新種のオドリバエにみられる珍奇な前脚

 英国王立協会の速報誌 Biology Letters にて新種記載されたオドリバエの前脚が謎めいていておもしろい。


 オドリバエ科(Empididae)といえば、成虫は捕食性で、オスは餌(小昆虫)を捕まえ、それをメスにプレゼント(婚姻贈呈)して交尾するというちょっとキザな昆虫です。その交尾習性の多様性もさまざまで、その行動は進化生物学的にも注目されてきました。



オドリバエの一種(新種とは別種)の交尾:メスがプレゼントを受け取りその後交尾している:Photo by Onno Zweers, Wikipedia


 今回記載されたオドリバエ科の一種(Empis jaschhoforum)の形態を詳しく調べると、前脚(第3・4附節)が極端に肥大化しているオスがいたのです(すべてのメスは肥大化していない)。しかも、興味深いことに、調査した33個体のオスのうち、右脚または左脚のいずれか片方が肥大化しているのがが14個体(42%)、両脚とも肥大化している個体が1個体(3%)、そして両足とも肥大化していない個体が18個体(55%)見られたことです。


本種の画像は以下のサイトで見られます
Séduction chez les mouches : un large "pied" peut passer pour un cadeau


つまり同種のオス個体にもかかわらず、前脚の形態に4型が存在していたのです(右脚だけ肥大、左脚だけ肥大、両足とも肥大、いずれも肥大せず)。極端に大きく肥大した前脚を両方持っているのはいかにも変ですが、右脚もしくは左脚のいずれかに持っているのも非対称で奇妙です。


 なぜこんな珍奇な形態が進化してきたのでしょうか? 


先にオドリバエ類は交尾前に餌をプレゼントすると書きましたが、中にはメスをだまして交尾しようというオスがいます。例えば、ある種のオスは植物の種子や、糸で紡いだ「フェイク」を使ってメスをだまして交尾します。つまり、この肥大化した脚をフェイクにメスと交尾しようとしているのかもしれません。しかし、この仮説では両脚とも肥大化していないオス個体の存在を説明できません。


一般にこのような特殊な形態と体サイズには重要な相関関係があります。つまり肥大化した前脚にはなんらかのコストがある可能性があります(例えば飛翔能力が低下するとか)。


加えて、多型維持には頻度依存選択が関わっているかもしれません(例えば個体数が多い型が不利になる、つまりメスに選ばれにくいとか天敵に捕食されやすいとか)。


いずれにしても、この奇妙な形態とその多型維持の謎を明らかにするには、その生態を知る必要があるでしょう(本論文では新種記載とその形態にもとづいて議論しているだけで、生態は不明)。


文献
Daugeron C et al. (2010) Extreme male leg polymorphic asymmetry in a new empidine dance fly (Diptera: Empididae). Biology Letters, online published.


 特筆すべきことに、この新種は10年ほど前に富士山山麓(標高1600-2000m)にてマレーズトラップで採集された個体にもとづいているということです。そこそこの個体数が採集されているので、今後本種の生態が明らかにされ、この奇妙な形態の秘密が明らかになるかもしれません。