周辺環境が食物網を通じ害虫の大発生を抑える

 天敵の多様性が高まれば害虫の個体数を低く抑えることが可能でしょうか?


 実際、天敵が多様なほど、害虫を減らすということが報告されています(参考:有機農法が害虫の天敵の多様性を高め収穫量を増やす)。しかし、天敵の多様性が高い系で必ずしも害虫が大発生するわけではないため、多様性に対する強い期待は「多様性神話」とも呼ばれうる拡大解釈の危険性をもっているでしょう。


さて、農業害虫やその天敵は、農地周辺の環境によっても強く影響されることがここ10年くらいで主張されるようになってきました。例えば、森林や農地が入り組んだ複雑なランドスケープほど、天敵の多様性を高めたり、天敵の個体数を増やしたりすることがあります。つまり、単純に農薬や天敵を放つというよりも、周辺環境を良い形で保全することで害虫の大発生を抑えようという考え方です。


とはいえ、害虫やその天敵をめぐる種間相互作用は複雑です。どのようなメカニズムが働いているのか、適切に理解する必要があるでしょう。このような種間相互作用のネットワークは、古くから「食物網(foodweb)」と呼ばれており、生態学の主要なテーマの一つです。英国王立協会紀要で最近発表された論文では、このテーマに興味深い結果を提示しています。


 ランドスケープ構造が異なる18の小麦畑(ドイツ)において、コムギにつくアブラムシ3種とそれらを捕食寄生する(一次)寄生蜂6種、そして一次寄生蜂をさらに捕食寄生する二次寄生蜂5種について、その食物網構造を明らかにした。さらに、アブラムシにおける一次寄生蜂による寄生率、そして一次寄生蜂における二次寄生蜂による寄生率を調べた。小麦畑周辺のランドスケープ構造の指標として、各調査地周辺1km以内に含まれる農耕地の割合を使った(農耕地以外には、半自然の森林、休閑地、草地のパッチが含まれる)。つまり、農耕地の割合が高ければ単純で、低ければ複雑なランドスケープ構造をもつ。


 結果、予想外にも、ランドスケープが複雑なほど食物網の構造は単純な傾向にあった(種間の相互作用数が低いなど)。さらに、アブラムシ、一次寄生蜂、二次寄生蜂の種多様性はランドスケープの複雑さに影響されなかった。しかし、一次寄生蜂および二次寄生蜂による寄生率は、ランドスケープが複雑なほど高い傾向にあった。この高い一次寄生蜂による寄生率は、アブラムシを生物的に防除できていると言って良いほどのレベルに達していた。


文献
Gagic V et al. (2011) Food web structure and biocontrol in a four-trophic level system across a landscape complexity gradient. Proceedings of the Royal Society B, online published.


 これまでの生態学では、食物網が複雑なほど(多様性が高いほど)生態系機能がよく働いているという考え方が主流でしたが、このアブラムシー寄生蜂の系では支持されていません。


しかし、アブラムシの個体数の増減は激しく、上記研究は単年度の調査(スナップショット)ということもあって、より長期でみるとどうなるのか、理解を深めるにはもう少し調べてみる必要があると著者らも論じています。