ハワイの珍奇なる虫たち(8)樹上に進出したヨコエビ

 先日夜間に調査する機会がありました。場所は、オアフ島の標高700mくらいの尾根部で、おもにオヒア(ハワイフトモモ)の低木林で構成される原生植生です。


 懐中電灯でオヒアなどの樹冠部を照らして観察していると、ピョンピョンと跳ねる1cmも満たない「むし」の姿を頻繁に目にします。よくよく見ると、なんと「ヨコエビ」です!



夜間に葉上で活動するヨコエビ


 ヨコエビは端脚類(ヨコエビ目:Amphipoda)と呼ばれる甲殻類の仲間です。甲殻類というのは、節足動物のなかのダンゴムシカニ、エビなどのグループを含みます(しかしヨコエビはいわゆるエビの仲間ではありません)。最もよくヨコエビを見かけるのは、砂浜でしょう。打ち上げられた海藻をひっくりかえすとたくさんのヨコエビがピンピンと跳ねています。英語では「サンド・ホッパー(Sand hopper)」と呼ばれているようです。その他にも、川や湖沼、海岸、深海、地下水といったおもに「水」に近い場所にさまざまな種類が知られています。また、一部の種では陸上にも進出し、森林の湿った林床のリター層に見られ、日本ではオカトビムシPlatorchestia humicola)という種が知られています(昆虫類のトビムシは別のグループでちょっとややこしいので陸生のヨコエビと呼んでおきます。ちなみに陸生のヨコエビはランド・ホッパー Land hopper と呼ばれています)。ヨコエビ類は一般には、植物遺体(海藻、落葉など)を食べていると考えられています。


 林床でリターをめくるとヨコエビがいるのは、本州でも小笠原でもよく目にすることですが、樹上のしかも葉上で見かけたことはこれまでありませんでした。昼間には葉上にはいなかったので、夜間に木に登って活動しているようです。しかし、葉をめくったりして調べてみると、イエイエ(Freycinetia arborea)*1と呼ばれるハワイ固有の植物の葉腋(葉のつけ根の茎に面した部位)には昼間でも見つけることができました。しかも頻繁に見つかります。



イエイエの葉腋に頻繁に見られるヨコエビ


 林床にもヨコエビ類は普通に見られるので、ハワイではいたるところにヨコエビがいるということになります。これはおもしろい!と研究室に戻りさっそく文献を調べてみました。やはりすでに論文が発表されていました。


 オアフ島の標高300から700mの地域において、ヨコエビ群集を地表と樹上部での定量的な採集と、ピットフォールトラップによって調査した。その結果、個体数が比較的多かった4種の標高にそった分布と生息場所が明らかになった。

  1. Talitroides topitotum外来種):標高300-800mの地表リター層には豊富に見つかった。
  2. Hawaiorchestia gagnei(固有種):標高320-800mまで地表リター層および着生コケや植物の葉腋からも見つかった。
  3. Platorchestia lanipo(固有種):標高440m以下では見つからず、地表リター層および着生コケや植物の葉腋からも見つかった。
  4. Platorchestia pickerinoi(固有種):標高550-800m地域のイエイエの葉腋から特に多く見つかった*2。


 つまり、外来種はもっぱら地表部のリター層から見つかるのに対し、ハワイ産固有種はいずれも地表ばかりでなく樹上部でも生活していることがわかった。しかも、P. pickerioni は、イエイエの葉腋部に特殊化して生息している可能性が高い。


Richardson AMM (1992) Altitudinal distribution of native and alien landhoppers (Amphipoda: Taltridae) in the Ko'olau Range, O'ahu, Hawaii Islands. Journal of Natural History 26: 339-352.


 ハワイでのヨコエビ類の樹上への進出がなぜおこったのかを考えることはとても楽しいことです。論文では、(競合する)外来種によって樹上部へとシフトした可能性、ハワイ以外のヨコエビ類の生態がよくわかっていないのでハワイだけの現象ではない可能性なども議論されています。


今回観察した場所は雲霧林で常に湿度が高く、樹幹にはコケなど着生植物が多いので、樹上といえどもヨコエビ類には快適な環境なのかもしれません。ハワイに限らず熱帯域の雲霧林を丁寧に探せば樹上性のヨコエビ類が見つかる可能性はあります。また、夜間に活動するカエルなどの強力な捕食者がハワイには元々いないことも関係しているかもしれません。



オアフ島の雲霧林のようす


 屋久島の近くにある黒島では、陸生のヨコエビ(ニホンオカトビムシ)が豊富に林床に見られ、地表に花をつけるハランの送粉(花粉媒介)を行っているという驚くべき報告があります。


文献
Kato M (1995) The aspidistra and the amphipod. Nature 377: 293.


 このように、島環境でヨコエビ類が樹上に進出することで、さらなる新たな種間相互作用が生まれているかもしれません。


*1 イエイエとは、沖縄のツルアダンや小笠原のツルダコ(タコヅル)で知られる Freycinetia 属のハワイ固有種です。小笠原のツルダコの葉腋を熱心に調べたことがありますが、こんなにたくさんのヨコエビを見た記憶はありません。また、イエイエはハワイの在来生態系にとって重要な役割を果たす植物で、また後日関連する話題を紹介したいと思っています。

 
*2 Platorchestia pickerinoiは、いわゆるオカトビムシと同じ属に所属していましたが、Hawaiian Terrestrial Arthropod Checklist(2002)ではFloresorchestia pickerinoiと別属になっています。なお、同リストでは、ハワイ諸島にはヨコエビ類が合計16種が記録されており、このうち外来種が4種、固有種が11種、非固有在来種が1種が知られています。固有種の中には洞窟性の種もいるようです。