保全生物学の研究は遅れがち?

 地球温暖化生物多様性の減少など、生物学がかかわる環境問題は近年ますます注目されつつあります。研究をうまく政策に活かすには、迅速な研究成果の発表が重要になってきます。しかし、生物多様性保全にかかわる保全生物学の分野では、研究の公表が他の生物学分野に比べてかなり遅いようです。


 2000年に4分野(保全生物学分類学、行動学、進化学の4分野)14誌の雑誌に掲載された論文について、投稿日から出版日までの日数を調べた。


調査対象雑誌

  • 保全生物学:Conservation Biology、Ecological Applications、Journal of Applied Ecology
  • 分類学:Annals of the Entomological Society of America、American Journal of Botany、Journal of Mammalogy、Condor
  • 行動学:Beahavioural Ecology、Animal Behavior、Behavioral Ecology and Sociobiology
  • 遺伝・進化学:Nature Genetics、Genetics、Journal of Molecular Evolution、Evolution


 最も遅いのは、保全分野雑誌の(中央値の)平均は572.2日で、最もはやいのが遺伝・進化学分野の249.1日であった。


文献
Kareiva P et al. (2002) Slow-moving journals hinder conservation efforts. Nature 420:15.


 投稿日から出版日までの期間は、査読システムや出版社の事情が関係しています。上記は10年前の調査でしたが、現在ではインターネット投稿の導入などによってずいぶん改善されているようです。


 しかし、最近発表された論文では、保全分野の査読や出版が遅いだけでなく、研究者自身が投稿するまで時間がかかっているのではないかと指摘されました。


 2007年に出版された4分野14雑誌(上記の2000年と同じ対象雑誌)から新データを含む論文を抽出した(つまり総説、既存データ解析、論考などは削った)。論文の方法に記されたデータ収集の最後の日付と、論文を投稿した日付をもとに、投稿までの日数を計算した。さらに、調査基準にみあう論文の責任著者に電子メールで質問し、調査終了日と最初の投稿日の正確な日付を尋ねた。結果、1075論文の著者についてはいずれかの回答を得た。


 解析の結果、調査終了から最初の投稿日までの日数(中央値)は、保全生物学分野が最も遅く696日、分類学では605日、行動学分では507.5日、遺伝・進化学分野では189日だった。保全生物学は、分類学とは有意な違いはなかったが、行動学や進化学よりは有意に異なり多くの日数がかかっていた。また、著者数は分野によって異なったが、著者数が多い方が投稿までの日数が減少する傾向にあった。


 保全生物学の研究者は比較的多くの人数で論文を書くため、チームワークの欠如がこの投稿の遅れを招いているわけではなく、また、最初の投稿で却下されたための遅延を被っているわけでもないようだ。


 投稿が遅れる原因として、保全生物学では他の分野ほど競争が激しくないのかもしれない。さらに、保全生物学の研究者には政府機関で働いくものがいるため、学際的な雑誌での出版にこだわらない可能性も考えられる。そればかりか、政府機関研究者は、雑誌へ投稿する前に、報告書として内輪での審査が義務付けられている場合もあるからだ。


文献
O’Donnell R, et al. (2010). Hindrance of conservation biology by delays in the submission of manuscripts. Conservation Biology, online published.


解説
Journal Watch Online から
Research in the Slow Lane


 日本の政府機関研究所でも、学術論文とは別に、プロジェクト内、研究所内、省庁内など、さまざまな書類や報告書の提出があるのは確かです。個々の研究にはすべて血税が注がれているので、厳密な手続きが重要なのはわかります。しかしそれら内輪の書類は公にされることはほとんどありません。保全に関する情報は、多くの人と共有する必要があります。そのためにも学術論文として素早く公表することが求められているのでしょう。