共生細菌が外来線虫から宿主を防衛する?

 先日の学会で口頭発表を行うとき、セッションがはじまる前にプレゼンのファイルを備え付けのパソコンに入れておく必要がありました。セッションには講演者の紹介を行い質問を受け付ける座長(チェア)というのがいます。


チェアは紹介するにあたって、読みにくい名前の人がいると確認しておきたいものです。私のファーストネームは、外国人にも読みやすい名前にしようという命名者の目的ははたせているようで、比較的発音しやすく容易に覚えてもらえます。ただ、ラストネームについては、日系人の多いハワイでもまだ見ていませんし、発音もしづらいようで、聞き返されることもしばしば。そういった事情もあったので、セッションがはじまる前にチェアの人と話す機会がありました。


彼は学会のわずか3週間前に Ph.D. Defense を終え、ポスドク先に移ったばかりだそうです。発表内容は、コハナバチに片利共生する線虫の話でしたが、ポスドク先でははショウジョウバエにに寄生する線虫をやる予定だとか。聞くと私でも名前をよく聞く有名人の研究室でした。昔からキノコ食ショウジョウバエの群集や生態で有名でしたが、その研究室から、寄生線虫から身を守る共生細菌の論文がScienceに近々出るということまで伺いました。


 ちょっと前置きが長くなりましたが、最近の Science をチェックするとその論文が出ていました。


 北米のキノコ食ショウジョウバエの一種(Drosophila neotestacea)には、線虫の一種(Howardula aoronymphium)が高頻度に寄生していることが知られている。線虫は交尾後に、キノコ内のショウジョウバエの幼虫に寄生し、ハエが成虫になった後(ハエがキノコに産卵する時)その腸と産卵管を通じて自らの子孫をキノコに放出する。この線虫は、寄主であるキノコショウジョウバエの雌を不妊にするという意味で強い影響を与えている。つまり、線虫寄生は、キノコショウジョウバエの防衛能力を進化させる強力な淘汰圧となっている。


 一方、キノコショウジョウバエの細胞内には、2種類の細菌 SpiroplasmaWolbachia が感染していることが知られており、これらは常に感染しているわけでも、特に寄主の繁殖に影響を与えているわけでもない。


 細胞内共生細菌が線虫寄生に与える影響を明らかにするために、実験室下で両方の細菌に感染していない系統、Spiroplasmaのみに感染した系統、またWolbachiaのみに感染した系統、そして両方に感染した系統を作り、キノコショウジョウバエに線虫を寄生させ産卵数を調べた。


結果、いずれの系統でも線虫に寄生されていないキノコショウジョウバエは正常数の卵を産んだが、線虫に寄生されたキノコショウジョウバエでは、いずれの細菌の感染も受けていない場合、Wolbachiaのみの感染を受けている場合に、産卵数の著しい減少が起こっていた。Spiroplasmaのみに感染した系統と両方の細菌に感染した系統では、線虫に寄生されていても正常の産卵数であった。つまり、Spiroplasmaに感染することで、線虫寄生による不妊化は防がれていた。


また、野外のさまざまな地域からキノコショウジョウバエを採集し、線虫による寄生の有無、Spiroplasmaによる感染の有無を調べ、キノコショウジョウバエの産卵数を数えると、室内実験と同様の結果を得た(つまり、Spiroplasmaに感染したショウジョウバエは、線虫による寄生の有無にかかわらず正常の産卵数であった)。


ショウジョウバエ体内の線虫のサイズをSpiroplasmaに感染している場合としていない場合で比較すると、Spiroplasma感染個体の線虫サイズはSpiroplasma非感染個体のおよそ半分と小さく、これはSpiroplasmaの感染は線虫の成長と繁殖を抑制していることを示していた。


さらに興味深いことに、Spiroplasmaの感染率は、北米大陸の東から西にわたって勾配が見られた(東で高く、西では低いかゼロ)。一方、Wolbachiaの感染率にはそのような勾配は見られなかった(いずれも比較的高い感染率)。1980年代に大陸東部で採集されたキノコショウジョウバエのサンプルを調べると、Wolbachiaの感染率は現在とほとんど変わらなかったが、Spiroplasmaの感染は検出できなかった。しかし、野外で線虫に寄生されているにもかかわらず正常な数の産卵をおこなっていたキノコショウジョウバエがいたことから、1980年代にもSpiroplasmaに感染した個体は少数ながらいた可能性がある。


ミトコンドリアDNAのいくつかの証拠から、Spiroplasmaは最近北米に侵入したわけではないようだ。むしろ欧州と北米の比較から線虫の方が北米に最近侵入してきた可能性がある。つまり、Spiroplasma感染の近年の分布拡大は、線虫によるキノコショウジョウバエに対する強い淘汰圧から進化した防衛共生によってひきおこされている可能性が高い。


文献
Jaenike J et al. (2010) Adaptation via symbiosis: recent spread of a Drosophila defensive symbiont. Science 329:212-215.


 近年、細胞内共生細菌など宿主昆虫と密接な関係をもつ微生物が、病原菌や天敵から身を護ってくれたり、栄養を補給してくれたりするといった共生関係が盛んに報告されています。


この論文でも、細胞内共生細菌が寄生性線虫による影響を相殺してくれるという防衛共生を報告しています。興味深いのは、ユニークな共生関係を明らかにしただけでなく、その共生細菌の感染率が現在拡大しつつあるという瞬間をとらえているところです。もともと、線虫の方も分布拡大が近年おこったそうで、この線虫こそ最近北米に入植した種であった可能性まで示唆されています。


 日本でも植物寄生線虫の一種マツノザイセンチュウが北米からやってきて、この数十年で全国各地に広がりました。最終的に木を枯らすという強い淘汰圧によって、マツの方でも抵抗性が進化してくるだけでなく、世代期間がマツよりもずっと短い微生物などに線虫寄生を無効化してくれるようなものが現れるかもしれません。