島にゾウガメを放そう!? 島嶼生態系への代替種導入(taxon substitution)

 北米大陸での再野生化計画に関して極めて否定的な見解が多いことを紹介しました。


 メガファウナに限らず絶滅種の代替種を導入しようという考え方(taxon substitution)は、島を含めてさまざまな地域に適用できるものです。


 島環境では生態系に強い影響を与えていた在来種(キーストーン種 keystone species やエコシステムエンジニアecosystem engineer)の絶滅によって、他の在来種までもが連鎖的に絶滅の危機に陥っている場合があります。


 リクガメ類は、南極大陸オーストラリア大陸をのぞくすべての大陸と多くの島に分布しています。しかし、更新世から完新世の間に、少なくとも36種が絶滅してしまったと言われています。現存する種が32種ですから、半分以上の種がこの1万年くらいの間に絶滅したことになります。リクガメ類の中には、体長1m以上にもなる大型種(いわゆるゾウガメ)が知られています。現存するのは、ガラパゴス諸島ガラパゴスゾウガメ類と、セーシェルのアルダブラ環礁に生息するアルダブラゾウガメだけです。しかし、このようなリクガメの大型種はかつてマダガスカルやセレベス島、そして琉球列島*1にさえにも分布していたと言われています。大型リクガメは捕獲しやすく、また水やエサを長期間与えなくても生存できるので、人の食料によって長く利用されてきました。おそらく更新世以降の人の入植によって多くの大型リクガメが絶滅してしまったと言われています。



アルダブラゾウガメ(Author: Chuckupd wikipediaより)


 島嶼部のリクガメ類の多くは植食性または雑食性で、植物の葉や果実などを主に食べています。島嶼部ではしばしば大型の草食獣が元来分布していないため、リクガメ類が重要な植食者として長く在来植物を食べ続けていたと考えられています。また、同様に果実を食べることで植物の種子散布も行っていた可能性もあります。実際、近年の研究によって、在来植物がリクガメ類に対する採食圧に対する抵抗性を持っていたり、またリクガメ類が植物の種子散布を担っている事例が明らかになりつつあります。


 このように島嶼生態系に重要な影響を与えていたリクガメ類を人為的に導入し、生態系の回復を目指そうという提案がなされています。例えば、マスカリン諸島(モーリシャス、レユニオンなど)やセイシェル諸島では、かつて多くの島にゾウガメ類が分布していましたが、アルダブラ環礁を除いてすべて絶滅してしまいました。また、ガラパゴス諸島でもいくつかの島から合計5種を失っています。このような島々に本来は分布していなかった近縁種を代替種として導入し、かつてあった生態系を復元しようという試みです。
 

リクガメ類が導入する代替種として優れている点は以下のようにまとめられています。

  • リクガメの増殖率は高く人工的にも容易に増やすことができる。外来動物の影響下でさえも孵化後から生存率は高い。
  • リクガメはフェンスなどの囲い込みが容易で、密度管理を行いやすい。
  • かつてリクガメが生息していた地域の在来植物には、リクガメの採食圧に対する耐性があるため、リクガメは外来植物をより好んで食べその繁茂を防ぐ。
  • 一般に爬虫類に感染する病気は種特異性が高いため、リクガメの病気などが在来生物相に与える影響は小さい。
  • これまでの事例から、導入したリクガメが侵略的になることはほとんどない。


 もちろん導入前に考えておくべき問題点もあります。

  • リクガメ類は病気の流行によって個体群が影響を受けやすいため、導入にあたって病気の検査を綿密に行う必要がある。
  • リクガメ類は外来植物の果実なども食べて種子散布を行い、外来種の分布を拡大する場合もある。
  • 導入には大型個体を使った方が有効だが、人工飼育下で大型サイズにまで育てる時間が必要。
  • IUCN(国際保護連合)は絶滅種と最近縁の現存種の導入をアドバイスしているが*、その近縁種が絶滅種と同じ生態系機能を持っていたとは限らない(熱帯林に生息する現存種が乾燥地に生息していた絶滅種と最も近縁な場合など)。


 島嶼生態系を回復させる目的でゾウガメを導入しようという提案について、現在実験的な試みが行われているようです。ガラパゴス諸島では以前から、絶滅危惧種保全するために本来生息していなかった島に導入する試みがなされてきました*。最近では外来種であるヤギを駆除した後に外来種の繁茂を抑える目的でゾウガメを導入するという試みもなされているようです。また、マスカリン諸島(モーリシャスなど)でも、生態系回復を目的としたアルダブラゾウガメの導入計画がすでに実行に移されているようです。


 本来分布しない「外来」種を導入することにはさまざまな議論があるので、今後この提案がどういった批判を受けるのか、注視していく必要があるでしょう(下の文献にも記したように論文出版自体は最近)。管理が容易なカメからはじめてみようという慎重な態度は評価できます。が、成功してもしなくても、この考えが一般化され、広く外来種の導入自体を積極的に奨めようという原動力になるのを個人的には恐れています。


文献
Hansen DM et al. (2010) Ecological history and latent conservation potential: large and giant tortoises as a model for taxon substitutions. Ecography 33:272-284.


Griffiths CJ et al. (2010) The use of extant non-indigenous tortoises as a restoration tool to replace extinct ecosystem engineers. Restoration Ecology 18:1-7.


参考サイト
Galapagos: Giant endangered tortoises released on Pinta Island

*生態系を回復させるために代替種を導入するという方法(taxon substitution)自体、IUCN(国際保護連合)の再導入に関する現行ガイドラインの範囲からはズレているようです。つまりIUCNのガイドラインでは、その基準が保全対象となる絶滅危惧種の亜種レベル以下の再導入(reintroduction)に限定されているというわけです。


生態系回復を目的とした代替種の導入は、対象が別種であることもあるし、必ずしも保全対象となっている絶滅危惧種とは限りません。もし代替種導入が一般化されるべきなら、IUCNのガイドラインも修正されるべきだと Hansen et al. (2010) は提案しているわけです。

*1:オオヤマリクガメ Manouria oyamai