種分化に必要な最小の島面積は?

 大きなスケールでの種数ー面積関係を生み出すメカニズムの一つとして「島が大きくなるほど種分化がおこりやすい」ことを紹介しました。


 カリブ海のアノール類の種分化と島面積の関係を調べたオリジナルな論文は2000年にNatureに掲載され、その後「The Theory of Island Biogeography Revisited」の中でも、種分化ー面積関係(speciation-area relationship)について論じられています。


 アノール類では、面積が3000km2以上の大きな島でしか島内種分化(in situ speciation)*1が起こっていないことが示唆されていますが、他の分類群ではどうなのか、より一般的な傾向についてはほとんど明らかにされていませんでした。


 最近、Current BiologyのDispatchFaculty of 1000で紹介されていたので下記の論文を知りました。オリジナルな発想は上に述べたNature論文にありますが、この論文では、他の分類群を網羅的に調べ、加えてそのメカニズムについても焦点をあてています。


 種分化は、群島の大きさや個々の島の大きさによって強く影響を受けていると考えられる。さらに、移動分散能力が異なる分類群間では、その空間スケールもさまざまであろう。


 世界中のさまざまな海洋島(時空間的に隔離度の高いニュージーランドマダガスカル、フィジーなどの大陸島も含む)において、コウモリ類(bats)、食肉類(Carnivora)、鳥類(birds)、被子植物(flowering plants)、トカゲ類(lizards)、チョウ・ガ類(Macrolepidopteraのみ)、陸貝類(land snails)の種分化に必要な最小の島面積を明らかにし、それぞれの分類群の移動分散能力に関連する遺伝子交流(gene flow)との関係を調べた。





 文献検索システム(Web of Scienceなど)によって、38の島(single islands)と26群島(archipelagos)、そして各地域で種分化した471の属をピックアップして解析に用いた。


同じ島(または群島)に見られる同属種において、1祖先種から島内で複数種に分化したものから種分化率を推定した(分子系統関係の情報が得られた場合、同属で島内に複数種をもつ他の可能性、たとえば複数の独立した侵入種については解析から排除した)。


 各分類群ごとの遺伝子交流のデータについては、これまでの研究(既存文献)からのFstの平均値をメタ解析によって算出した(Fst = 0 では全く遺伝的差異がなく、= 1では完全に異なる)。


 結果、種分化に必要な最小島面積は、陸貝のわずか 0.8 km2 から食肉類の 587713 km2 まで大きな違いが見られた。


分類群:種分化に必要な最小島面積(km2):島名


 また、全分類群をプールすると、種分化率は島面積が広くなるほど増加する傾向にあった。分類群ごとに分けて解析しても、被子植物、鳥類、トカゲ類、陸貝類で同様に島面積とともに種分化率が増加していた。コウモリ類、食肉類は島で種分化した種がほとんどなかったが、コウモリ類は最大面積をもつニュージーランドマダガスカルで、食肉類はマダガスカルで種分化が見られた点で、同じ傾向を示しているといえた。しかし、シダ類については、面積と種分化率にいかなる関係も見られなかった。


 島面積以外の要因として、歴史の長さ、標高、隔離の程度などを調べたところ、標高と隔離度もまた重要な要因であった(多くの分類群で島面積が相対的に重要)。


 10-100 km スケールについて各分類群でのFst平均値と種分化に必要な最小島面積との関係を調べると、負の相関がみられた。つまり、小さい空間スケールでも遺伝子交流が妨げられやすい(移動分散能力が低い)分類群ほど、種分化に必要な島面積が小さくなる傾向があった。


 この種分化ー面積関係を生み出すものとして以下のメカニズムが考えられる。

  • 面積が広いほど地理的な隔離を生み出す機会を増加させる
  • 面積が広いほど多様な生息地を含み、新たな種にとってのニッチ空間を増加させる
  • 面積が広いほど大きな個体群サイズを収容できるため、淘汰圧がかかる潜在的な変異の数を増加させる。


 ちなみに、シダ類で島面積と種分化率に関係がなかったのは、シダ類では雑種や倍数化による種分化が、他の分類群よりも頻繁に起こりやすいためかもしれない。


文献
Kisel Y, Barraclough TG (2010) Speciation has a spatial scale that depends on levels of gene flow. American Naturalist 175: 316-334.


 移動分散能力の高いコウモリやチョウ・ガ類よりも、分散能力が低く容易に遺伝的に隔離されやすい陸貝類や被子植物、トカゲ類では、種分化に必要な島面積が狭くなっていくということです。


 細かいデータをみてみると、なぜあの島や群島、種群が解析に入っていないのだろうか、また陸貝の種分化が起こったとされる最小面積の島 Nihoa はかつては大きな島だったのではないか等、気になる点も多々ありますが、重要なパターンを明らかにしているのは間違いないでしょう*2

*1:ここでの島内種分化とは、同所的(sympatric)と異所的(allopatric)の両方を含みます(参考:適応放散と非適応放散)。

*2:とても硬派な論文なのですが、図の中に添えられた各分類群(コウモリとかカタツムリとか)を示す絵がちょっと可愛くて、そのギャップについつい読みたくなった論文でした。個人的には絵や写真があるだけで興味がひかれる傾向にあるようです。