生物的防除が落とした影(2)ハワイの導入寄生蜂

 アフリカマイマイ防除のために放ったヤマヒタチオビが、固有カタツムリたちを滅ぼす結果になったことは一つの悲劇でした(生物的防除が落とした影 1)。


 ハワイは、害虫にとって天敵がいない天国のようなところですから(天敵解放仮説)、その農作物への被害は大きいことが知られています。そこで、この100年(とくに世界大戦前後にかけて)、「生物的防除の実験場」と言われるほど、大量の天敵が放たれたそうです。本来ハワイのような海洋島は、「進化の実験場」として貴重な生物の宝庫であったわですが、現在では「外来生物の実験場」といって良いほど外来種の宝庫になってしまいました。


 さて、害虫の多くは昆虫(の幼虫)で、その天敵として様々な種類の寄生蜂が導入されてきました。この100年間に少なくとも122回にわたって寄生蜂と寄生蝿が天敵として放たれたことが記録されているそうです。もちろん、そういった天敵は農地に放たれたわけですが、それらの天敵が自然生態系にも侵入し、在来生物群集に影響を与えながら組み込まれてしまっていることが最近明らかになっています。


 ハワイ諸島カウアイ島にある Alakai Swamp 保護区の自然生態系において、2年間にわたって、60の植物種(固有47種、非固有在来6種、外来7種)から、46種(固有54種、外来4種)2112個体のガの幼虫を採集し、室内飼育によって、216個体の寄生蜂を羽化させた。


植物とガ類の固有種の高い割合に比べ、寄生蜂では羽化した216個体のうちなんと83%もが以前に生物防除目的で放たれた導入種であった。また、14%が意図せずに持ち込まれた外来種で、在来種(固有種を含む)はたった3%にすぎなかった。また、防除目的の導入寄生蜂はすべて1945年以前に放たれた種であった。つまり、長い期間にわたって、この地のガ類群集は外来寄生蜂によって影響を受け続けてきた可能性が高い。



Henneman ML, Memmott J (2001) Infiltration of a Hawaiian community by introduced biological control agents. Science 293: 1314-1316.


 この論文では、非常に多くの興味深い点が示唆されています。一つは、以前に紹介したハエトリナミシャクハワイカザリバガについても寄生状況を調査していて、いずれも外来寄生蜂は羽化してこなかったことです*1。ハエトリナミシャクの幼虫自体が寄生蜂を捕えて食べることができそうだし、カザリバガ幼虫は特殊なケースで身を包んでいることが功を奏したのかもしれません。


二つめは、在来寄生蜂の少なさです。本土や他の地域では考えられない種数と個体数の少なさです。在来種のリストをみると、アリガタバチ科の Sierola の未同定種が含まれていますが、実は、この属はハワイで適応放散をとげた固有種が極めて多いことで秘かに有名です(180種以上!)。しかし、研究が進展していないこともあって、もともと固有ガ類に寄生していた寄生蜂が少なかったのか、導入寄生蜂による競争排除を受けたのか、他の要因が関与しているのか、よくわからないようです。


三つめは、最も優占していた寄生蜂が、広食性のコマユバチの一種であったことは、ヤマヒタチオビと同じ失敗であることを示唆しています。つまり、導入天敵として、広い食性をもつ捕食者というのは、標的外の在来生物に強い影響を与える可能性があるからです。また、今回導入種として検出されたのは、いずれも1945年以前の古い時代に放たれた種であったことも重要でしょう。それ以後にもたくさんの種が導入されていますが、適切に行われたという可能性があるからです(しかし、将来、影響を与えうることは否定できないですが)*2。


 この論文が発表された頃、私は修士課程の大学院生として京都の雑木林で寄生蜂群集を調査していました。そのこともあって、出版当時、熱意をもって読んだことが思い出されます。当時は、外来種やハワイで研究をすることは全く予感していなかったのですが、当時から今にいたるまで読むたびにこの短い論文の中に含まれている重要な示唆に新たに気づきます。


要約してみると、ハワイという固有性の高い生物群集で、生態学的にも満足できる定量的なデータをとって(定量的な食物網の作成も行っている)、なおかつ、人間活動による強いインパクトを検出したという研究です*3。




*1 ただし Hawaiian Insects and Their Kin には、ハエトリナミシャク幼虫に寄生していたヒメバチの写真が掲載されています(おそらくカウアイ島ではなく、別の島)。


*2 現在、生物(的)防除は、きちんとした飼育実験やさまざまな厳重な体制で行われていることが多いようです。「生物防除=悪」という主張を行っているわけでは全くありません。また、生物防除のために導入した種が在来生物に及ぼす影響が大きいのは、ハワイといった海洋島という特殊な状況に多いのも事実です。


*3 この論文に登場する植物、ガ、寄生蜂の関係が、ウェブ上で写真とともに公開されています。Scienceに論文が掲載されているだけでなく、こうした自然史的な記述もしっかりと残しておくなど、生態学者のスタイルとしては見習いたいです。


Moths of the Alaka`i Swamp(アラカイ湿原のガ類)
http://hal.umwestern.edu/shares/envirosci_share/laurie/lepidoptera/welcome.htm