニッチ保守性」という言葉だけをきくと少し勘違いしやすいかもしれません。


*2 哺乳類では外気温にたいする順応性が高いので(ホメオスタシス)、熱帯から温帯への分布拡大は、他の生物群よりも起こりやすいかもしれません。