研究は学術論文として発表されてはじめて世間に認知されることが多いでしょう。しかし、どのような経緯で研究を始め、進めてきたかについては、論文にはほとんど書かれていません。新聞や雑誌の記者が研究者に取材して内容を伝える場合がある一方で、研究者自身が随筆風に書籍やブログで考えや研究内容を述べることがあります。 研究者を志望する学生や初学者がそうした経験談から学ぶことは多いと思います。私自身、学生時代、そうした文章を読むことで自らの研究の参考にすることがあったし、研究を行っていく上での動機にも影響を受けていたようにも思います。
そういうこともあり、身近な学生には、研究者自身が研究の経過を記したエッセイを読むことを勧めています。ただし、学生が自ら本を購入して読むことを期待するよりも、まずはこちらで購入し、学生が気軽に手に取れるよう研究室などに揃えておくことが重要ではないかと考え、最近その準備を進めているところです。
研究室の書棚に加えたい一冊を、ここで紹介したいと思います。
米国ヴァンダービルト大学所属のケン・カタニア博士(Dr. Kenneth C. Catania)は、ホシバナモグラやデンキウナギといった一風変わった動物を対象に、神経科学や行動学の視点から精力的に研究を進め、著名雑誌に多数の論文を出版しています。2020年に『Great Adaptations: Star-Nosed Moles, Electric Eels, and Other Tales of Evolution’s Mysteries Solved (English Edition)』という自身の研究を紹介する書籍を出版しました。その日本語訳が2022年に出版されています。ずいぶん前に同書を読んで本記事を書いていたのですが、原著論文などをチェックしたりしているうちに公開が遅くなってしまいました。
翻訳のタイトルが原題とはずいぶん違っていてかなりフランクな本の印象を抱いてしまいがちですが、本格的な動物の神経科学や行動学の視点から、自身の研究を紹介するエッセイとなっています。
カタニア先生は、キモい生きものに夢中!:その不思議な行動・進化の謎をとく
↓ 上記の本についてのプレゼンテーション(英語)
https://www.youtube.com/watch?v=3gFUHFlHgGA
上記、下記にリンク先を示しているように、関連する動画をYouTubeで視聴できるようになっているのも良かったです。もちろん、原典となる原著論文も明記されています。
研究者が、自身の半生とともに、主要な研究内容を紹介してくれる本は非常に勉強になります。一線の研究者が数十年にわたって打ち込んできた研究は、もちろん一冊の本で内容のすべてを網羅することはできず、それゆえに重要トピックを厳選しさらに要約してあり、内容の濃さを感じました。
これまでも一流研究者のエッセイや自叙伝を読んできましたが、こういう本はどんなに優れた研究者でも1人1冊しか書けないのではないでしょうか。2冊目を出したとすると、やはり1冊目と重複するところも出てくるし、やや細かい話も含まれるため、1冊目よりも内容が薄くなるような気がします。例えば、たくさんエッセイを出版されているハインリッチ博士(Dr. Bernd Heinrich)でも、やはり最初の『ヤナギランの花咲く野辺で: 昆虫学者のフィールドノート (自然誌選書)』(In a Patch of Fireweed: A Biologist’s Life in the Field (Biologist's Life in the Field) (English Edition))が一番おもしろく感じられました。
また、本書の翻訳は非常に読みやすく感じました。生物系の洋書の翻訳では、生物の学名や和名の知識が不可欠で、文系出身の翻訳者ではその点に不満を感じることが多々あります。自然史系の本では渡辺政隆さんの翻訳が個人的には非常に好きなのですが、翻訳者においても次世代への引き継ぎが重要です。その点、本書の翻訳者の今後のさらなる活躍を応援したいです。
本書で紹介されているカタニア博士の研究成果を原著論文とともに箇条書きで以下にまとめてみました。
本で紹介される研究内容(と原著論文)
・ホシバナモグラの星鼻(触覚器)の各機能を大脳新皮質に正確に再現できる。
Catania KC et al. (1993) Nose stars and brain stripes. Nature 364: 493.
・ホシバナモグラは哺乳類最速で捕食する。
Catania KC & Remple FE (2005) Asymptotic prey profitability drives star-nosed moles to the foraging speed limit. Nature 433: 519–522.
・小型半水生哺乳類は水中でも臭覚を有する。
Catania KC (2006) Underwater ‘sniffing’ by semi-aquatic mammals. Nature 444: 1024–1025.
・ミミズは土中のモグラの振動を感知して地上に這い出る。
Catania KC (2008) Worm grunting, fiddling, and charming—humans unknowingly mimic a predator to harvest bait. PLoS ONE 3(10): e3472.
・ミズベトガリネズミは水中での獲物の動きと臭いを探知して捕食する。
Catania KC et al. (2008) Water shrews detect movement, shape, and smell to find prey underwater. Proceedings of the National Academy of Sciences USA 105: 571–576.
・ヒゲミズヘビは獲物(魚)の逃避先を予測して捕獲する。
Catania KC (2009) Tentacled snakes turn C-starts to their advantage and predict future prey behavior. Proceedings of the National Academy of Sciences USA 106: 11183–11187.
・ヒゲミズヘビは生まれてすぐに学習なしに獲物(魚)の逃避先を予測した捕獲方法をとる。
Catania KC (2010) Born knowing: tentacled snakes innately predict future prey behavior. PLoS ONE 5(6): e10953.
・モグラはステレオ臭覚で獲物の位置を正確に探知できる。
Catania KC (2013) Stereo and serial sniffing guide navigation to an odour source in a mammal. Nature Communications 4:1441.
・デンキウナギは電流で獲物の神経系を乗っ取り痙攣させ(存在を探知した後)硬直させて捕食する。
Catania KC (2014) The shocking predatory strike of the electric eel. Science 346: 1231–1234.
・デンキウナギは高圧電流で獲物の正確な位置を探知できる。
Catania KC (2015) Electric eels use high-voltage to track fast-moving prey. Nature Communications 6: 8661.
・デンキウナギは自身より大きな天敵に対して水上から飛び出し下顎を押し付けて感電させる。
Catania KC (2016) Leaping eels electrify threats, supporting Humboldt’s account of a battle with horses. Proceedings of the National Academy of Sciences USA 113: 6979–6984.
・デンキウナギによる水上での電撃を自らの腕で受け電流値(40–50 mA)を測定する。
Catania KC (2017) Power transfer to a human during an electric eel’s shocking leap. Current Biology 27: 2887–2891.
・ワモンゴキブリ成虫は寄生者エメラルドセナガアナバチを蹴り飛ばす。
Catania KC (2018) How not to be turned into a zombie. Brain, Behavior and Evolution 92: 32–46.
関連動画
↓ ホシバナモグラの採餌行動
↓ ヒゲミズヘビの捕食行動
↓ ミミズの逃避行動
↓ デンキウナギの捕食行動
↓ デンキウナギの防衛(反撃)行動
↓ エメラルドセナガアナバチに対するワモンゴキブリの防衛(反撃)行動
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