孀婦岩における島の法則

 先日放映された「ダーウィンが来た!」の「世界初調査!東京の秘境 孀婦(そうふ)岩」は楽しめました。

 

伊豆諸島最南端において、海上からほぼ垂直に100mも突き出た巨大な岩(孀婦岩)を調査したところ、本州などに見られる種(個体)に比べて巨大化したウミコオロギ(未記載種)やイソハサミムシを発見したというドキュメンタリー番組です。

 

 島で昆虫が巨大化するという現象自体、私自身は大変興味をもって観ました。しかし、番組内での解説で、二点ほど気になる部分がありました。

 

 一点目は、番組内で「普通、島に棲む生き物は体が小さくなるのが一般的です。例えば、九州の屋久島に棲むサルやシカ、本州のものに比べるとこの通りです(小さくなります)」という説明にひっかかりました*1。確かに例で述べられたような大型脊椎動物では島で小型化(矮小化)しますが、逆に小型脊椎動物では大型化(巨大化)することがよく知られています。これはフォスターの法則、もしくは島の法則と呼ばれるものです。この法則、10年ほど前にじっくり勉強したことが思い出されます。

 

島が大きくなると体サイズが増加する?

島の法則 Island Rule(1)動物の巨大化と矮小化

島の法則 Island Rule(2)ヒトも島では小型化した?

島の法則 Island Rule(3)巨大化した鳥たち

島の法則 Island Rule(4)一般性への批判

島の法則 Island Rule(5)昆虫や植物は?

 

 Wikipediaでも「島嶼化」という項目で解説されています。

 

つまり、「島に棲む生き物は体が小さくなるのが一般的です」というよりも、「大型動物は島で小さくなるが、小型動物は島で大きくなるのが一般的です」とするほうが生態学、進化学では一般的です。

 

大西洋のセントヘレナ島で世界最大のハサミムシが生息していたように、昆虫の巨大化が孀婦岩だけに起こった現象というわけではありません。もちろん、孀婦岩での発見自体は大変貴重なものであるのは間違いありません。

 

以下のサイトで、孀婦岩で設置されたベイトトラップ*2に一晩でかかった大量のハサミムシの動画を視聴できます。

 

ベイトトラップにかかった大量のイソハサミムシ動画

www.nhk.or.jp

 

 二点目はウミコオロギとイソハサミムシの巨大化プロセスについてです。番組内で解説されていたように、孀婦岩のような絶海の孤島では捕食者がいないため、昆虫が巨大化しても捕食されにくいという背景があることは間違いないでしょう。ただし、巨大化したプロセスの中で、「ライバル(ウミコオロギvs.イソハサミムシ)と獲物を奪い合っているうちに互いに巨大化の方向に進化したというんです」という説明についてはあまりピンときませんでした。そもそも、孀婦岩において奪い合うほど食べ物が限られているのでしょうか? もし餌資源が限られていたとして、一晩で大型個体が200頭も捕獲できるほど密度が高いのはなぜでしょうか?

 

 孀婦岩には草はほとんど生えておらず、一次生産からはじまる食物網(生食連鎖)は乏しいのは確かでしょう。しかし、孀婦岩を営巣場所や休息場所として利用する海鳥が海から運んでくる資源はかなりの量と推測されます。ウミコオロギもハサミムシ*3も基本的には雑食性で、動物の遺体を餌資源にしています。つまり、これらの餌となる海鳥の吐き戻し、雛のために持ち込んだ魚の残骸や雛の糞、遺体が孀婦岩には豊富にみられるのではないでしょうか。実際、番組でも孀婦岩には多数の海鳥が生息しており、また雛の死体が観られました。

 

このような、海鳥を介した系外(ここでは海)からの持ち込みは資源流入(allochthonous inputもしくはresource subsidies)と呼ばれています。小さな島では地上部で生産された資源よりも海から供給される資源の方が上回ることがよくあります(参考:島が小さくなるとクモの密度が増加する)。つまり、海から運ばれた資源(動物遺体や糞、吐き戻し)からはじまる腐食連鎖が孀婦岩の昆虫群集を形成している可能性があります。

 

 絶海の孤島に限らず、鳥の集団営巣地(コロニー)でハサミムシが高密度に見られることは本州でもあります。例えば、田んぼや川、湖沼に普通に見られるサギ類は、森林の樹冠部に集団営巣します。集団営巣地の林床には水界由来の資源(サギのエサの吐き戻し、糞、ヒナの遺体)が豊富で、それらを餌とするハサミムシや昆虫類が多数見られます。茨城県において、サギ類の集団営巣地が見られる林床と、見られない林床でベイトトラップを設置し、捕獲されたハサミムシの個体数を比較したのが以下の図です。集団営巣地ではトラップあたり多い場合で300個体近くのハサミムシが捕らえられている一方、営巣が見られない林床(対照区)ではほとんど捕らえられていません。

 

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図. サギ類の集団営巣地と対照区(非営巣地)でベイトトラップによって捕獲されたハサミムシの個体数比較(Sugiura & Ikeda 2013より描く)

  

つまり、豊富な動物遺体がある環境では、ハサミムシが非常に多く生息しているということです。孀婦岩において、一晩のベイトトラップに200頭近い大型イソハサミムシが捕獲されており、この高い密度を支えるほどの豊富な餌資源が孀婦岩にあると推測されます。*4

 

 昆虫は一般的により大型のメスほど産卵数は多いことが知られています*5。つまり、天敵が不在で捕食されるリスクが少ない条件下では、餌資源が多ければ多いほど、大きく成長して多くの子孫が残せます。

 

したがって、ウミコオロギやイソハサミムシの巨大化をもたらした大きな要因は、強力な捕食者がいないことに加えて、海鳥によってもたらされた豊富な餌資源にあるのではないかと考えております。もちろん番組内で紹介されていた仮説が間違いというわけではありません。いろいろな解釈、仮説があって良いと思います。今後のさらなる研究を楽しみにしています。

 

*1:つまり、普通とは違う現象が孀婦岩で発見されたと番組では解説しているわけです。

*2:ベイトトラップというのは、餌をいれた捕獲罠です

*3:ハサミムシは「はさみ」で他の昆虫を捕え、食べることもあります。

*4:もちろん、代替仮説として、餌資源が極めて乏しいので1つのベイトトラップに島中のハサミムシが多数集結したという可能性も考えられます。

*5:オスは体サイズが大きいほど子孫を増やせるかどうかは種によります。ただし、ある種のハサミムシではメスにとって大型オスと交尾するほうが利点があることが知られているようです(Kamimura 2013)。