ミツバチは重要な送粉者か?

 生態学・進化学の最新のトピックを扱うTrends in Ecology and Evolution、略してTREEという雑誌があります。新規なデータに基づく原著論文は含まれておらず、出版された論文紹介(Update)や、意見交換(Letter)、新規なアイデアや意見(Opinion)、そして研究の展望やフレームワークといった総説(Review)などのコーナーからなります。とにかく、生態学や進化学のトレンドを知るためにパラパラと読んでみるといった研究ファッション誌みたいな位置付けかもしれません。軽くとると「TREEの最新の記事読んだ?」というような研究者間のコミュニケーションとか、ちょっと悪くとれば「TREEに取り上げられているから最新のテーマ!」という権威付け?とかにも使われてしまうかもしれません。


良くも悪くも注目されやすい雑誌なわけですが、NatureとかScienceのように、注目されるゆえにちょっとした論争の場にもなりやすいわけです。以前に紹介した「気候変動に備えた人為的な生息地移動(managed relocation)の是非」でもTREE誌上で論争がありました。


こういった論争はLetterというコーナーで意見交換としておこなわれ、短い記事なので読みやすく、ゴシップ好きが注目してしまうところです。


 さて、前置きがちょっと長くなってしまったのですが、ちょっと以前から興味があった視点での議論があったので紹介したいと思います。


 今北米を中心に問題になっている「蜂群崩壊症候群」という現象について、未だ多くが納得するほどの原因がつきとめられたわけではないが、ウィルス、寄生性ダニ類、その他の微生物などが重要な要因である可能性が高い。これまで、さまざまな節足動物から、ヴォルバキアやリケッチアといった内部共生細菌による恒常的な感染が報告されており、これらの共生細菌が、寄生者から宿主を護っている可能性が示唆されてきた。つまり、ミツバチでもこういった内部共生細菌による寄生者に対する抵抗性を調べれば、「蜂群崩壊症候群」問題に対する解決の糸口になりうる。


Aebi A, Neumann P (2011) Endosymbionts and honey bee colony losses? Trends in Ecology and Evolution 26:494


つまり、ミツバチが本来体内に保持している内部共生細菌がどのようにこれら寄生性天敵に対して抵抗性を持っているかを調べる重要性を指摘しています。この記事では、アイデアを披露しているだけで、具体的なデータや証拠があるわけではありません。こうしてアイデアを出し、以後検証していこうという呼びかけに近いものといえるでしょう。


さて、この記事について、一番最初の文章にこうあります。


Honey bees, Apis mellifera, are essential pollinators for the maintenance of natural biodiversity and agriculture (Klein et al. 2007).
セイヨウミツバチは生物多様性および農業の維持には必要不可欠なポリネーター(送粉者)である。


Aebi A, Neumann P (2011) Endosymbionts and honey bee colony losses? Trends in Ecology and Evolution 26:494


 こういった文章は、イントロダクションと呼ばれ、テーマや扱うシステム・材料の重要性を一般に知ってもらうために最初に添える文章です。ここでは、蜂群崩壊症候群がいかに重要な問題であるかをいうにあたって、その対象となるセイヨウミツバチの重要性をアピールしているわけです。


 非常に珍しいことに、記事の主旨とはほとんど関係ない、イントロダクションにあたる最初のこの文章に反論意見がありました。


・セイヨウミツバチの生産や農産業のために蜂群崩壊症候群の原因調査の重要性は理解できるが、この最初の文章には疑問を持たざるをえない。ミツバチの重要性は古くから言われているが、証拠を欠いている。


・セイヨウミツバチは、通常思われているほど農業上重要なポリネーターではない。例えば、英国ではその他の野生ハナバチ類やハナアブ類、他の訪花昆虫類によって作物の送受粉はなされている。


・また、自然(植物)群落では、セイヨウミツバチは農地生態系よりも重要なポリネーターとはいえない。多くの地域ではセイヨウミツバチは在来種でもない。英国の事例ではポリネーターの個体数全体のわずか3.3%ほどを占めるだけだ(他のハナバチ類で22.1%、ハナアブ類で45.8%)。また、アイルランドでも同様にセイヨウミツバチはわずか2.1%にすぎない(他のハナバチ類で35.6%、ハナアブ類で53.6%)。


・家畜化したセイヨウミツバチはしばしば生物多様性の害にさえなりうる。蜂群崩壊症候群の問題が深刻な北米では、外来種として、セイヨウミツバチが多い場所では在来のハナバチ類の個体数が少ない。商業的に「セイヨウミツバチを保全しよう!」というキャンペーンは、生物多様性保全や他のポリネーターによる生態系サービスの点からも百害あって一利無し。


・ミツバチ研究者は、ミツバチ産業における問題と在来ポリネーターの保全を融合することで、ハナバチ生物学やポリネーションの研究者コミュニティー全体に害を及ぼしている。


Ollerton J et al. (2012) Overplaying the role of honey bees as pollinators: A comment on Aebi and Neumann (2011). Trends in Ecology and Evolution online published



花に群がるセイヨウミツバチ


 正直、揚げ足取りのようなコメントですが、生物多様性を維持する上でミツバチが「essential(必要不可欠な)」ポリネーターであるという言い方が良くなかったようです(著者が引用文献にあげている総説には、農作物生産におけるミツバチの重要性は記されているものの多様性維持までは論じていない)。一応、批判を受けた著者らも、ミツバチの重要性に関する論争は20年ほど前にもあった話で「Back to the future」とタイトルにもつけて再反論?を載せています。まあ、微妙に論点をずらしている気もしなくはないですが(お互い様?)、農地生態系でのミツバチの重要性を改めて力説しています。


文献
Aebi A et al. (2012) Back to the future: Apis versus non-Apis pollination. Trends in Ecology and Evolution, online published


 私自身の経験からしても、日本の生態系におけるミツバチ*1の重要性についてはそれほど高くないかもしれないという印象があります。もちろん、私自身農地生態系での経験より森林生態系での調査経験が多いからかもしれません。ミツバチに限らず他のハナバチなどの訪花性昆虫が多様で、ミツバチがいなくても十分に補償されているという印象です。とはいえ、やはり一般の人には、花に訪れる蜂=ミツバチというイメージで、ミツバチなくしては植物は受粉していないというイメージがあるのかもしれません。


 花を訪れる蜂について、一般の人がいかに誤解しているかを示す例をあげてみましょう。英語では、ミツバチをhoneybeeといいます。また、beeもミツバチと訳すことがあります。しかし、beeには、ミツバチ以外の花を訪れるハチ、つまりハナバチ類全体を指すこともあります。ハナバチ類には、ミツバチだけでなく、ムカシハナバチ類、コハナバチ類、ヒメハナバチ類、ハキリバチ類などなどたくさんのグループがあります。ちなみにマルハナバチもbeeの仲間ですが、bumblebeeという名前が、同様にクマバチもcarpenter beeという名前が与えられています。日本でも同様な混乱があって、例えば、『生態系サービスという挑戦 −市場を使って自然を守る−』という訳本の「10章:鳥、ミツバチ、そして生物多様性の危機」では、北米のハナバチ類による生態系サービス(送粉サービス)の話題が出てきます。そこでは、「ミツバチ」、「セイヨウミツバチ」、「在来ミツバチ」、「野生のミツバチ」、「野生ハキリバチ類」というさまざまな訳語が出てきますが、少なくとも「在来ミツバチ」は誤訳です。北米には在来のミツバチは分布しないので、これは「在来のハナバチ類」が正しい訳語となります。また、おそらく「野生のミツバチ」も野生のハナバチ類を指すと思われます。なぜか、「野生ハキリバチ類」という訳語がありますが、これももちろんbeeの中に含まれ、たまたま種名が出てきたのでこういう訳語になったのでしょう。このように、専門外からみれば、ハナバチの代表がミツバチであって、ハナバチの重要性=ミツバチの重要性と思われるのは仕方がないのかもしれません。



生態系サービスという挑戦 −市場を使って自然を守る−

*1:日本には、トウヨウミツバチニホンミツバチ)が自然分布しています。また、北米と同様にセイヨウミツバチも移入され養蜂されています。したがって、日本では、在来のミツバチと外来のミツバチの両方がみられます。ちなみに、北米と違い、スズメバチ類による捕食でセイヨウミツバチは日本では島嶼部を除きほとんど野生化していないようです。