陸生のウズムシ:最強の外来種?

 プラナリアウズムシ綱 Turbellaria)は生物の教科書に頻出するため一般にもよく知られた扁形動物(Platyhelminthes)でしょう。体の一部を切断しても、その切断片から一つの個体に再生可能なことで知られ、このため生物実験によく使われているわけです。


一般によく知られているウズムシは通常河川などに生息する淡水生の種です。しかし、ウズムシ類には陸上に進出したグループがいます(リクウズムシ類)。日本でも雨上がりや夜間に地表を徘徊しているリクウズムシを目にした人はけっこう多いのではないでしょうか。


世界中でさまざまなリクウズムシが知られていますが、多くの種は他の動物を食べる捕食者です。例えば、ナメクジやカタツムリを捕食する種、ミミズを捕食する種、節足動物を捕食する種などが知られています。通常はさまざまな種を捕食する広い食性幅をもっていますが、とあるアフリカ産のある種は、シロアリの巣の入り口で待ち伏せしてその働きアリを専ら捕食するという特殊なものもいます。


 さて今回の本題です。カタツムリを主に捕食するニューギニアヤリガタリクウズムシPlatydemus manokwari)という種が知られています。数十年前に、ニューギニア島にてアフリカマイマイを捕食している行動を観察されたことをきっかけに、アフリカマイマイ防除のためにさまざまな地域に導入されることになってしまいました(参考:最大最悪の外来種)。



ニューギニアヤリガタリクウズムシ(左が頭部、一対の眼がある;Sugiura 2010より)


現在、定着してしまった地域は、モルジブ、豪州クイーンズランド、トンガ、バヌアツ、サモア仏領ポリネシア、ポナペ、フィリピン、沖縄、小笠原、マリアナ諸島ハワイ諸島と主に熱帯の島々です。


ところが、ニューギニアヤリガタリクウズムシは巨大なアフリカマイマイを襲うよりも、他の在来の陸貝類を容易に捕食するため*1ヤマヒタチオビと同様に、在来生物相に悪影響を及ぼす外来種となってしまいました(参考:生物的防除が落とした影 肉食のカタツムリ)。ニューギニアヤリガタリクウズムシは通常地表を徘徊していますが、時に樹上にも登るため、ほとんどすべての陸貝類がターゲットとなってしまいます。


また、ヤマヒタチオビを含め、多くの陸貝類は卵から繁殖個体まで数ヶ月かかるのに対し、ニューギニアヤリガタリクウズムシは数週間で繁殖を行えるほど極めて成長がはやいのです。つまり、ニューギニアヤリガタリクウズムシは好条件下では短期間で密度を急激に増加するため、成長の遅い固有陸貝類に対して高い捕食圧を与えることになります。


例えば、グアム島小笠原諸島父島では、ニューギニアヤリガタリクウズムシの侵入によって固有陸貝類たちの多くが絶滅の危機に瀕しています(一部絶滅)。


父島において実験的に放たれたカタツムリのうち、9割以上がわずか1週間でニューギニアヤリガタリクウズムシによって捕食されたことが報告されているほどです。



タツムリを集団で襲うニューギニアヤリガタリクウズムシ(陸貝の軟体部のみを食べるため殻は残される)


しかも強力な捕食者であるヤマヒタチオビさえも容易に捕食してしまうほどの強者です。実際、父島ではニューギニアヤリガタリクウズムシ侵入後はヤマヒタチオビもほとんど見られなくなってしまったようです。


ヤマヒタチオビは陸貝類しか食べないので、陸貝類の減少とともにその個体群密度も減少します。ところが、ニューギニアヤリガタリクウズムシは陸貝だけでなく別種のリクウズムシ、ミミズ、ダンゴムシなど動きの遅い土壌動物ならなんでも捕食し、しかも死体までも食べるという食性の広さです(しかし陸貝をより好む)。このため、父島では陸貝類が減少もしくは絶滅した後でさえも、高い密度で生息しているという状態です。



ミミズを集団で襲うニューギニアヤリガタリクウズムシ(高密度下でも共食いがおこらない;Sugiura 2010より)


 ただし、グアム島や父島ではニューギニアヤリガタリクウズムシが高い密度で生息しているのにもかかわらず、ハワイ諸島(たとえばオアフ島)などでは、依然密度は低いままです。侵入の歴史、導入圧、気候の差、もしくは他生物との相互作用の違いなど、いずれがその個体群に影響しているのかわかりません。外来種の動態やその影響を予測するのはなかなかに困難です。


参考文献
Ogren RE (1995) Predation behaviour of land planarians. Hydrobiologia 305: 105-111.


Jones HD, Cumming MS (1998) Feeding behaviour of the termite-eating planarian Microplana termitophaga (Platyhelminthes: Turbellaria: Tricladida: Terricola) in Zimbabwe. Journal of Zoology 245:53-64.


杉浦真治(2009)侵略的外来生物ニューギニアヤリガタリクウズムシの生態と固有陸産貝類への影響. 地球環境 14: 25-32 (PDF:1.6MB) [本種の2009年以前の研究に関する総説(文献リスト含)]


Sugiura S (2009) Seasonal fluctuation of invasive flatworm predation pressure on land snails: Implications for the range expansion and impacts of invasive species. Biological Conservation 142:3013-3019.


Sugiura S (2010) Prey preference and gregarious attacks by the invasive flatworm Platydemus manokwari. Biological Invasions 12:1499-1507.


参考ページ
Glabal Invasive Species Database (世界の外来種ワースト100)
http://www.issg.org/database/species/ecology.asp?si=133&fr=1&sts=


 ちなみにコウガイビルとよばれる動物もリクウズムシの仲間です。かつて女性が髪をかき上げるときに使っていた「笄(こうがい)」に、その平べったい頭部が似ていることから名付けられた名前です(参考:本草書の中のコウガイビル)。また、ヤリガタリウズムシという長い名前は、コウガイビルとは異なり槍型(やりがた)の頭部をもつウズムシ(渦虫)に由来しています。



ミスジコウガイビル(世界各地に定着している外来種でミミズを専門に食べる)


 コウガイビルニューギニアヤリガタリクズムシを含め、淡水性種と同様に切断片から容易に個体へと再生可能です。


 最強かもしれません・・・。

*1:ウズムシ類は、口は頭部になく、なんと腹部に内蔵されています。捕食する時には餌動物に腹部をあてて口がにょきっと伸び出して食べます。カタツムリを食べる時は、殻内部に腹部を入れて食べます。一般に想像しうる動物とはかけ離れた形態と生態をもっているのかもしれません。