ハワイトラカミキリの進化

 ハワイ諸島では、ただ1種の祖先から多くの種に分化してきた動植物がいくつも知られています。キキョウ科のロベリア類(126種)、カタツムリのハワイマイマイ(100種)、ハワイショウジョウバエ(800種以上)、カザリバガ(350種以上)、ハワイメンハナバチ(60種)などがあります。


 カミキリムシはその色・形の多様性が高いため、甲虫の中でも最も人気のあるグループです*1。ハワイにもカミキリムシ類が分布するのですが、ちょっとかわった種構成と生態をもっています。ハワイ諸島には、外来種をのぞけば、わずか3属しか分布しません。そのうち2属は、ハワイ以外にも広く分布する属です*2。


そしてもう1属がハワイトラカミキリ属(Plagithmysus)と呼ばれるハワイ固有の属です。この属だけでなんと130種も知られています。最も近縁なのは、北中米大陸に多くの種を有する Neoclytus という属だと考えられています。つまり、ハワイトラカミキリ類の祖先種がアメリカ大陸からやってきて、1種から130種へと分化したと推定されています。


 「トラカミキリ」というと、まさに「虎」のような斑紋があるからそのような名前がつけられているのですが、ハワイトラカミキリは典型的な虎模様をもつものはほとんどありません。



小笠原諸島に固有のトラカミキリ(いわゆる“虎”模様)


 ハワイトラカミキリ類の特徴は、(1)その色彩と形態の多様性が高いこと、(2)96%の種が特定の島にのみ知られる固有種であること(Single Island Endemic:参考)、そして(3)93.5%の種が特定の属の寄主(木本)植物を利用することです。



ハワイトラカミキリ類(腹部が小型化し相対的に脚が長くみえる種がいたり、色彩は隠蔽色から色彩豊かな種まで種間・種内変異が大きい)


各島の種数(島の地図と歴史についてはこちらを参照


ニイハウ島:1種
カウアイ島:19種
オアフ島:20種
マウイ・ヌイ:50種
    モロカイ島:9種
    ラナイ島:3種
    マウイ島:40種
ワイ島:44種


 通常カミキリムシの多くの種は、枯死木や衰弱木に産卵し、幼虫はその材を食べて成長します*3。多くの樹木では、害虫や病原菌に教われないように防御物質を持っているのですが、枯れて死んでしまうとその防御の多くは失われてしまいます。したがって、枯れ木を利用するようなカミキリムシは、特定の樹種を選ばずに枯れ木であれば何でも利用します。例えば、小笠原諸島で26種のカミキリムシの寄主植物を調べたところ、80%の種は複数の属にまたがる樹種を利用していました。これらの種の幼虫は枯死木や衰弱木を食べるので、固有樹種だけでなく、外来種の樹木も積極的に食べていました。


一方、ハワイトラカミキリ類のほとんどの種が特定の属の木本植物しか利用していません。しかも、ハワイトラカミキリ類全体では、実に27科37属におよぶ在来樹種を利用しています。中でも、マメ科アカシア属(例えばコア)、ミカン科ペレア属、フトモモ科フトモモ属(例えばハワイフトモモ)、ユリ科サルトリイバラ属、イラクサ科ヌマノオ属、アカザ科アカザ属、トウダイグサ科トウダイグサ属、モチノキ科モチノキ属などで多くの種が記録されています。ごく一部の種だけが複数の属にまたがる木本植物を利用しているだけです。また、多くの種は外来の樹種を利用することはなく、一部の外来種(タバコ、外来のアカシア類)が利用されているにすぎません。


ハワイトラカミキリ属と共通祖先種をもつと考えられる北米の Neoclytus では、多くの種が枯死木を食べ、複数の属にまたがる木本植物を利用することが知られています。つまり、ハワイトラカミキリの祖先種はアメリカ大陸から枯死木と一緒に流されてきて定着・分化し、寄主植物特異性はハワイで獲得された可能性があります。


 ハワイトラカミキリ類のうち約90%の種の寄主植物が判明しているほどよく調べられているグループですが、まだ分子系統学的な研究は行われていません。まとまった研究として、ハムシ上科の権威であったグレシット博士(J. Linsley Gressitt)による1978年の論文がありますが、分子やアロザイムなどのデータは皆無です。一つに、現在個々の種を採集するのがとても難しいというのがあるでしょう。例えば、ハワイトラカミキリ類はほとんど花などに集まったりしないようですし、成虫は野外でめったに観察されません(私自身もまだ見ていませんし、寄主植物に関する研究は数十年も前の記録です)。過去にも数頭しか記録のない種もいるようですし、他の固有生物と同様に絶滅の危機にある種が多いのかもしれません。


分子データを用いれば、(1)祖先は1種なのか、(2)北・中米の Neoclytus に由来するのか、(3)ハワイへの侵入年代はいつ頃か、(4)島間の分散パターンはどうなのか(Progression Rule に従うか)、(5)寄主転換をともなう種分化が起こったのか、などを検証することができるでしょう。


文献
Gressitt JL (1978) Evolution of the endemic Hawaiian cerambycid beetles. Pacific Insects 18(3-4):137-167. (PDF)


Nishida GM (2002) Hawaiian Terrestrial Arthropod Checklist. Forth Edition. Bishop Museum Technical Report No.22 (Database)


Sugiura S et al. (2008) Biological invasion into the nested assemblage of tree–beetle associations on the oceanic Ogasawara Islands. Biological Invasions 10: 1061-1071.


 上述したように多くのカミキリムシ類は枯死木内で成長するので、海流に材木とともに流されて孤島にも分散することができます。実際、多くの海洋島から固有のカミキリムシ相が知られています。小笠原(固有32種)、ガラパゴス(固有5種)、モーリシャス(固有22種)、カナリア諸島(固有15種)など。やはりハワイの固有種数が圧倒的ですが。



*1 幼少から憧れていたカミキリムシは、一般にはかなり採集が難しい。したがって、好きではあったものの子供の頃は普通種以外はほとんど採集することはかないませんでした。その後、研究者としてカミキリムシの専門家と一緒に調査をしてみて、その採集テクニックや知識がいかに重要かを実感しました。ただ目で見て探すというだけでは、その生態の一旦を垣間見ることさえできません。ライトトラップ、誘引トラップ、マレーズトラップ、枝つり下げトラップ、叩き網、スウィーピング、材採集などなど多様な採集法によってはじめて、カミキリムシ群集全体のデータをとることができるのです。小笠原でのカミキリムシ調査の経験をもとに論文を書いて、幼少以来の気持ちを満たすことができました。


*2 ニセクワガタカミキリ属(Parandra)は南西諸島や台湾に固有種が分布しています。ウスバカミキリ属(Megopis)は日本にも広く分布するウスバカミキリという種がいて、小笠原産亜種(オガサワラウスバカミキリ)や南西諸島にも固有亜種が分布しています。ハワイではこれらの属に1種ずつ、ハワイニセクワガタカミキリとハワイウスバカミキリが分布しているというわけです。もちろんこれらの種の幼虫は枯死木を食べているようで、寄主植物特異性はありません。ちなみにハワイウスバカミキリはハワイ産在来種の中で最大(重量)の昆虫でしょう。



ハワイに固有のカミキリムシ類(左:ハワイニセクワガタカミキリ、右:ハワイウスバカミキリ)


*3 しばしば害虫となるカミキリムシ類には、衰弱部位から侵入し生木に影響を与えるタイプと、生木に直接産卵し食べるタイプがいます。


 今年もよろしくお願いします。