いわゆる古典的生物(的)防除(Classical Biocontrol)とは、農作物にとって害となる外来生物対して、その原産地から天敵を導入することでした。しかし、防除のために持ち込まれた外来の天敵が、標的となる生物以外の在来生物を攻撃するという問題点が繰り返し指摘されてきました(参考:生物的防除が落とした影 1、2、3、4、5)。また理由はどうあれ、そもそも外来種を導入すること自体がよくないことであるという考え方も近年増えてきました。
しかし一方で、どのように外来種から絶滅危惧種を保全するかは重要な問題です。絶滅危惧種や在来種を保全する手段として、矛盾するようですが、外来種を駆除するためにその天敵を原産地から導入するという試みがなされています。この矛盾はもちろん、外来種は原則持ち込むべからずという姿勢の研究者ばかりではなく、安全性を確認すれば持ち込んでも構わないという考え方の研究者もいるからです(参考:生物的防除が落とした影4. ハワイでの是非をめぐって)
2005年のサイエンス誌において、近年急速に太平洋の熱帯・亜熱帯地域に広がっているデイゴヒメコバチがハワイにも侵入し、固有植物の危機となっていることが報告されました。
デイゴヒメコバチ(Quadrastichus erythrinae)というのは、体長2mmにも満たない小型のハチの仲間です。このハチが属するヒメコバチ科では、多くの種が他の昆虫に寄生する習性をもつのですが、この種はデイゴ類(Erythrina spp.)の芽や葉に虫えいをつくってその組織を食べるという興味深い生態をもっています。
現在では、ハワイ、沖縄、台湾、中国、東南アジアなどに広く分布していますが、原産地はアフリカにあると考えられています。しかし、太平洋の島々にどのように広がったのかはよくわかっていません。中国、沖縄、台湾、グアム、シンガポール、そしてハワイの個体群の遺伝構造を調査した結果、驚くべきことに遺伝的変異は皆無だったようです(ただし、調査個体数は多くない)*1。ビン首効果(ボトルネック)どころか、遺伝的な多様性が全くなく侵略性を発揮しているということになります。
デイゴは沖縄や小笠原にも古くから植栽されている街路樹で、芽吹く前につける赤い花が沖縄の春を象徴しています。デイゴヒメコバチは、このデイゴ類の芽や葉に高密度に虫えいを形成し、しばしば芽吹きを妨げ、ついには枯死させてしまうこともあります。日本ではデイゴは在来種ではないのでそれほど大きな問題にはなっていないかもしれませんが、ハワイには固有のハワイデイゴ(Erythrina sandwicensis )が分布しているため、防除の必要性が高いのです(ハワイには固有種と外来種のデイゴの両方がみられる)。
防除手段としては、とにかく外来種のデイゴ類は切り倒し、その葉や芽は焼き払うことが行われました。私が2006年にハワイに訪れた時は大学構内にも街路樹のデイゴとデイゴヒメコバチによる虫えいもたくさん観察されましたが、2008年に来たときにはすべて切り倒されていました。
街路樹のデイゴ(芽吹きが妨げられている)
街中ならともかく、外来種のデイゴは山にも侵入しているのですべてを切り倒すことはできません。そこで次なる手段として、デイゴヒメコバチの天敵を原産地から連れてきて放飼するということが計画されました。
東アフリカのケニアやタンザニアにおける調査の結果、デイゴヒメコバチの天敵として2種の寄生蜂が候補として選ばれました。カタビロコバチ科の一種(Eurytoma erythrinae)*2とヒメコバチ科の一種(Aprostocetus nitens)*3です。
まず、実験室内で、生育期間や成虫寿命、摂食様式、他の虫えい形成者に対する影響などが調査されました。デイゴ類以外の植物へ誘引されないこと、そしてデイゴ以外に形成される虫えいには寄生しないことが確認され、2008年11月に野外で最初の放飼(Release)が行われたというわけです。予備的な結果では、天敵が高密度な状態では、デイゴヒメコバチのすべての生育ステージに影響し、放飼した場所ではデイゴの状態がやや改善したそうです。いずれにせよ、この生物防除が成功したか否かの判断にはもう少し時間が必要でしょう。
参考文献&資料
Kim I-K et al. (2004) A new species of Quadrastichus (Hymenoptera: Eulophidae): a gall-inducing pest on Erythrina (Fabaceae). Journal of Hymenoptera Research 13(2): 243-249.(PDF)
Gramling C (2005) Hawaii's coral trees feel the sting of foreign wasps. Science 310: 1759-1760.
Gates M, Delvare G (2008) A new species of Eurytoma (Hymenoptera: Eurytomidae) attacking Quadrastichus spp. (Hymenoptera: Eulophidae) galling Erythrina spp. (Fabaceae), with a summary of African Eurytoma biology and species checklist. Zootaxa 1751:1-24. (PDF)
La Salle J et al. (2009) A new parasitoid of the Erythrina Gall Wasp, Quadrastichus erythrinae Kim (Hymenoptera: Eulophidae). Zootaxa 2083: 19-26. (PDF)
ハワイでのデイゴヒメコバチ防除プロジェクトの資料
スライド資料(PDF)
長期的にみて導入天敵が(在来の)寄主にも影響を与える可能性(例えば、寄生蜂の寄主転換)、そして成功率の低さを考えれば、(古典的)生物的防除というのは本当に効果的な手法といえるのでしょうか。
科学者や研究者の中には、何らかの科学的手法を使って人の役に立つことを、重要な社会的貢献と考えている人は比較的多いでしょう。また、「〇〇の手法の開発」や「〇〇の手法の応用」といった研究計画が一般的には研究費がつきやすいものです(あたりまえですが研究費がなければ研究はできない)。
しかし、科学技術にはなんらかのリスクがつねにあります。このリスクを見積もり査定するという仕事も重要な役割です。近年、このリスク管理を含めた多様な科学研究のあり方が求められていると思います。