米国開催の進化学会に参加

 オレゴン州ポートランドで開催された Evolution 2010 に参加してきました。実は、日本国外で開催された学会に参加するのは初めての経験です。



ポートランド市街を走るマックス・レイル(町の中心部に限り無料で利用できる)


 ポートランドは札幌とほぼ同じ緯度にあるためか涼しいところでした。同じ国内といっても、ホノルルからはそれなりに時間がかかって、日本からポートランドに来るのとそれほど変わるわけではないようです。


 Evolution 2010 は、American Society of Naturalists(American Naturalist誌を発行)、Society for the Study of Evolution(Evolution誌を発行)、Society of Systematic Biologists(Systematic Biology誌を発行)の3学会共催による学会です。参加者は米国人がほとんどを占めているようでしたが、米国に留学している外国人や、南米、ヨーロッパからの参加者もいるようでした。日本人は少なくとも10人はお見かけしました。


 大会参加費(交通、宿泊代、懇親会代とは別)は2万5千円(学生)から4万円(定職をもつ研究者)ほどで、私が経験して来た日本の学会参加費(数千円から1万円)よりはかなり高めですが、米国では平均的とのこと。ただし、会場は大きく豪華で、昼休み、休憩時間やポスター発表時間(夕食時)に飲食物が出たりします。


 私自身は進化学を中心にしたテーマで研究を行っているわけではないのですが、米国滞在中になんらかの大きな学会には参加したかったので、手頃なのがたまたまこの学会だったというわけです*1。米国生態学会(Ecological Society of America)の方に参加しようと思っていたのですが、既発表の研究は発表できないと但し書きがあったのと*2、ハワイからちょっと遠かったので見送りました。


 自身の口頭発表(12分、質疑応答3分)は初めてということで、事前にパワーポイントでスライドをつくる以外にも、その中の英語表現や、発表内容を原稿におこし、それらをすべてネイティブの人に校閲してもらいました。その上で、英文原稿を丸暗記し、事前にも発表を聴いてもらったり何度も練習を行いました。そのかいあってか、発表は無事終えることができました。日本人にとっては不安の質疑応答も、予想していたよりはシンプルな質問で、かつわかりやすい英語だったので本当に助かりました。また発表後に話にきてくれたブラジル人研究者とのやりとりで、準備していた質疑応答内容についても消化できました。それにしても、これだけ発表に時間をかけて準備したのは、卒論発表を含めても初めてかもしれません。



ポスター会場(背後にたくさんんのポスターが貼ってある)


 さて、学会は、口頭発表以外にも、各種シンポジウムや各種受賞講演、ポスター発表などがありました。ポスター発表は大きな会場で、午後7時頃からお酒を飲みながらのものでした。興味あるポスターの前に行って、発表者の説明を聴いたり、質問をしたりするのは日本の学会と同じです。ただ、字が小さすぎたり多すぎたり、日本のポスターの方がわかりやすいような気がしました。


 さて5日間にわたり、さまざまな発表がおこなわれました。セッションでいえば、集団遺伝学、系統学、ゲノミクス、進化理論、分子進化、種分化、適応、自然選択、系統/生物地理学、植物の繁殖などなど。ふりかえってみると特に印象に残ったのは「Species interactions and coevolution(種間相互作用と共進化)」のセッションのものが多かった。単に理解しやすかっただけなのか、それとも自分自身が最も興味をもっている分野なのか・・・。


 未発表内容も多かったので詳細は省きますが、すでに背景やあらすじが論文として発表されているものに絞って3つばかり簡単に記しておきます(参考文献は必ずしも発表者のものとは限っていません)。


1) ラン(Dracula spp.)のキノコ擬態:この属は中南米に100種以上が分布し、その属名(ドラキュラ)にみるように奇妙な色・形の花をつける。近年、キノコに似た匂いをだしてハエをだまして誘い、花粉塊を送粉させることがわかってきた。数種の Dracula は常にある種のキノコ(ラン共生菌ではない)の子実体と同所的に生え、その花の匂いは子実体と類似し、送粉を行うハエ類も、その子実体を主に訪れるハエ類と共有していた。

参考文献:Kaiser R. (2006) Flowers and fungi use scents to mimic each other. Science 311: 806-807.


Dracula chestertonii(by Orchi:Wikipedia


2)掃除魚の体色進化:掃除魚(クリーナー)は他種の魚(クライアント)の皮膚上の寄生虫を食べ、クライアントと共生関係を結んでいる。クライアントが捕食者であってもクリーナーは襲われない。このような掃除魚はさまざまな分類群で独立に進化してきている。掃除魚であることをクライアントたちに認識させるために、掃除魚は同じような体色へと収斂進化がおこっている。カリブ海のハゼ類である Elacatinus属で体色の異なる姉妹2種(青縞と黄縞)とその雑種(緑縞)を使って、クライアントに対する体色の反応を調べた(すべての青縞種は掃除魚だが、他の色は掃除魚とそうでないタイプを含む)。結果、青縞が黄縞や緑縞よりも(さまざまな背景のもと)目立つ傾向にあった。カリブ海Elacatinus属の青縞への体色進化は、クライアントに対する目立つ色への選択圧がかかった結果かもしれない。

参考文献:Lettieri L (2009) Cleaner gobies evolve advertising stripes of higher contrast. Journal of Experimental Biology 212:2194-2203.


Elacatinus属(by Tambja:Wikipediaより)


3)マウス vs. サソリ:北米に分布するバッタマウス(grasshopper mice: Onychomys spp.)は、さまざまな節足動物を食べる旺盛な捕食者で、有毒のサソリをも捕食する。このマウスは、サソリの度重なる毒針を使った防御にもかかわらず、最終的にはサソリを捕食する。ただし、無毒の昆虫やサソリを襲う時よりは、有毒サソリを襲う方がより時間がかかり、これは刺されると短時間の痛みを感じ攻撃が中断するためである。また、バッタマウス類には普通のマウスと比べても明らかにサソリ毒に対する耐性があるが、有毒サソリの分布に対応して種間や種内でその毒耐性が異なる。

参考文献:Rowe AH, Rowe MP (2006) Risk assessment by grasshopper mice (Onychomys spp.) feeding on neurotoxic prey (Centruroides spp.). Animal Behavior 71: 725-734
Rowe AH, Rowe MP (2008) Physiological resistance of grasshopper mice (Onychomys spp.) to Arizona bark scorpion (Centruroides exilicauda) venom. Toxicon 52:597-605.



Mice vs Scorpion
マウス対サソリ(会場でもこれとは違う動画が披露されていました)

 
 学会場ではワイヤレス・インターネットが使えたのでどこでもインターネットにアクセスできました。講演中でも引用された論文をさっそくダウンロードしたり、学名をもとに画像を検索したり、英語を聴きとれない分の補足には役立ったのかもしれません。公演中にパソコンをいじっていると失礼にあたるかもしれないと言われましたが、やっぱり聴いたばかりの一番興味をもっている時にいろいろ調べるののは楽しいものです。


 あっという間の一週間でした。やはり初めての日本国外の学会参加だったので、いろいろな意味で新鮮で充実していたといえるでしょう。今後はなかなかこういう気持ちにはなれないかもしれません。

*1:日本の進化学会には一度、発表はせずに参加だけしたことがあります。私自身これまで4つの研究室に在籍した経験がありますが、「進化」についての扱いが大きく二つにわかれているのに気づきます。一つは積極的に進化について議論する、そしてもう一つは進化という言葉になるべく触れない。DNAとか分子系統解析を積極的に手法として用いている研究室では進化的現象は身近なテーマなのに対し、そういった手法を用いなかったり、応用的な研究を行っている研究室では進化にはあまり言及しない傾向があるように感じます。応用的な研究をしている人の中には、進化は趣味的な研究と考えている人もいるのでしょう。そういう意味で、私自身進化学会に参加すると言う時にはついつい慎重になってしまいます。しかし、応用研究を行っていても、生物を研究している以上、背景としては進化学の概念を常に前提においているといっても過言ではないでしょう。ちなみに、進化学など基礎研究を行っている人の中には、保全外来種など人為的影響を強く意識した(応用的な)研究を好まない人もいるでしょう。しかし、野外の生物を研究する時に、人の影響を考慮せずに研究することはほとんど不可能ともいえます。

*2:個人的には、未発表の内容を学会で発表してしまうと満足してしまって、論文としてのとりまとめが遅れがちです。それゆえ、私自身、最近は論文としてまとまった内容でないと発表しない傾向があります。しかし、すでに論文をまとめると満足してしまって、改めて学会発表する元気も出てきません。未発表のデータを学会発表を通じてアドバイスをもらったりする場合、すでに論文としてまとめた内容を学会発表で宣伝する場合、それなりに意義はあるのでしょう。とはいえ、論文発表と学会発表をどちらを先にするか、またそのタイミングはいつも難しく感じます。ちなみに発表を聴く方としては、すでに論文が出ていて、自分自身がまだ知らない内容の方が嬉しいです。新鮮な気持ちで発表を聴き、あとで論文を読んで理解を深められるからです。