熱帯ほど生物の種間関係が深い

 生物間の相互作用に関して、観察したり、文献を読んだり、論文を書いたりするのが、私の研究の大きな割合を占めています。最新の Annual Review に興味深い総説が出ていたので勉強してみました。


 ほとんどすべての生物で低緯度地域(熱帯)の方が、高緯度地域(寒帯、温帯)に比べて種数が多いことが知られています(参考)。このメカニズムとして以下のような仮説があります。

  • 分布域の大きさにかかる(非生物的な)制約
  • 生物地理学的な歴史
  • 種の共存に関する生態的なメカニズム
  • 適応や種分化の進化的なメカニズム


箇条書きした程度ではそれぞれが何を示すのかはわかりにくいですが、ここでは最後の「進化的なメカニズム」について話を進めます。この仮説については、ウォーレス(Alfred R. Wallace)やドブジャンスキー(Theodosius Dobzhansky)らによって古くから提唱されてきたアイデアです。温帯など変動しやすい気候下よりも、熱帯のような温暖で予測性の高い気候下では生物種間の関係が重要になってくるということです。結果として、熱帯の種は(ハビタットや寄主に対する)特異性が増し、非常に高い多様性に達したという考え方です。


これを一歩進めて、生物種間の関係が、共進化を加速し、より急速な適応や種分化を促してきた可能性があります。逆に、温帯では、非生物的な要因の方が、主要な選択圧となる可能性があります。


 確かに、熱帯ほど、極めて興味深い相互作用が見られるので、この傾向はありそうです。実際に、定量的に調べても、低緯度地域(熱帯)が温帯に比べて生物種間の相互作用が強いのでしょうか?


さまざまな生物に関する研究を集めてその傾向が調べられました。


カテゴリー

  • 低緯度 > 高緯度:熱帯の方が温帯よりも生物間の相互作用の重要性(頻度、強度など)が高いという論文がある。
  • 低緯度 < 高緯度:温帯の方が熱帯よりも生物間の相互作用の重要性(頻度、強度など)が高いという論文がある。
  • 違いなし:熱帯と温帯で生物間相互作用の重要性に違いはないという論文がある。または、熱帯が高い、温帯が高いの両方の論文がある。


信頼性

  • ***:高い
  • **:中程度
  • *:低い


捕食、植食、寄生、病気
(1) 鳥の巣にかかる捕食圧:低緯度 > 高緯度 **
(2) アリによる昆虫への捕食圧:低緯度 > 高緯度***
(3) 海産無脊椎動物にかかる捕食圧:低緯度 > 高緯度***
(4) 海産軟体椎動物にかかる捕食圧:違いはなし***
(5) 海産植食圧(被食圧):低緯度 > 高緯度***
(6) 陸上植食圧(被食圧):低緯度 > 高緯度***
(7) 海産魚類への外部寄生:低緯度 > 高緯度***
(8) 海産魚類への外部寄生:違いはなし***
(9) 鳥類、トカゲ類への住血寄生:低緯度 > 高緯度***
(10) 農作物の病気:低緯度 > 高緯度***
(11) ヒトへの寄生虫と病気:低緯度 > 高緯度***
(12) 捕食寄生:違いはなし**


捕食、植食、寄生、病気に対する防衛
(13) 海産ワームの食べられやすさ:低緯度 > 高緯度***
(14) 海産藻類の食べられやすさ:違いはなし**
(15) 海産無脊椎動物の食べられやすさ:違いはなし**
(16) 塩性湿地植物の食べられやすさ:低緯度 > 高緯度***
(17) 陸上植物の葉の食べられやすさ:低緯度 > 高緯度***
(18) チョウの幼虫の食べられやすさ:低緯度 > 高緯度***
(19) カエルの幼生の食べられやすさ:低緯度 > 高緯度**
(20) マツの球果とイスカの共進化:低緯度 > 高緯度***
(21) 昆虫の擬態:低緯度 > 高緯度*
(22) ガ類の色彩多様性:違いはなし**
(23) 鳥類の(白血球)免疫応答:違いはなし**


相利共生
(24) 動物による送粉:低緯度 > 高緯度***
(25) 動物による種子散布:低緯度 > 高緯度***
(26) アリと植物の共生:低緯度 > 高緯度***
(27) 植物内生菌:低緯度 > 高緯度***
(28) 海産の共生藻類(zooxanthellae):低緯度 > 高緯度*
(29) 海産の掃除共生:低緯度 > 高緯度***


その他
(30) 植物の性:低緯度 > 高緯度**
(31) 動物の性:低緯度 > 高緯度***
(32) 性選択(鳥による色彩2型):違いはなし**
(33) 性選択(性サイズ2型):低緯度 > 高緯度**
(34) 大西洋のサケ類のMHC抗体多様性:低緯度 > 高緯度***
(35) 魚類の死亡率(寿命など):低緯度 > 高緯度***
(36) 天敵による植食性昆虫の死亡率:低緯度 > 高緯度*
(37) 小型哺乳類の密度依存性:低緯度 > 高緯度**
(38) カリブーの密度依存性:低緯度 > 高緯度**
(39) 樹木(実生)の密度依存性:違いはなし*


19, 34, 35,37, 38の項目については、高緯度地域における緯度にそった傾向は調べられている(熱帯または亜熱帯の研究が含まれていない)。


 総説では、39カテゴリーのすべての種間関係について解説していますが、私自身が興味をもっているものに絞って見てみましょう。


(1) 鳥の巣にかかる捕食圧:熱帯と熱帯以外の地域で行われた研究データを集め、鳥の巣が捕食者によって襲われた率を比較したところ、熱帯で平均64%(27種)、熱帯以外で平均41%(65種)と異なっていた。ただし、緯度0から北緯53度にかけて22の調査地で、人工巣(箱?)をかけて調査した結果では、緯度にそった経度は検出されなかった(Soderstrom 1999)。ただし、人工巣での捕食圧は自然条件下に比べて異なるらしく、例えば、熱帯での重要な捕食者であるヘビの捕食圧が過小評価されている可能性があるそうです。


(2) アリの捕食圧は、熱帯の方が高いのはよく知られています。そもそも、アリの種数と個体数が圧倒的に熱帯に多い。Jeanne (1979) は、北緯42度から南緯3度にかけての5カ所で、ハチの幼虫を使ってアリの捕食圧を実験的に調べたところ、熱帯で高い傾向を明らかにした。同様に、Novotny et al. (2006) は、ニューギニア島中央ヨーロッパの2カ所の森林で実験的な捕食圧を調べたところ、ニューギニア(熱帯)の28.3%に対して、ヨーロッパ(温帯)はわずか1.6%だった(参考)。


(6) 陸上植食圧(被食圧):熱帯ほど、葉が食べられる割合(葉の被食率)が高いことがよく知られています。Coley & Aide (1991) の総説によれば、年間の平均被食率は、熱帯で平均10.9%、温帯で平均7.5%という値を示しています。


(12) 捕食寄生:北南米大陸の緯度0度から北緯45度にわたって15カ所から採集された植食性昆虫の寄生率(寄生蜂およびハエによる率)を調べたところ、毎年の降水量の変動幅が小さいほど寄生率は高かったが、緯度との相関はなかった(Stireman et al. 2005)。


(21) 昆虫の擬態:警戒色の昆虫の割合が熱帯で高いというのは、おそらくウォーレスが最初に気づいたと考えられているようです。しかし、この仮説を詳細なデータを用いて検討した研究はほとんどないようです。


(24) 動物による送粉:熱帯では多くの種が動物によって花粉が運ばれる(動物媒)。一方で、熱帯では温帯ほど風媒の種が少ない。


(26) アリと植物の共生:植物には、花器官以外(花外蜜腺)から蜜を出してアリを誘い、植食性昆虫を退治してもらうという種がいて、この関係を防衛共生と呼んでいます。この花外蜜腺をもつ種が植物群集全体に占める割合は、熱帯(39%)の方が温帯(12%)よりも高いことが知られています(Coley & Aide 1991)。また、アリノスダマといった、植物体の中にアリの巣場所を提供するような「アリ植物」は専ら熱帯にのみ分布しています。


(29) 海産の掃除共生:魚類、エビ、鳥、トカゲの中には、他種の体表についた外部寄生虫を食べ、逆に食べさせるという「掃除共生 Cleaning symbiosis」が知られています。この掃除共生は、温帯および熱帯で見られますが、熱帯(特に珊瑚礁など)で頻繁に記録されています。


まとめ

 39のカテゴリーのうち、30(77%)で低緯度で種間相互作用の重要性が高く、9(23%)で違いはないという結果でした(高緯度で重要という項目はなかった)。この結果を見る限りは、熱帯での種間相互作用が重要であるというのは一般的な傾向として捉えて良いように感じます。


ただし、メタ解析などを行うだけの十分な研究の蓄積がないのも事実です。少ない研究事例によって熱帯の方が高いという傾向が出たカテゴリーもあるでしょう。


文献
Schemske DW et al. (2009) Is there a latitudinal gradient in the importance of biotic interactions? Annual Review of Ecology, Evolution and Systematics 40:245-269.