生物的防除が落とした影(5)スペシャリストを用いても危険?

 今日は研究室のミーティングで論文紹介をすることになったので、最近勉強中の生物(的)防除のリクスに関する論文を紹介してみました。


 これまでの事例から、いろいろな種の天敵となるようなジェネラリストを生物防除目的に導入してしまうと、本来ターゲットではない在来種に深刻な影響を与えることが知られています(参考:生物防除の落とした影 123)。つまり、生物防除を行う時、ターゲット種のみを襲うスペシャリストであればその安全性は高いと一般的には考えられてきました。


しかし、そういったスペシャリストを導入しても、種間の間接効果を通して、在来の生物多様性を減少させる場合もあることが近年明らかになりつつあります。


 南アフリカ原産のキク科の一種(Chrysanthemoides monilifera ssp. rotundata)は極めて侵略的な種で、オーストラリアの東海岸においては在来生物の多様性に脅威となっている。1996年、その害草の種子のみを食べる植食性昆虫(ミバエ科の一種 Mesoclanis polana)を天敵として導入した。ミバエは簡単に定着し分布は急速に広がったが、種子の食害率は低く寄主植物の個体群を減らすほどの効果はなかった(生物防除には失敗)。一方、1998年には、このミバエを襲う寄生蜂による寄生率が高いレベルに至るようになった。


 植食性昆虫の種間が天敵を介して間接的な影響を及ぼすことを「みかけの競争 Apparent competition」と呼んでいるが、この間接効果によって導入ミバエが在来種に影響を与えているかもしれない。


この仮説を検討するために、ニューサウスウェールズにおいて17地点の調査地を設定し、Chrysanthemoides moniliferaとその他植物の種子を採集し、その種子食昆虫と寄生する寄生蜂を定量的に調査した。


 結果、60種の植物から、73種の種子食昆虫が、そしてその天敵として捕食性タマバエ1種と寄生蜂42種が記録された。捕食性タマバエの1種が導入ミバエの最も重要な天敵だった。また、導入ミバエには少なくとも8種の寄生蜂が寄生しており、そのうち優占4種がもっぱら導入ミバエを、3種は他の種子食性昆虫にも寄生していた。つまり、導入ミバエと他の種子食性昆虫との間には、天敵として1種の捕食性タマバエと3種の寄生蜂を共有していた。


導入ミバエの個体数が多い調査地では、個体数が少ない調査地に比べて双翅目種子食者と寄生蜂の個体数および種数が少ない傾向があった。つまり、導入ミバエの個体数の増加が、その天敵の捕食性タマバエや寄生蜂の個体数を増やし、同所的に生息する他の種子食性昆虫に負の影響を与えている可能性があった。また、在来の種子食性昆虫の減少によって、これらに寄生する寄生蜂の種数や個体数も減少したのかもしれない。


 生物防除には失敗したものの個体数が増えてしまった導入種が、間接的に在来種の多様性を減少させているのかもしれない。


文献
Carvalheiro LG et al. (2008) Apparent competition can compromise the safety of highly specific biocontrol agents. Ecology Letters 11:690-700.


 生物防除目的の導入種と在来種に共通する天敵を介して、「みかけの競争」がおこり、在来種に負の影響がおこっているのを検出した研究です。しかも、生物防除の効果はないのに在来多様性を減少させる可能性があるという点ではこれも大きな失敗例の一つでしょう。


 ただ少し疑問なのは、導入ミバエを襲う寄生蜂のうち個体数の多い4種が、他の在来の種子食者に寄生していなかったこと。著者らも、(他のハビタットに)寄主がいる可能性、個体数の多い導入種に完全に寄主転換した可能性、もしくは在来の寄主をすでに絶滅させて導入寄生蜂のみに見られるようになった可能性を議論しています。


 生物防除は確かに成功した時の効果は劇的ですが、その導入した種数に比べて成功例はあまりに少なすぎるというのがよく知られています。すべての外来種が在来種に負の影響を与えるというわけではありませんが、度重なる失敗は危険性を増加させるのは確かでしょう。


 生物防除は難しい、という印象をますます感じます。


 ちなみに、論文紹介では、「みかけの競争(Apparent competition)」についてわかりにくいイメージがあるようです。実際は競争じゃないのに競争と呼んでいるので、混乱しやすいのです(皆意味をしるためにインターネットで検索したらしい)。それに加え、論文内の解析が少し複雑だったのもわかりにくい要因だったのかも。ただ、ハワイには間接効果や生物防除のリスクについてはたくさんの事例があるので、各自具体例を出しながら納得していたみたいです。