Double-Blind Review:論文執筆者を匿名にすると・・・

 2日、3日は土日だったので、4日から仕事始めと言う感じです。ここ最近気温が高めで長袖から半袖に戻りました。


 先月問い合わせしていた論文に関してもようやく返事がありました。最初に推測した通り、同じ雑誌に投稿された複数の原稿を抱えている査読者が、コメントの投稿を間違えた可能性が高いそうです。査読は振り出しに戻ったわけですが、結局この査読者の名前は判明してしまいました。


 ところで、ちょっと前に「Double-Blind Review(二重盲査読)」システムを採用している雑誌の査読にかかわる機会がありました*1。最近話題になっていたようなので「Double-Blind Review」についてまとめてみました。


 一般に、投稿された論文は雑誌編集者によって査読者に送られます(参考:査読という仕事)。その時、査読者は通常匿名でその原稿に対する批評を行います。このコメントに基づいて編集者(匿名でない場合が多い)がその論文を受理するか却下するかを判定します。このように、論文著者が査読者が誰かを知らされず査読者は論文著者を知っている査読システムを「Single-Blind Review」と呼びます。これに対し、著者が査読者を知らされないだけでなく査読者も論文著者の名前を知らされない査読システムを「Double-Blind Review」と呼びます。要するに、「Double-Blind Review」システム下では、編集者以外は著者が査読者の名前を知ることもないし、査読者が著者を名前を知ることもないということです。


 生態学や進化学などの分野では(その他の多くの科学分野でも)、「Single-Blind Review」システムをとっている雑誌が大半です。ところが、「Double-Blind Review」システムに変更すると女性著者による論文が増加するという分析結果が2008年に発表されました。


 行動生態学の専門誌である Behavioral Ecology 誌は2001年に「Single-Blind Review」から「Double-Blind Review」へと査読システムを変更した。そこで、2001年前後4年間(1997-2000年と2002-2005年)に出版された論文を使って第一著者の性別を分析した。


結果、2001年より前の4年間より以後の4年間の方が全体の論文数(男女とも)は増加していたが、その増加の割合は女性第一著者の方が男性第一著者よりも有意に大きかった。つまり、女性第一著者の論文数全体を占める割合が7.9%増加し、逆に男性第一著者の割合が同程度減少した(著者性別不明が若干数あり)。


さらに、類似分野の雑誌で常に「Single-Blind Review」システムをとっている4誌(Behavioral Ecology and Sociobiology、Animal Behavior、Journal of Biogeography、Landscape Ecology)と、オプションとして「Double-Blind Review」を選択できるBiological Conservation誌において、1997-2000年(4年間)と2002-2005年(4年間)の傾向を調べた。


結果、Biological Conservation以外の4誌では、女性第一著者が占める割合に有意な増加は確認されなかった。これは「Double-Blind Review」システムによって女性研究者による論文を増やす効果があることを示している。


文献
Budden AE et al. (2008) Double-blind review favours increased representation of female authors. Trends in Ecology and Evolution 23(1):4-6.


 これは暗に「Single-Blind Review」システム下では女性差別が内在していたということでしょうか?もしこれが事実なら、ちょっと問題になりそうです。しかし、上記の解析では出版された論文数とその割合だけで判断しているので、実際の査読者(または編集者)による判定(受理または却下率)に与える影響は検討されていません。


ともかくも上記の論文でとりあげられた雑誌の編集長たちは何らかのコメントを出さざるをえないでしょう。実際、上記の分析結果に対して、Journal of Biogeography誌、Biological Conservation誌の各編集長は自身の雑誌の投稿履歴を解析して、著者の性別が受理率(または却下率)に影響を与えているという証拠は得られなかったと公表しました。また、Animal Behavior誌のフォーラムでも、「Double-Blind Review」システムが女性の著者を増やしているという証拠はないという再解析結果が掲載されています。


 その他の雑誌でも同様の調査が行われ、例えば Journal of Neurophysiology 誌でも性別が受理率に影響を与えているということはなかったそうです。


文献
Engqvist L, Frommen JG (2008) Double-blind peer review and gender publication bias. Animal Behaviour 76: e1-e2.


Whittaker RJ (2008) Journal review and gender equality: a critical comment on Budden et al. Trends in Ecology and Evolution 23(9): 478-479.


Primack RB et al. (2009) Do gender, nationality, or academic age affect review decisions? An analysis of submissions to the journal Biological Conservation. Biological Conservation 142: 2415-2418.


Lane JA, Linden DJ (2009) Is there gender bias in the peer review process at Journal of Neurophysiology? Journal of Neurophysiology 101: 2195-2196.


 我々非英語圏の研究者は、性別よりも語学に関連する問題の方が、受理率に影響を及ぼしているのは確かでしょう。つまり、論文の掲載をめぐっては性別以外にも複数の要因が関連している可能性が高いといえるでしょう。ちなみに、以前紹介した引用数についても、特に性別が及ぼす影響は検出されませんでした(参考:著者数の多い論文ほど引用されやすい?)。


 とはいえ、個人的には「Double-Blind Review」は今後の査読システムとしてどんどん採用したらいいのではないかと思っています。問題点として、事務的な仕事の増加と、容易に著者が判明しやすいということがあるそうです。ただ、著名な研究者なら判明しやすいかもしれませんが、著名でない研究者が著名な研究者と間違えられる可能性も増えるので、結局判別が困難なのではないでしょうか。つまり、駆け出しの研究者にとっては「Double-Blind Review」は得することがあっても損することはないような気がします。


ただ、物理学・数学分野でのアーカイブarXive)のように、生物学分野での Nature Precedings といったプレプリント・サーバー(投稿、受理または出版される前に論文原稿を公開してしまうオンライン・データベース)が主流になってしまうと、意義はなくなってしまうかもしれません*2

*1:上記のいずれの雑誌でもありません。

*2:今のところ生物学では一般的ではないようです。