ハワイ固有ハナバチの起源と急速な種分化

 ハワイ諸島にはもともとミツバチやマルハナバチ、ハリナシバチといった社会性のハナバチ類はもともと分布していませんでした(現在では人の手で持ち込まれ定着している)。


社会性ハナバチの女王は、海を渡って隔離された島に渡ることができないことと関係があるようです。例えば、ガラパゴス諸島小笠原諸島ニュージーランドニューカレドニアといったいわゆる海洋島には社会性ハナバチは分布していません。ただし、カナリー諸島にはミツバチやマルハナバチがもともと生息しているので、比較的陸地から近い島には渡っていけるのかもしれません(カナリー諸島は現在アフリカ大陸から最短で約110km離れている程度)。


 では、隔離された海洋島ではどのようなハナバチ類が見られるのでしょうか。ハワイ諸島にはハワイメンハナバチ類(Hylaeus 属: Nesoprosopis 亜属)(ムカシハナバチ科 Colletidae)*と呼ばれる小型の単独性ハナバチ類だけが見られます(60種すべて固有種)。メンハナバチ類は、小笠原諸島の在来ハナバチの50%、ニュージーランドでは86%の種数を占めるように、海洋島ではしばしば優占するグループです(ただしオーストラリアで最も種数が多い)。


これは、メンハナバチ類の多くの種が、植物の茎や枝の穿孔痕を利用して営巣するため、これらが海流に流されて遠くの島へと分散できたと考えられています。しかし、ハワイメンハナバチ類には、(1)植物の茎や枝の穿孔痕を巣として利用する枝営巣タイプと、(2)地面の孔を利用する地上営巣タイプ、そして(3)後者に労働寄生するタイプが知られています。特に(3)の労働寄生がメンハナバチ類に見られるのはハワイだけです。



小笠原固有のイケダメンハナバチ(ほとんどの種の顔に黄色の紋があるため、Yellow-faced beesともよぶ)


さて、種数だけでなく生態的にも多様なハワイのメンハナバチ類ですが、他のハワイの生物についてと同様に以下の疑問がわいてきます。(1)1種の祖先種から分化したのか?(2)その祖先種はどこからやってきたのか?(3)古い島から新しい島へと分散し分化したのか?(4)多様な生態タイプはどのように分化したのか?


 ハワイメンハナバチ60種のうち43種と、Hylaeus 属オーストラリア産4種、北米産13種、日本産2種を加え、MtDNA (COI,II)、tRNA Leucine、そして14の形態形質を使って系統樹を構築した。


結果、(1)ハワイメンハナバチ類は1種の祖先種から分化しており、(2)祖先種に近い種は日本産種で、(3)最初の分化はハワイ島で起こっていた可能性があった。ハワイメンハナバチ類は、主に東アジアに分布する Nesoprosopis という亜属に含められ、東アジアに起源があると考えられてきたが、この仮説を支持していた。さらに、最も新しい島であるハワイ島で初期の分化が起こったことから、その起源は比較的新しく、新しい島から古い島へと分散していった可能性がある(つまり‘Progression Rule’には従わなかった)。


ハワイメンハナバチ類は、ハワイ島が形成された後(つまり43万年前以降)にやってきて急速な種分化がおこり60種にまで増えたことが示唆された。そこで、最も急速な種分化がおこったことで知られているハワイの固有コオロギ類(Laupala)と同様に種分化速度と計算すると・・・


r = [ln(Ne)-ln(Na)]/t


r:種分化率
ln:自然対数
Ne:現存種数(53種)
Na:祖先種数(1種)
t: 分化時間(ハワイ島形成時期43万年前:0.43Myr)


r = [ln(53)-ln(1)]/0.43 = (3.97-0)/0.43 = 9.233


 なんと、固有コオロギ類の100万年あたり4.17種の2倍を上回る9.23種を記録した。


 また、ハワイメンハナバチ類の生態タイプは、初期は地上営巣タイプが、そしてその後枝営巣タイプと労働寄生タイプが分化していったと推定された。


文献
Magnacca KN, Danforth BN (2006) Evolution and biogeography of native Hawaiian Hylaues bees (Hymenoptera: Colletidae). Cladistics 22: 393-411.


 東アジア産の亜属 Nesoprosopis のサンプルがわずか2種類ですが、ハワイメンハナバチ類の起源が日本もしくは東アジアにあった、という興味深い結果です。というのも、明確に東アジアを起源にもち、ハワイで放散をとげた動物群はあまり知られていません。現在ハワイで外来種として知られているハナバチ類15種のうちほとんどは北米産です。


 また、初期には地上営巣タイプの種であった可能性が示唆されていますが、これは祖先種が海を渡ってきたことを考えると少し違和感があります。しかし、形成されたばかりのハワイ島では、乾燥した場所であった可能性があるため地上営巣タイプが適しており、雨林が形成されるに伴い枝営巣タイプに再びシフトしたのかもしれません。


 ハワイ固有のコオロギ類(Laupala)では、急速な種分化は、雄の鳴き声など求愛行動が促したものであると推定されていましたが、ハワイメンハナバチ類ではそのような求愛行動はまだ観察されていません。ただ、顔の黄色の紋は種間で多様なので、何らかの求愛行動に関連していたらおもしろいなと思います。とはいえ、ハワイ諸島という特殊な環境が種分化により重要な影響を与えているのは確かでしょう。


*メンハナバチという和名(Hylaeus)は、チビムカシハナバチ、チビムカシハナバチモドキ、メンハナバチモドキといった別称もあります。ちなみに、ムカシハナバチ科(Colletidae)は名前に見るように原始的な系統のイメージがありますが、近年の分子系統解析などから、他の単独性ハナバチ類に比べても特に原始的というわけではないようです。


(ムカシハナバチ科+Stenotritidae)とコハナバチ科(Halictidae)が姉妹群。
(ムカシハナバチ科+Stenotritidae+コハナバチ科)とヒメハナバチ科(Andrenidae)が姉妹群。


文献
Almeida EAB, Danforth BN (2009) Phylogeny of colletid bees (Hymenoptera: Colletidae) inferred from four nuclear genes. Molecular Phylogenetics and Evolution 50: 290-309.


 ハワイメンハナバチについては近年立派なモノグラフ(形態、見分け方、分布、訪花植物など)が出版されました。



Hawaiian Hylaeus (Nesoprosopis) Bees (Hymenoptera : Apoidea)