ハワイの野ブタ:生態系に及ぼす影響

 野ブタとは、文字通り、人によって持ち込まれ野生化したブタです。


 ハワイ諸島は18世紀終わりにキャプテンクックが発見する以前からポリネシアの人々が入植し生活してきました。彼らは、西洋人よりも前からハワイにブタを持ち込んでいました。初期にポリネシア人が連れ来たのは、おそらくアジアイノシシ(Sus scrofa vittatus)に由来するブタであったと考えられています。一方、18世紀以降西洋人はヨーロッパイノシシ(Sus scrofa scrofa)に由来するブタを積極的に導入してきました。


西洋人がハワイにやってきた時にはすでに家畜としてブタは飼われ、野生化したブタを人は狩っていました。ノブタはどれくらいハワイの原生林に侵入し影響を与えてきたのでしょうか。一般には西洋人が入植する以前には、原生林でのノブタの密度は低く、在来生態系にそれほど大きな影響を与えていなかったという意見もあります。


西洋人が持ち込んだブタによってノブタの密度は増えたのでしょうか。また、アジアイノシシに由来するノブタからセイヨウイノシシに由来するノブタに置き換えられてしまったのでしょうか。それとも混合してしまったのでしょうか。近年のミトコンドリアDNAによる解析によれば、ハワイのノブタは、ニューギニアやバヌアツ、ハルマヘラといった太平洋の島々に単一起源をもつブタのクレードに由来していました。つまり、西洋人の入植以前からブタは完全に野生化しており、西洋人が持ち込んだブタ以外の要因によって密度を増やしたと考えられます。


例えば、西洋人の入植によってタンパク源の餌が増加したことがあげられます。ノブタはミミズを好んで食べますが、ハワイにはもともとミミズは分布しておらず、西洋人によって農業用に導入されたミミズはノブタの餌資源を増やしたのかもしれません。



罠で捕らえられたノブタ(マウイ島


 ノブタはハワイの生態系にどのような影響を与えてきたのでしょうか。

 
 ノブタは雑食性が強く、動物から植物までさまざまな生物を食べています。ハワイの植物は、草食哺乳類がいない環境条件下で進化してきました。したがって、そういった草食獣に対する防衛を持たない種類も多いのです。そのため、一部の固有種はノブタによって強い影響を受けてきたと考えられています。例えば、ハワイの雨林では、少なくとも40種類の植物が食べられ、そのうち75%は在来植物だという調査結果があります。また、ストロベリーグアバPsidium cattleianum)のような美味しい果実をつける外来植物は、ノブタの個体群密度を増加させているかもしれません。


逆にノブタによって外来植物を増加させる可能性も指摘されています。ストロベリーグアバの種子はノブタに食べら排泄されることで散布されます。また、ノブタの体表に付着して運ばれる外来植物もあります。つまり、ノブタは在来植物を食べて減らす一方、外来植物を散布して増やすことで、本来あった植生を大きく変えてきた可能性があります。


 ノブタが植生に与える影響を明らかにするために、植生をフェンスで囲いノブタを排除することで植生変化が調べられてきました。ノブタの排除によって在来植物は確かに回復することがわかりました。しかし、ノブタの排除による外来植物に対する影響はほとんど検出されませんでした。つまり、ノブタは在来植物を減らす傾向があるものの、外来植物には(たとえ食べていても)ほとんど負の影響を与えていないことを示しています(参考:食べる方から見た場合:植食者は外来植物を好んで食べるか?)。


 またノブタによる直接的な影響だけでなく、間接的な影響も指摘されています。例えば、ノブタの摂食行動により、ある種の林床植物の花蜜量が減少し、これをエネルギー源としている森林性鳥類に強く影響が生じる場合があります。また、ノブタによって蚊の発生源(倒木、切り株上の水たまりなど)が増加し、蚊が媒介する鳥マラリアによって在来鳥類に対して強い影響を与えています(参考:ハワイミツスイ類が絶滅した原因)。


 では、ノブタによる在来生態系への影響をどのように防いだら良いのでしょうか。一般には、外来のノヤギやノブタなど大型哺乳類は島から完全に排除するのが望ましいと考えれています(つまり根絶)。実際、ガラパゴス諸島小笠原諸島などでは、ノヤギは島ごとに根絶させられています。ノブタについても小笠原諸島では根絶されました。


しかし、ハワイ諸島ではすでにノブタ狩りは古くから住んでいるポリネシア人の大事な文化の一つとなっています。したがって、先住民の文化を守るという見地からすれば、ハワイ諸島では(たとえ技術的に可能であっても)ノブタを根絶するという方向性は難しいようです。


結局、重要な植生帯から(フェンス等で)ノブタを排除したり、罠などを使って密度が増えすぎないようにコントロールするしかないのが現状です。


文献
Nogueira-Filho SLG et al. (2010) Ecological impacts of feral pigs in the Hawaiian Islands. Biodiversity and Conservation 18: 3677-3683.