海外メディアの取材と対応

 毎日、世界中で多くの科学論文が出版され、同時に最新の論文に関する記事がさまざまなメディアに取り上げられています。では、メディアの記者がどのように論文の出版を知り、出版と同時に記事にすることができるのでしょうか。

 

論文を書いて出版をしている研究者の人には当たり前のことかもしれませんが、それ以外の人にはあまり知られていないプロセスかもしれません。

  

 科学関係の記事が出版される海外メディアにはどういうものがあるのでしょうか。下の図を御覧ください。

 

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Infographic: The Best And Worst Science News Sites (American Council on Science and Health) 

www.acsh.org

 

 図では、各メディアのロゴ(名前)が2つの軸からなる散布図としてしるされています。米国科学衛生審議会(American Council on Science and Health)が作成したものです。詳細は「科学ニュース、どのサイトなら信頼できる?主要海外メディアのインフォグラフィックが公開」の記事にあります。

meridia.tech

 

 ようは、科学や医学の記事については、図の左上にあるほど信頼性があり、右下ほど質が低いメディアということになります。科学者自身がこぞって投稿するネイチャー(Nature)やサイエンス(Science)が最も科学的証拠に基づく信頼性の高く、デイリー・メイル(Daily Mail)とかハフィントン・ポスト(The Huffington Post)が科学的証拠に乏しい信頼性の低い記事を多く載せている傾向があるということになります(この見解には異論はもちろんありえます)。

 

 最新の学術論文がメディアにとりあげられるのにはいくつかのパターンがあります。最も多いのは、掲載雑誌の出版社や論文著者の研究機関によるプレスリリースをもとに記事が書かれることです。論文を受理した出版社や論文を執筆した著者は、当該論文の出版に先駆けて(例えば1週間前)、プレスリリースを行うことがあります。プレスリリースというのは、メディア向けの素材提供です*1科学ジャーナリストや記者はこのプレスリリース素材をチェックし、必要に応じて出版予定の論文にアクセスしたり著者に取材し、記事を書くことができます。そして、その記事は解禁日(通常は論文の電子出版日)に公開するという流れです。メディアはこのプレスリリースで知り得た内容を解禁日前に公開することは禁止されています。その他のパターンとしては、すでに出版された論文について記者が取材を行ったり、メディアにすでに取り上げられた論文について二次的に記事にしたりすることもあります。

 

 1年半くらい前に、私自身が執筆した論文が多数の海外メディアにとりあげられたことがあり、どのような取材を経て記事になるのかを体験できました。時代によってそのスタイルも変遷するとは思いますが、今回の体験(2018年2月)をメモとして残しておこうと思います。以下、代表的なメディアごとに記します。

 

National Geographicナショナル・ジオグラフィック

 

 米国に本拠地を置く「NatGeo(ナショジオ)」としてよく知られている媒体です。伝統ある雑誌を出版し、英語を筆頭に数十カ国語で発行されています。紙媒体の雑誌がかつては主流でしたが、現在はオンライン記事も充実しており、最新の研究成果もウェブサイト上で取り上げられています。

 出版社のプレスリリースをチェックしたようで、NatGeoによく記事を書いているらしいフリーのライターから電子メールが届きました。論文内容について取材がしたいので都合の良い時間帯と電話番号を教えてくれというものでした。もちろん、英語での会話のやりとりは大変なので、質問事項を電子メールで送ってくれとお願いしました。その後、6つくらいの質問事項がメールで送られてきて、それに答えました。また、Dropboxの共有リンクで記事に使用可能な動画と画像を提供しました。

 その後は、NatGeoのビデオ・プロデューサーとフォト・プロデューサーから別々にメールが届き、動画や画像の編集と使用についての許可関係について説明されました。内容としては、動画や画像が世界中に様々な言語で配信されることなどが明記されていました。

 ライターによって執筆された記事は、論文出版日にオンライン記事として配信されました。記事内の動画は最終的にはYouTubeのNatGeoの複数チャンネルからも配信されました。最終的には日経サイエンスナショナル・ジオグラフィック(日本語版)のオンライン記事として翻訳され掲載されました。

 配信後、英語記事においてクレジット上の問題があったのと、記事や動画から原著論文へのリンクを貼ってももらえず(通常の英語記事にはリンクがある)、記事を書いたライターや上記プロデューサーにメールを送ったのですが、そのまま放置され改善されませんでした*2。憧れのNatGeoでしたが、やや不満が残りました。

 

Science Magazine

 

 米科学誌Science(サイエンス)を発行するAAASが配信するメディアです。オンライン記事として最新研究成果なども配信しています。

 論文に関連する動画や画像を使用可能かどうかについて電子メールで問い合わせがありました。生態学Ph.Dをとり、Science Magazineで編集者をやっている方のようでした。Dropboxへのリンクを送り、その後は動画の使用許可やクレジットについてやりとりました。特に、論文内容への質問はなく、事前の記事チェックもありませんでした。

 記事は論文出版日にオンライン記事として配信されました。記事内の動画はYouTubeのScience Magazineのチャンネルからも配信されています。クレジットも原著論文へのリンクも適切で良い印象です*3

 

Nature

 

 英科学誌Nature(ネイチャー)は有名ですが、最新論文以外にも科学にまつわる様々な話題についてのオンライン記事も配信しています。 

 「Research Higlights」という最新論文を紹介するコーナーの記事としてとりあげたいと電子メールが届きました。メールにはすでに書き上がった文章(記事の草案)が添付されており、間違いがないかチェックしてほしいとのことでした*4。Nature専属かどうかはわかりませんでしたが、Ph.D.をもつ記者でした。論文の内容を、大げさでなく、要領よくまとめられていました。その後は、photo researcherから画像を求められたりしました。

 記事は論文出版日に「Research Higlights」のオンライン記事として配信されました。クレジットも原著論文へのリンクも適切でした。掲載画像は静止画ではなく、動画をもとにしたGIFに編集されていました。「Research Higlights」ではGIFの記事あまり観たことがなかったので新鮮でした。なお、紙媒体にも記事として掲載されているらしいのですが、今や日本では紙媒体での販売を行っていないため未見です。

 

The Atlantic

 

 米国の一般向け雑誌で、科学以外にも文芸、政治、外交などについての記事も多いようです。

 The Atlanticの科学ライターから論文に関連する7つの質問が電子メールで送られてきました。丁寧に質問に答えて、Dropboxのリンクを送り、動画や画像をダウンロードできるようにしました。

 記事は論文出版日にオンライン記事として配信されました。私たちの研究だけでなく、関連する論文もレビューし、一つのエッセイとしてまとめられていました。ただし、クレジットは明記されていたものの、残念ながら原著論文へのリンクはありませんでした。

 

Science News

 

 米国のサイエンスに関する一般向けの雑誌です。

 プレスリリースをチェックして電子メールが送られてきました。Science Newsの記者からで、論文のおもしろさを讃えてくれ、お話したいのでスカイプか電話番号を教えてほしいとありました。米国東海岸との時差も大きいので電子メールで質問を送ってもらいました。9つもの質問が送られてきて、丁寧に答えました。画像を求められましたので、Dropboxのリンクから画像・動画をダウンロードできるようにしました。 

 記事は論文出版日にのオンライン記事として配信されました。記事内の動画はYouTubeのScience Newsチャンネルでも配信されました。クレジットも原著論文へのリンクも適切で、満足できるものでした。

 

New Scientist

 

 英国の週刊科学雑誌です。

 New Scientist所属の記者から、〆切まで時間がないが、4つの質問に答えてほしいという電子メールが届きました。その後何度か電子メールでやりとりしました。

 記事は論文出版日にオンライン記事として配信されました。ややタイトルが大げさになっていましたが、クレジットも原著論文へのリンクも適切でした。著者(私)らのウェブサイトへのリンクまでありました。

 

Live Science

 

 Purch Groupが運営する科学ニュースのウェブサイトです。

 論文出版後に、Live Scienceの記者から 動画と画像をシェアさせてほしいと電子メールが送られてきました。Dropboxのリンクを送りました。

 オンライン記事では、動画や画像とともに論文の詳細を紹介されました。クレジットも原著論文へのリンクも適切でした。

 

DPA(ドイツ通信社)

 

 ドイツ最大の通信社で、ドイツ国内でドイツ語の記事を配信しているようです。配信した記事を、ドイツの各メディア(オンライン、雑誌、新聞)などが使用するようです。

 プレスリリースをチェックしたのか、電話と電子メールを使って東京支局から連絡がありました。画像等の使用許可と、1,2つの質問がありました。

 記事は論文出版日に、数多くのドイツメディアによって配信されました。ドイツ語なのでほとんど読めなかったのですが、原著論文へのリンクやクレジットは、適切な場合もあれば不適切な記事もありました。

 

Newsweek 

 

 米国の週刊誌で、科学だけではなく政治や社会についての記事が多く、日本でもニューズウィークとして出版されています。

 Newsweek科学ジャーナリストから電子メールが届き、電話番号を聞かれました。電子メールで質問を送ってくれるようお願いしたところ、10を超える質問が送られてきました。丁寧に質問に答え、動画と画像がダウンロードできるようにDropboxの共有リンクも伝えました。

 記事は論文出版日にオンライン記事として動画とともに配信されました。クレジットも原著論文へのリンクも適切でした。

 

  上記以外の記者からも多数電子メールがあって眠れない1週間でした*5。ちなみに、日本語でのプレスリリースを全く行わなかったこともあり、日本のメディアは、ナショナル・ジオグラフィックの翻訳記事を読んだ記者の方が取材してとりあげてくれた1件のみでした。日本の記者は英語のプレスリリースはあまりチェックしていないか、日本人好みではない研究テーマだったのかもしれません。

 

念のため申し上げておきますが、これは私の限られた経験だけで紹介したもので、このようなプロセスを常に経るとは限りません。同じ時期でも記者によっては対応が違うでしょうし、時間が変われば各組織の体制も変わるでしょう。あくまで、個人的経験に基づく私の意見であることをご承知おきください。

 

*1:プレスリリースはウェブサイトへの提示や文書の配布、記者会見などいくつかの手段があります。海外メディア向けには、ウェブサイトへの提示が多いと思います。 

*2:日本語への翻訳時には、担当の方から電子メールをいただき、訳の確認や内容の修正、クレジットは明記してもらえました。ただし、日本語のナショジオの記事はすべて原著論文へのリンクがありませんが、これがなぜなのかは聞き忘れました。

*3:別の論文でも、出版後に別のフリーライターから論文PDFを送ってほしいと電子メールが送られてきたこともありました。論文を読んだその後、記事をための動画や画像の使用許可が求められました。数日後、オンライン記事として動画も含めて掲載されました。その場合もクレジットや原著論文へのリンクなどすべて適切で、満足できるものでした。

*4:出版予定の記事のチェックを依頼してきたのは海外記者ではNatureの記者からだけでした

*5:時差があるので主に深夜に連絡が来て、しかも記事の締切があるとかですぐに返事を求められるのが大変でした