電子付録をいまいち楽しめない理由

 雑誌につく付録といえば、なんだか楽しいものを思い浮かべてしまいます。


 学術論文にも付録があります。といっても、いわゆる付録ではなくて、各論文についている参考資料(補遺:supplement / materials)のようなものです。生態学の論文だと生物種のリストや採集場所・個体数など、分子に関係する論文なら、DNA配列データや系統樹などなど、重要な結果だけれど本文に直接とりこむにはかさばるデータを含みます。


昔は、各論文のおわりにSupplementとして長々とついていることも多かったでしょう。しかし、ネイチャーやサイエンスといった人気雑誌は、各論文の掲載スペースが限られているので、そういったデータは載せられません。それゆえ、本誌には要約のみが載っている感じで、詳しい方法やデータがわからずにその信ぴょう性を判断するのも難しいことが多かったように思います。しかし、最近は、雑誌に掲載できなかった資料は、各雑誌のウェブサイトに電子データとして保存しアクセスできるようになっています。さらに、ネイチャーなどの人気雑誌だけでなく、さまざまな専門誌も同様に電子付録を活用するようになってきました。


 関心のある論文に出会った時、さらなる詳しい情報が電子付録として手に入るというのは喜ばしいことです*1


ところが、電子付録というのができてまだ間もないということもあるのでしょう、活用しにくいということをしばしば感じます。論文自体は雑誌出版社たちの努力によって読みやすい体裁にアレンジされます。これは、PDFでもHTML上で読む場合でもそれなりに満足できる仕上がりです。ところが、電子媒体の情報というのは、論文著者たちが提出したそのままのファイルであることが多いのです*2。つまり、論文のように読みやすい形でアレンジされていません。論文と電子媒体ではファイルのフォーマットも違うし、中身も全く異なった体裁をもっているのです*3


 ちょっと問題だと思うのは、紙媒体で出版している雑誌なのに、参考資料はインターネット上でしか見られないという矛盾です。例えば、一部の出版社の雑誌では、電子雑誌の購読をしていないと電子付録さえもダウンロードできないのです。これは、雑誌自体を読むことができても、電子付録を読むことができない場合もあるということです。


 さらに興味深いのは、すべての論文をインターネット上でのみ閲覧可能なオンライン雑誌にも電子付録があるということです*4。本来、オンライン上で論文を公開するので、その量には制限がないはずなのに、電子付録として別ファイルをダウンロードする必要があることもしばしばです。再解析可能な大量データを(エクセルファイルなどでまとめて)電子付録とするならともかく、論文に直接入れることができるような図表まで電子付録となっている場合もあります。オンライン雑誌と呼びながらも、結局は、各論文はPDFをダウンロードして印刷して読まれることを前提としているのでしょう(パソコン上で読むなら論文PDF内に付録があっても困らないはず)。


 今後、出版社に望むこととして、


・論文と付録の両方を保存しておくのは面倒なので、付録は常に無料でアクセスできるようにする。また、付録をプリントアウトすることを考慮して、論文のPDFと同じように編集する。大手出版社は、極めて高い購読料をとっているのに、その編集費を出せないわけがない(はず)。そもそも、付録となる資料も査読を受けているものですし、多くの雑誌では査読は研究者のボランティアでなされているのですから。


・オープンアクセスの雑誌では、付録も論文のHTMLと同様に(別途)ダウンロードしなくても読めるようする。加えて、付録も本論文と同様に編集し、同じPDFファイルとしてダウンロード可能にする。スタイルとしては、本論文の最後(文献の後)にそのまま追加したら良いでしょう。本論文の最後と資料の境目でページで区切っておけば、PDFファイルから印刷する時にも便利なはずです。


 今後、論文の媒体としてPDFがいつまで続くかどうかはわかりません。とはいえ、電子付録についても利用しやすいように出版社にはしっかり考えて欲しいと思った今日この頃です*5, *6

*1:例えば、動画を観ることができるのはすばらしい。

*2:投稿する原稿のフォーマットだと、そのまま印刷するとページ数がかさむことが多い。

*3:ただし、ごく一部の雑誌で付録も論文と同じようなフォーマットでPDFとしてダウンロードできるようになっている場合もあります

*4:アクセス無料のオンライン雑誌(オープンアクセス雑誌)は、一般に論文1本あたり十数万円から三十万円もの大金が必要です。オープンアクセス大手のBMCシリーズは比較的良い編集だと思うのですが、PLoSシリーズは編集が良くないように感じます。例えば、PLoSシリーズの図は、(OCR処理されていない)画像データとして取り込まれていて、図内の文字がぼやけていてしばしば読みにくい。

*5:ただ、今のところ多くの雑誌では著者の提出したファイルをそのまま電子付録にするので、著者独自のカラーを出した電子付録を作ることも可能でしょう。そういう意味では、あの時は独自の電子付録を作れたのになあ、と残念がる時代が来るかもしれません。

*6:こんな日本語のブログで出版社への希望を書いても意味のないことですが、しばしば出版社からアンケートが回ってくるので、今度意見を書いてみることにします。