先日参加した Evolution 2010 の会場では、進化学や生態学に関係する多くの書籍が販売されていました。学会も終盤になると、展示していた書籍の一部が50%引きという格安になっていたので、ついつい買ってしまいました。
そのうちの一冊が「The Ecology and Evolution of Ant-Plant Interactions(アリー植物相互作用系の生態と進化)」です。実は、日本にいた時に研究費でハードカバーを購入したのですが、読まずに渡米してしまいました。海外にいるとなんとなく読む時間があるような気がするので、ソフトカバーを購入してしまったというわけです。
著者はメキシコとブラジルの研究者による著書だからか、それとも論文で読みなれている科学英語だからか、英文がそれほど複雑でなく、比較的読みやすく感じました。
アリと植物の関係といえば、Daniel Janzen によるメキシコのアカシアとアリの共生関係についての一連の研究が有名です。また、ブラジルを含む南米には、菌と共生するハキリアリをはじめ、非常に多様な生態をもつアリが知られています。つまり、メキシコとブラジルの研究者がアリと植物の共生関係に関する本を書くのは自然な流れかもしれません。そういえば、Evolution 2010でも、アリと植物の相互作用に関する発表の多くは中南米の研究でした*1。
基本的には、これまでに知られているアリと植物のさまざまな相互作用についてのレビュー(総説)です。特に、このレビューでは、植物とアリとの関係が最終的にそれぞれの利益になるか否かに注目していることです。お互いの利益になる場合は、相利共生的な(mutualistic)関係、少なくともいずれかにとって利益にはならない場合を敵対的な(antagonistic)関係として整理しています*2。
一般に相利共生関係と思われているものでも、状況によっては敵対的関係になったり、またその逆もしかりということが多数の具体例をもとに丁寧に紹介しています。つまり、相利共生的関係は、寄生や捕食といった敵対的関係から進化してきたことからわかるように、その区別は明瞭でなく連続的ともいえるわけです。しかも、これらの関係は時空間的に必ずしも安定しているわけではなく、ダイナミックに変動しうるということです。
例えば、熱帯の植物の中には、花外蜜腺やアリのエサとなる物質を分泌したり、アリの巣場所を提供する種がいます。これによって植物上に集まったアリは、植食性昆虫を追い払い植物にとって利益になると信じられています。このような関係は、防衛共生と呼ばれていますが、実際の関係はいつも明瞭なものとは限りません。時にアリは防衛という役割を果たさずにタダで恩恵にあずかることもあります(寄生している)。また、季節や年、場所によって、アリの種類によってもその関係は相利共生的になったり寄生的になったり、その結果が異なることがしばしばです。
また、アリは植物上で半翅目昆虫(アブラムシ、カイガラムシ、ツノゼミなど)との相利共生的な関係をしばしば結びます(半翅目昆虫は蜜を分泌し、それをアリが食べ天敵から防衛する)。半翅目昆虫は植食性なので、アリー半翅目昆虫の関係は植物にとっては害となることは農林業上よく知られています。しかし、自然生態系ではそれほど半翅目昆虫の密度が上昇することもなく、むしろアリと半翅目昆虫の共生関係によって、植物上の他の植食性昆虫は減り、植物にとって利益になることもありえるというわけです。
主な内容
ハキリアリや種子捕食性のアリ類
一次種子散布者としてのアリ類
二次種子散布者としてのアリ類
訪花者としてのアリ類
アリーアカシアの共生関係
花外蜜腺をもつ植物とアリとの関係
アリと半翅目昆虫と植物の関係
アリ植物(ant-fed plants, ant garden)
樹冠に生息するアリ類
アリと植物の相互作用の変異
生物防除にとってのアリ類
アリと植物の関係に関する挿絵や、研究例を紹介する時の図表などは比較的豊富でした。学術的な専門書なので必要ないかもしれませんが、代表的なアリの属についての図があればより良かったかもしれません。
最終章の「Overview and Perspective」は全体の要約になっていて、しかもまだ未開拓の研究テーマについても触れているので、全部を読むのが面倒な人には便利といえるでしょう。