論文が受理される喜びとは

 もう長い間やりとりしている論文があります。リジェクト(却下)されたり改訂して再投稿したりというのを毎月のように繰り返しています。


そして今日ついに論文が受理されたというお知らせが届きました。電子メールによると、最終原稿として(一人の)査読者が指摘したコメントに基づいて改訂したものを一週間以内に提出してくださいとのこと。さっそくその指摘コメントをざっと読んでみると、署名入りではないにしても、「私が1987年に発表した論文でこれこれを述べている」といったように明らかにその査読者の名前がわかります。実際、論文ではその研究者の他の研究を引用していたので、この著名な研究者がほぼ署名入りでコメントをくれるとは、私の研究もたいしたもんだと思いました(参考:署名入りコメントに込められた意味)。最後にその査読者はこう締めくくっています。


「この論文には精密でタイムリーで出版すべき理論的な貢献がある。私はこの論文を小改訂の後受理することを推薦する。」


こういう明確な褒め言葉はなかなかもらえないので、大方の研究者なら「やったー」と両手を上げて喜ぶところでしょう。


と、ここでひっかかったのが、「理論的な貢献」という言葉。はて、私の研究は純粋な理論に関する研究ではありませぬ。とはいえ、得られた結論にはある程度の理論的な貢献があるような気もしなくもありません。ともかくも、出版スケジュールにそって一週間以内に最終原稿を提出せよということなので、さっそく改訂しようとコメントに対応する図や文章をチェックすると・・・


私の論文のものと一致しません。


しかもよく読むと、分野的にはかなり近いのですが、私の論文では使っていないような用語が散見されます。具体的な数式に関する内容を読むにいたって、これは私への論文のコメントではない、と判断できました。


 ということで、編集部に確認してもらえるようにメールを送りました。


 それにしても、最近のウェブ上の投稿システムではこういうミスはほとんどおこりえないと思うのですが、どういう原因なのでしょうか。編集長(部) ⇔ 担当編集者 ⇔ 査読者 という流れを考えると、いずれかが間違えたのでしょう。論文タイトルと受付番号は確かに私が投稿したものです。また、ウェブ上のシステムを使えば入力されたコメントをもとに自動的に電子メールが生成されるので、編集長や担当編集者が間違える可能性は低いと思うのです。ひょっとしてこの査読者は実際に私の論文の査読者の一人で、同じ雑誌の複数の査読をかかえており、コメントの(ウェブへの)投稿を取り違えた可能性がなくもありません。その場合でも、担当編集者と編集長という二重のチェックがあることを考えれば可能性が低くも感じられます。やはり担当編集者か編集長かがコメントをコピー&ペーストし間違えたということでしょうか。


 ともかくも、こうして論文受理という知らせとその喜びは夢のようにはかなく消えていきましたとさ。