北米大陸にライオンを放そう!?? 再野生化(rewilding)をめぐる論争

 害虫や外来種を駆除するために原産地の天敵を導入するのが「古典的生物(的)防除」と呼ばれる考え方です。これまでにも繰り返し述べてきたように、この人為的な外来種の導入はしばしば標的としない生物にも影響を与えるという意味で、その問題点が指摘され、論争を巻き起こしてきました(参考:生物的防除が落とした影 1, 2, 3, 4, 5)。


私の印象では、ハワイのような特殊な島環境では生物防除の危険性は高いという負の印象を受ける一方、大陸環境では、まだまだ生物防除の有効性を信じているか、その低い成功率を向上させたいという熱意が未だ強い印象を受けます。


 生物学的防除に見られるような、天敵が害虫や害草の個体数を制御するという生態的な機能を「トップダウン制御(Top-down control)」と呼んでいます。このような動物が持つ生態系機能を大規模に利用しようという提案がなされ、ちょっとした論争になりました。



絶滅種アメリカライオンの復元(by Sergiodlarosa:厳密には現存するアフリカライオン Panthera leo の北米亜種 Panthera leo atrox とされる)


 かつて北米大陸にはマンモスやウマ、ラクダ、ラマ、チータ、ライオンといったメガファウナ(megafauna)*1と呼ばれる大型獣がたくさん生息していました(参考:アボカドとメガファウナ)。ところがこれらのメガファウナの多くは、1万3千年前頃(更新世後期:日本でいえば縄文時代)に大量に絶滅したと言われています。これらの絶滅には、その時期にアリューシャン列島を経由して渡ってきたヒトによる狩猟圧が関係していると考えられています。現在、アジアやアフリカに生息しているメガファウナの生態的な役割を考えると、アメリカ大陸で絶滅したメガファウナもまた同様に生態系に強い影響を与えていたと考えられています。例えば、ゾウが木々を倒したり、草を食べたりするような植生に対するかく乱、また果実を食べて種子散布する共生者としての役割や、ライオンなどは草食獣を食べることで増えすぎないようにトップダウン制御の役割を果たていたと考えられています。



北米大陸の哺乳類について後期更新世の間に絶滅した種と(赤棒グラフ)と絶滅しなかった種(青棒グラフ)の体サイズ分布(後期更新世に大型獣が多数絶滅したことがわかる:グラフは Donlan 2006 より描く)


つまり、現在の北米大陸では、メガファウナの絶滅によって本来果たされていたはずの生態系機能がすでに失われてしまっているのではないかということです。そこで、現在は絶滅したメガファウナの代わりに、系統的に近く、また同様な生態系機能を保持している代替種(例えばアフリカやアジアの同属別種または同種別亜種)を北米大陸に導入したらどうだろうかと、そんな提案が2005年に北米の研究者たちによりなされました。メガファウナの代替種の導入については以前からあるアイデアで、再野生化(rewilding / re-wilding)と呼ばれています。また、 2005年の提案は特に北米大陸の再野生化(Re-wilding North America や Pleistocene Rewilding)とも呼ばれています。


北米大陸の再野生化計画の主なポイントは以下のようになっています。

  • アフリカやアジアのメガファウナは多くの絶滅危惧種を含み、これを北米大陸に移して保全する(途上国よりも保全しやすい)。最初のステップとして、飼育環境下での個体群を使って野生化させれば予算はそれほどかからない。
  • メガファウナの絶滅によって失われてしまった生態的、進化的なポテンシャルを回復させる。特に、複数の栄養段階(植食、捕食)にわたる種群を導入する。
  • メガファウナの絶滅は我々ヒトの祖先が引き起こしたと考えられるためそれを償いたい。



絶滅を逃れたアメリカバイソン(by Jack Dykinga


もちろんこの提案は外来種を導入することと同義なわけですから、多くの批判を集めました。


主な批判は以下のようにまとめられます。

  • 再野生化によって人との利害衝突が生じうる。肉食獣による家畜や人的被害など。
  • 別地域の種を導入することで新たな寄生虫や病原菌をも持ち込んでしまう危険性がある。
  • 現在生息する生物種と、新たに導入した種との間で新しい種間相互作用を生み出す。
  • 絶滅したメガファウナの生態系機能を正確に知ることは難しく、代替種の導入によって予想しない生態系への影響が生じるかもしれない。
  • 飼育個体群より野生個体群の方が定着しやすいので、結局野生個体群をアフリカやアジアから導入することになるだろう。
  • 保全にかかわる全予算が限られているなら、北米での再野生化が実行されることで他の局所的な保全計画と競合するかもしれない。


 批判はいちいちもっともです。そもそも別大陸から大型獣を導入しようという発想自体、ステレオタイプな見方をすれば、いかにもアメリカ人らしいといえるかもしれません。


 ただ、メガファウナに限らず、絶滅種の代わりとなる種を導入しようという考え方*2は、島嶼部を含めてさまざまな地域に適用できるものです。具体的には、北米大陸南米大陸、シベリアなどの大陸環境に加えて、ニュージーランドマダガスカルモーリシャスロード・ハウ島などについて代替種の導入が提案されてきました。


 次回に続く。


文献
Donlan J et al. (2005) Re-wilding North America. Nature 436: 913-914.北米大陸再野生化の提案


Donlan J et al. (2006) Pleistocene rewilding: an optimistic agenda for twenty-first century conservation. American Naturalist 168: 660-681. 北米大陸再野生化について22ページにわたって紹介(大陸間でのメガファウナの体重頻度分布や、北米で絶滅した種とその代替種の検討なども詳述)


Chapron G (2005) Re-wilding: introductions could reduce biodiversity. Nature 437: 318. Donlan et al. (2005)に対するコメント


Smith CI (2005) Re-wilding: introductions could reduce biodiversity. Nature 437:318. Donlan et al. (2005)に対する批判コメント


Shay S (2005) Re-wilding: don't overlook humans living on the plains. Nature 437: 476. Donlan et al. (2005)に対する批判コメント


Dinerstein E, Irvin WR (2005) Re-wilding: no need for exotics as natives return. Nature 437: 476. Donlan et al. (2005)に対するコメント


Schlaepfer MA (2005) Re-wilding: a bold plan that needs native megafauna. Nature 437: 951 Donlan et al. (2005)に対するコメント


Rubenstein DR et al. (2006) Pleistocene Park: Does re-wilding North America represent sound conservation for the 21st century? Biological Conservation 132:232-238. 再野生化に対する批判的なレビュー


Cao T (2007) The Pleistocene re-wilding gambit. Trends in Ecology and Evolution 22: 281-283.


参考サイト

日経サイエンス記事
究極の野生動物保護? 更新世パーク構想

*1:哺乳類で1000kg以上、時に44kg以上と、メガファウナの定義は場合によって使い分けられているようです。

*2:絶滅種と同じ生態的機能をもつ代替種を使って生態系を回復する試みはまた、taxon substitution とも呼ばれています。