ゾウ、カバ、シカといった大型哺乳類は、島環境では矮小化(小型化)する傾向にあり、これを Island Rule と呼んでいます。では、同様に大型哺乳類であるヒトはどうなのでしょうか。島国である日本に住む人々は大陸(中国、韓国など)の人々に比べて小型化しているとはいえそうにありません。これは頻繁に遺伝子交流があるためでしょう。では、遺伝子交流がない状態で島に孤立化していた場合はどうでしょうか。
2004年、インドネシアのフローレス島(スラウェシ島の南方にある島)から驚くべき発見が発表されました。成人なのに身長わずか1mしかないヒト化石が見つかったのです。その後、ヒト属の新種として、Homo floresiensis として記載されました(フローレス原人と呼ばれています)。どうも12,000年前くらいまで生息していたようです。
ただし、見つかった複数個体の化石がすべて小型個体であることから、ヒト(Homo sapiens)とは異なる明らかな別種であるという説と、ヒトの病気(小頭症)による個体集団であるという説があって、両者で激しい論争が起こっているようです。
Lieberman DE (2009) Homo floresiensis from head to top. Nature 459: 41-42.
ウェブサイト
Wikipedia 日本語「ホモ・フローレシエンシス」
Wikipedia 英語 Homo floresiensis
フローレス島にはかつて、小型化したゾウや、大型化したカメがいたそうです。もしフローレス原人がヒトの病気個体でないとすると、ヒト属にも Island Rule が当てはまるのかもしれません。しかし、定量的に調べようにもヒト属で隔離された島個体群は他に見つかっていません。では、ヒトが属する霊長類では、島での小型化が実際起こっているのでしょうか。
島に固有の39種(または亜種)の霊長類を使って、最も近い陸地に生息する(祖先)種とで体サイズ(体重、頭ー体長、頭蓋骨長)の関係を調べた。
横軸に大陸種の体サイズ、縦軸に島固有種の体サイズをとり、両者の回帰直線を引き、傾きが1の時は大陸と島でサイズが同じで、傾きが1より大きい時は島の方がより体サイズが大きく(大型化)、傾きが1より小さい時は島の方がより体サイズが小さくなることをを示す(小型化)。
Island Rule のモデル(傾きが1より小さい時、大陸種の体サイズが大きいほど島でのサイズ減少の割合が高くなる)
結果、体重、体長、頭蓋骨長のいずれのサイズ関係においても、多くの種は傾き=1の直線より右側に分布し、回帰直線は傾きは1より小さかった。つまり、霊長類での島での小型化が支持された(また、 Lomolino 2005と同様に縦軸をSiとして調べても同様に Island Rule を支持していた)。
ヒト属が島で小型化したという説は強い批判を受けています。その一つとして、フローレス原人の脳サイズ(380-430cc)は、近縁種(Homo electusは約1000cc、ヒトは約1350cc)に比べて、かなり小さいことがあげられています。一般に体サイズと脳サイズの変異は異なっており、Island Rule による体サイズの減少と同様な脳サイズの減少は起こらないとされています。
しかし最近、島での脳サイズの減少に関する興味深い研究が発表されました。マダガスカルで矮小化した固有のカバと、その祖先種であるアフリカ産種との間で、脳サイズを比較した研究によると、Island Rule による島での小型化は、従来考えられていた以上に脳サイズの小型化も伴うことが明らかなりました。この小型化したカバの脳サイズ減少のモデルを、Homo electus をフローレス原人の祖先種とした時にあてはめると、それほど違和感がない結果になったそうです。
フーロレス原人がヒトの病気個体か、それとも島固有の種や個体群であるか、結論が出るにはもう少し時間がかかるように思います。しかしこのフローレス原人ブームによって、 Island Rule という島の生物学のテーマが注目されているのは、広く科学のあり方を考える上でも興味深く感じます。