気候変動に備えた人為的な生息地移動(managed relocation)の是非

 今日届いた電子メールを開くと、アンケートの依頼がありました。最近、投稿雑誌や新規雑誌のアンケート依頼がよくあるのですが、「Managed Relocation」というキーワードをみて、真剣に取り組んでみる気になりました。今話題の「気候変動に備えた人為的な生息地移動」に関する意見アンケートだったのです。


Welcome to the Notre Dame Survey on Managed Relocation


 実は1年ほど前から managed relocation については論文を集めており、ここでも紹介すべくまとめていました。ところが、けっこう新しい論文が出版され続けており、それをフォローするのも大変で、書きかけで中断していました。改めて、じっくり論じるにも時間がないので、中途半端ではありますが、このトピックに関する議論を以下にまとめておきます。


 ちょっと長くなりそうなので、すぐに知りたい人のために先に簡単な要約をのべておきます。


Managed Relocation とは・・・(要約)


 今後100年間で、気温の上昇など急激な気候変化によって多くの生物種が絶滅してしまうと予測されている。これを事前に防ぐために、本来分布しないが生息に適した場所へ人為的に種を移動させる方法が提案されている。これを、assisted migration や assisted colonization、assisted translocation または managed relocation と呼んでいる。


しかし、これによって新たな外来種問題を生み出す可能性があるため、保全生物学者、生態学者などの中でも賛否両論があり、その是非をめぐり現在議論がなされているところである。

 近年、温暖化を含む地球規模の気候変動がしばしば問題になっています。特に、気温が局所的に増加する可能性が高いと言われています(また、降水量が局所的に減少または増加もありえます)。


多くの生物は、長い進化的な時間をかけて分布域を広げたり、狭めたりしてきました。しかし、多くの種は分布域に関して、系統的に保守的であることがしばしば知られています(参考:ニッチ保守性)。つまり、100年以内という短期間での急速な気温の上昇にあわせて、その分布域をうまくあわせることは難しいということです。


これまでに蓄積された過去と現在の分布データや、生理生態的な情報を解析することで、急速な気候変動による各生物種に与える影響が予測されています。多くの結果は、一部の生物種は確実に気候変動によって絶滅してしまうことを示唆しています。


絶滅を防ぐにはどうしたらようのでしょうか? もちろん温暖化しないように国際的、政治的な運動や取り組みは大事かもしれません。しかし、この取り組みが必ずしも成功するとは限りません。それよりも、実際温暖化が進行する中で、一部の種を保全するために、人の手で分布に適した地域へと移動を助けてあげようという提案がなされました。


このような提案は以前から示唆されていましたが、より具体的に議論されるようになったのはごく最近です。2007年に Conservation Biology誌にてその議論のきっかけとなる提案がなされ、2008年には Science誌でもとりあげられました。


このような人為的な生物の移動は、当初「assisted migration(移動補助)」と呼ばれました。ただし、多くの動物学者は「migration」という単語は季節的な移動に対して用いることが多いので、最近では「assisted colonization」とか「assisted translocation」また「managed relocation」 とも呼ばれることもあります。


 この提案は、かつて(更新世にさえ)一度も分布したことがない地域への移動も含みます。つまり、この移動・定着に成功した種は、その地域からみれば「外来種」ということになります。もちろん、外来種による影響を懸念している研究者たちがだまっているわけではありません。まず、2008年のScience論文についての反論をきっかけに議論がはじまりました。2009年に舞台は Trends in Ecology and Evolution誌に移り、(論争好きの?)シンバロフらが痛烈に批判する論考を発表し、同誌に少なくとも6編の賛成&反対意見が掲載されました。


 この議論に関して賛成および反対意見についてのトピックを箇条書きにしてみました。


賛成意見

  • 地球上には、次の100年で気温が4℃以上上昇する地域があることを考えておかねばならない。そのような地域では多くの種について人為的な移動が必要となるだろう。
  • 気候変動による絶滅が危惧される種の移動を否定すれば、それらの種の絶滅確率を格段に上昇させることになる。
  • ホッキョクグマを南極に移動させるような、生物地理区をまたぐ極端な移動を想定してはいない。外来種が問題になるのは生物地理区を越えた場所に侵入した場合(異なる大陸間の移動、または大陸から島への移動)が多い。つまり、同じ生物地理的な条件下では移動種が侵略的になるリスクはかなり低い。


反対意見

  • 移動後に侵略的な種になり他の種への影響が生じるかもしれない。
  • 移動によって、寄生虫や病気(人畜に関連する病気も含む)も広げてしまうかもしれない。
  • 生物地理区を越えない移動(大陸内など)でさえも、しばしば侵略的になる場合もある(特に淡水動物など)。
  • 移動によって近縁種間での雑種化がおこるかもしれない。
  • 移動の候補となる種の多くは(外来種となったことがないので)侵入履歴に関する情報が少ない(予期しにくい)。
  • 気候変動による絶滅の根本原因を解決するわけではない。
  • 生態系の管理や回復に関する試みや努力の方向転換が必要になってくる。


 興味深いのは、最初にこの枠組みを提案したMcLachlanらの論文の中にあるこの一節です。


Ecologists likely vary in their perception of the risks associated with imposing or rejecting a policy of assisted migration. Conservation biologists studying rare endemics may be more willing to embrace assisted migration than ecologists studying invasive species, for example.


(意訳)
種の移動援助という政策を推し進めるかまたは反対するかは、そのリスクの受け止め方によって生態学者によっても意見が異なるだろう。例えば、珍しい固有種を研究している保全生物学者は、侵略的な外来種を研究している生態学者よりも、移動援助という提案を喜んで受け入れる傾向にあるだろう。


より引用
McLachilan JS et al. (2007) A framework for debate of assisted migration in an era of climate change. Conservation Biology 21: 297-302.


 これはさまざまな応用生態学のあり方を示唆している言葉です。ただし、外来種による影響を研究してきた研究者でも、managed relocationについて積極的な発言をしている人もいるようです。例えば、植物の研究者は、どちらかといえば賛成しやすい要素をもっているように思います。


植物は古くから栽培され多くの地域に導入されてきた歴史をもっていますし、外来種問題が叫ばれる昨今でも、植物園や、ガーデニング、街路樹、造園、林業といったように植物の移動や植栽が普通に行われているという現状もあります。また、植物は目に見える形で移動せず、また樹木では寿命が長いので、人による管理が容易だと考えやすいのも要因かもしれません。実際、このassisted colonizationという提案と議論は、気候変動による絶滅のおそれがある針葉樹フロリダカヤ(Torreya taxifolia)の稚樹を別地域の森林に導入するというプロジェクトが発端になっています。


 種の人為的移動のリスクは、分類群によって大きく異なる可能性が高いでしょう。広く一般化しすぎる危険性は極めて高いように思います。


北米大陸の再野生化計画には反対意見ばかりが目につくのに、気候変動に備えた移動援助については賛成意見が比較的多く感じるのはなぜでしょうか。最終的な目的は、単なる絶滅危惧種保全なのか、それとも生態系をも含めた保全なのか、更新世の生態系を復元させるべきなのか、現状の生態系を維持すべきなのか、このあたりのビジョンをはっきりさせないと意見が割れてしまうのはあたりまえの気もします。これは何もこのような国際的な議論だけに限らず、地域の保全外来種問題についてもいえることでしょう。


文献
Conservation Biology誌での議論
McLachilan JS et al. (2007) A framework for debate of assisted migration in an era of climate change. Conservation Biology 21: 297-302. 気候変動により絶滅しそうな種の人為的な移動に関して、さまざまな立場からの議論を紹介。


Hunter M Jr. (2007) Climate change and moving species: furthering the debate on assisted colonization. Conservation Biology 21: 1356-1358.


Mueller JM, Hellmann JJ (2008) An assessment of invasion risk from assisted migration. Conservation Biology 22: 562-567.


Seddon PJ et al. (2009) The risks of assisted colonization. Conservation Biology 23: 788-789.



Science誌での議論
Hoegh-Guldberg O et al. (2008) Assisted colonization and rapid climate change. Science 321: 345-346. 気候変動により絶滅しそうな種の人為的な移動に関してより積極的に熟考すべき。


Davidson I, Simkanin C (2008) Skeptical of assisted colonization. Science 322: 1048-1049.


Huang D (2008) Assisted colonization won’t help rare species. Science 322: 1049.


Chapron G, Samelius G (2008) Where species go, legal protections must follow. Science 322: 1049.


Hoegh-Guldberg O et al. (2008) Response. Science 322: 1049-1050.



Trends in Ecology & Evolution誌での議論
Ricciardi A, Simberloff (2009) Assisted colonization is not a viable conservation strategy. Trends in Ecology and Evolution 24: 248-253. 気候変動により絶滅しそうな種の移動に関する提案を厳しく批判。人為的な移動による予期せぬリスクを考えるべき。


Schlaepfer MA (2009) Assisted colonization: evaluating contrasting management actions (and values) in the face of uncertainty. Trends in Ecology and Evolution 24: 471-472.


Sax DF et al. (2009) Managed relocation: a nuanced evaluation is needed. Trends in Ecology and Evolution 24: 472-473.


Vitt P et al. (2009) Assisted migration: part of an integrated conservation strategy. Trends in Ecology and Evolution 24: 473-474.


Schwartz MW et al. (2009) The precautionary principle in managed relocation is misguided advice. Trends in Ecology and Evolution 24: 474.


Fazey I, Fischer J (2009) Assisted colonization is a techno-fix. Trends in Ecology and Evolution 24: 475. Ricciardi & Simberloff (2009)の反対意見を支持。さらなる問題点を提起。


Ricciardi A, Simberloff (2009) Assisted colonization: good intentions and dubious risk assessment. Trends in Ecology and Evolution 24: 476-477.



その他
Marris E (2008) Moving on assisted migration. Nature Reports Climate Change 2: 112-113.


Richardson DM et al. (2009) Multidimensional evaluation of managed relocation. PNAS 106: 97721-9724.


Willis SG et al. (2009) Assisted colonization in a changing climate: a test-study using two U.K. butterflies. Conservation Letters 2: 45-51.


Shirey PD, Lamberti GA (2010) Assisted colonization under the U.S. Endangered Species Act. Conservation Letters 3: 45-52.


 ところで、アンケートは30-40分で答えられるとメールにはありましたが、英語が苦手なためか、結局1時間ちょっとかかってしまいました。Managed Relocation(MR)についての主な質問項目を紹介すると・・・

  • 研究ポジション、学位、研究場所など
  • 気候変動の基礎知識を問う(今後100年で何℃上昇すると思いますか?など)
  • いずれの分野を専門にしているか?(気候変動、気候変動に対する生物反応、外来生物
  • 非標的種の絶滅をひきおこす可能性がある場合にMRに賛成か?
  • 生態系機能に影響を与える可能性がある場合にMRに賛成か?
  • 未知の問題を引き起こす可能性ある場合にMRに賛成か?
  • 何も問題がおこらないと仮定したもとでMRに賛成か?
  • いずれの分類群のMRが非標的種の絶滅を引き起こしうるか?
  • いずれの分類群のMRが生態系機能を変えうるか?
  • いずれの分類群が固有遺伝子タイプを消失させうるか?
  • MRで重要な目的で最も大事なのは?
  • 気候変動で絶滅しそうな種についての優先すべき対策は?(何もしない、保護区の拡大、コリドーの創出、生息地の移動、生息地外保全
  • 気候変動で絶滅しそうな種について最も悪い対策は?(何もしない、保護区の拡大、コリドーの創出、生息地の移動、生息地外保全
  • MRに際して個体群の境界を重視するべきか?
  • MRに際して遺伝的多様性を重要視すべきか?
  • 専門に扱っている分類群でMRが効果的か?
  • 事例1の是非に関する質問(加オンタリオの木材生産のために南部地域の品種のMR)
  • 事例2の是非に関する質問(米ミシガンと北インディアの絶滅危惧亜種のチョウのMR)
  • 事例3の是非に関する質問(サンゴの共生藻類は海水温度上昇で死亡しサンゴの白化現象を引き起こす。それを防ぐために高温耐性の強い熱帯域の共生藻類の温帯域へのMR)
  • 生息地移動は政府主導で行うべきか、民間も部分的に担うべきか?
  • 信ずる宗教がありますか?(以下の質問項目はバイアスを考慮するため)
  • 神の存在を信じますか?
  • 年収は?
  • 自国政府を何パーセント信頼しているか?


 他にも詳細な質問が多数ありましたが、主な項目はこんな感じです。プロジェクトメンバーに著名な研究者も入っているので、これらのアンケート結果をもとに、なんらかの論文がいずれ出版されるのでしょう。


ちなみにアンケート内の事例にあった温暖化によるサンゴの共生藻類については、Scienceの総説論文が詳しく、それについてもちょっとした議論があったようです。


文献
Hoegh-Guldberg O et al. (2007) Coral reefs under rapid climate change and ocean acidification. Science 318: 1737-1742.


Baird A et al. (2008) Coral Adaptation in the Face of Climate Change. Science 320: 315.


Hoegh-Guldberg O et al. (2008) Response. Science 320: 315-316.


 今回のアンケートを通して、私自身のMRについての考えを整理する良い機会でした。もちろん私自身は外来種の研究を行ってきたこともあり、積極的に支持するという意見ではありません。ただ色々な流れを考えると、分類群、地域、目的、研究者間での合意など、いくつかの条件付きで、将来的には広く実施されることになるかもしれません。