有機農法が害虫の天敵の多様性を高め収穫量を増やす

 生物群集を記載する時に重要なのは、まずは種数(=種の豊かさ species richness)でしょう。10種からなる群集A、同じく10種からなる群集B、そして5種からなる群集Cを比較するとき、群集Cより群集AとBの方が種多様性が高いと言う場合があります。


しかし同じ10種の群集AとBでも、実際は各種の個体数の割合が異なることがよくあります。例えば、群集Aには10種すべてが10個体ずつ含まれるのに対し、群集Bでは1種が91個体で残りの9種が1個体ずつ含まれる時、同じ10種100個体の群集でも種多様性が同じといえるでしょうか。



図. 種数は同じだが個体数の割合が異なる2つの群集


このような群集内の各種個体数の等しさを均等度(または均衡度 evenness)と呼んでいます。この均等度も種多様性をはかる上で良い物差しとなっています。


 さて、農業害虫の個体数を抑えるのに、特定の天敵を放して増やす生物的防除(biological control)という方法があります。これは成功すれば劇的に害虫を減らせますが、実際は失敗に終わることも多いようです(参考:生物的防除の成功率)。また、自然生態系に与える影響も無視できません(参考: 生物的防除が落とした影 2, 5)。


特定の天敵のみの個体数を増やすことはつまり上の群集でいえばBにあたります。それよりも、農地を適切に管理することで複数の天敵を増やし、群集Aのように各種が均等にみられる群集の方が、害虫を制御するのに有効な可能性もあります。


 有機農法*1と従来の農法とで害虫の天敵群集の構造が異なるのかどうかを明らかにするためにメタ解析を行った。 16カ国、作物23種、捕食者40種、昆虫病原菌8種の既存データを解析した結果、天敵の種数は両方の農法で有意に変わらなかったが、天敵の均等度(evenness)は、従来の農法よりも有機農法で高かかった。均等度(Shannon’s index)は0から1の値をとり、0のとき1種のみが優占、1のとき各種個体数が均等の割合にある。つまり、有機農法では、天敵各種の個体数の割合が均等で、特定の天敵種が優占しない傾向にあった。


 天敵各種の個体数が均等であるほど、植食者である害虫の個体数を抑制し、栄養カスケード( ここではtop-down cascade)によって作物の収量があがるかもしれない。

 
 そこで、天敵群集の均等度が害虫個体群を抑制し、作物の収量に影響を与えるかどうかを明らかにするためにジャガイモを使って(半)野外実験を行った。野外に設置したエンクロージャー内にジャガイモ(Solanum tuberosum)を植え、害虫(植食者)であるコロラドハムシ(Leptinotarsa decemlineata)の一定数の卵と幼虫を放し、その後4種の捕食性昆虫(ゴミムシの一種、テントウムシの一種、オオメナガカメムシの一種、マキバサシガメの一種)と3種の昆虫寄生菌(Heterorhabditis megidisSteinernema carpocapsaeBeauveria bassiana)を異なる個体数の割合で放した。天敵個体数の割合は、捕食性昆虫では高低7段階の均等度を、昆虫寄生菌では高低6段階均等度を設定し、合計6×7=42の組み合わせの実験を行った。



コロラドハムシの成虫(by Scott Bauer


 結果、捕食者と昆虫寄生菌群集が均等なほど(均等度が1に近いほど)、それぞれ独立に作物バイオマスを増加させていた(捕食者と寄生菌の交互作用は有意ではなかった)。最もバイオマスが大きかったのは、捕食者と昆虫寄生菌の両方の群集の均等度が最も1に近い場合であった。また、同様に天敵群集が均等であるほどコロラドハムシの密度が減少してた。


地上部バイオマスと塊茎の生産量とは強く相関することが知られている。つまりこれらの結果は、捕食者と昆虫寄生菌群集が均等なほどジャガイモの収穫量を増加させることを示唆している。


論文
Crowder DW et al. (2010) Organic agriculture promotes evenness and natural pest control. Nature 466:109- 112


 種数ではなく均等度に注目し、種多様性とともに生態系機能も高めたことを実証しています*2


 最近、既存のデータや研究を解析しただけの論文が多い中、メタ解析の結果をふまえ、詳細な実験を行い実証しているところもすばらしい。群集生態学のトピックを、農法や害虫/天敵管理に結びつけている点など見習うべきところが多い研究でした。

*1:有機農法(organic agriculture)にはいろいろなレベルものがありますが、ここで使われる用語は厳密な定義に基づくものではなく、ISIの論文検索で「organic」および「convensional」というキーワードで「agriculture, multidisciplinary」「biodiversity and conservation」「biology」「ecology」「entomology」「environmental sciences」「zoology」の各分野で検索をかけ論文データを収集しメタ解析を行った結果の区分にすぎません。つまりかなり広い意味での有機農法ということです。

*2:もちろん言うまでもないことですが、実証されたとはいえ、これがすぐに一般則になるわけではありません。今後の批判やさらなる検証が必要でしょう。