生態学・進化学におけるナチュラルヒストリー

 生態学や進化学は、その学問の名前で呼ばれるようになる以前は博物学(Natural History)という学問分野に含まれていました。現在の生態学や進化学の礎を築いたダーウィンやウォーレスも、彼らが活躍した19世紀には博物学者(Naturalist)と呼ばれていました。

 

 博物学は別訳の「自然史」としても、自然史博物館や、大学の講義や研究室名として現在も残っています。ただし、博物学は科学としても学問としても、主流とは言い難いでしょう。

 

 種の記載(分類学)は、ダーウィンやウォレスの時代から博物学の中心分野といえます。一方、生態学や進化学は近年実験的な研究が増え、データ解析、数理モデルなど、多様な手法が展開されるようになっています。行動や生活史の記載だけでは、生態学や進化学の有名雑誌にはほとんど掲載されません。これは、そうした雑誌が仮説検証を重んじるような論文フォーマットであるため、純粋な記載だけの論文には適さないためと考えられます*1

 

しかし、ここ最近、生態学や進化学の雑誌でも、改めて自然史的な研究に焦点をあてるべく、「自然史」コーナーとして論文が掲載されるようになりつつあります。

 

2021年4月現在、そうしたコーナーの現状を調べてみました。

 

Ecology

Scientific Naturalist

 

Ecosphere

Ecosphere Naturalist

 

 米国生態学会発行の『Ecology』と『Ecosphere』で自然史的な原著論文を掲載しています。『Ecology』誌では「Scientific Naturalist」*2コーナーとして2017年頃より、『Ecosphere』誌では「Ecosphere Naturalist」*3コーナーとして論文が掲載されています。野外で撮影した写真を足がかりに、観察結果やデータをもとに新たな仮説を提示する形の論文が多いようです。『Ecology』では2から4ページの比較的短い短報(Short Communications)的な論文が多い傾向があります。『Ecosphere』はオープンアクセスジャーナルであるため、論文掲載費(APC)が必要となります。

 

American Naturalist

Natural History (Miscellany) Notes

 

 雑誌名『米国の博物学者』から推測できるように、当初(19世紀)は自然史的な論文が多かったのですが、次第に進化学や生態学の論考が増え、最近では数理生物学の論文が多くなってしまいました。しかし、原点回帰ということで、2006年頃から「Natural History Miscellany」というコーナーで論文が掲載されはじめ、現在では「Natural History Note」というコーナー名で継続しています。当初は3,4ページの短い論文もありましたが、現在はフルペーパーと同程度の長さのものが増えている印象です。

 

 『Evolutionary Ecology

Natural History Notes

 

 進化生態学の専門誌においても、「Natural History Notes」コーナーとして、自然史関係の論文を掲載しています。ただ、同コーナーで掲載されている論文を見る限り、本誌の他の論文と大きく違う内容という印象はありません。 

 

Ecology and Evolution

Nature Notes

 

 Wileyが生態学や進化学分野で出版するオープンアクセス雑誌です。2020年から「Nature Notes」というコーナー名で、論文掲載が開始されました。自然史的な観察ベースの記載的な論文が掲載されています。

 

Austral Ecology

Natural History Note

 

 南半球地域をフィールドとした生態学の専門誌においても、「Natural History Note」コーナーとして自然史ベースの論文が掲載されています。

 

Ecological Entomology

Methods and Natural History Articles

 

 英国王立昆虫学会による昆虫生態学の専門誌においても、「Methods and Natural History Articles」コーナーとして自然史ベースの論文が掲載されています。

 

 『Biotropica

 Natural History Field Notes

 

 熱帯生態学保全生物学の専門誌として知られる本誌においても、2021年から「Natural History Field Notes」コーナーとして、野外観察ベースの自然史的な論文を掲載していくようです。

 

  最近になって観察ベースの自然史の論文を掲載してくれる雑誌が増えているようですが、今後も注目していきたいところです。

 

*1:単なる記載は掲載されないと投稿規定に明記してあることも多いです。

*2:もともと米国生態学会発行の『Frontiers in Ecology and the Environment』誌で「Natural History Notes」があったものが終了し、『Ecology』誌にて引き継がれた経緯があります。

*3:投稿規定には詳細が出ていませんが、『Ecology』誌の「Scientific Naturalist」コーナーに投稿された論文が査読の結果(『Ecology』誌での掲載は難しいが)本コーナーへの掲載をすすめられているシーンをみたことがあります。