査読コメントが辛いわけ

 いわゆる研究者にとって大事な仕事はいくつかあるわけですが、若手研究者にとって最も大事なことは論文を書くことかと思います。


科学論文が出版されるまでにはおおまかに以下の過程を経るのが一般的でしょう。(1)アイデアを練る(仮説をたてる)、(2)データをとる、(3)データを解析する、(4)論文を書いて雑誌に投稿する、(5)論文の査読(審査)結果に従って改訂する、(6)論文が受理され出版される。


このうち、(6)は誰にとっても嬉しいことでしょう。また、(1)や(2)、(3)、(4)を好む人もあるように思います。問題は、(5)です。論文を専門雑誌に投稿すると、幾人かの査読者(Referee or Reviewer)に原稿が送られ、出版に値するかどうかについて批判的な審査が行われます。優れた論文原稿なら、そのまま掲載可として受理されることもあるのでしょうが、多くの原稿には、いくつかの質問や批判的コメントがつけられて返送されてきます。


論文が掲載されるためには、これらのコメントに沿って改訂する必要があります。この、質問や批判コメントを読んで改訂する作業が私には毎回苦痛に感じるのです。批判的コメントの中には、自分自身が気にはなっているけど放置していた問題や、議論の矛盾点などを指摘するなど論理的なもの以外に、やや感情的な意見(仮説、結果、方法自体の否定、いいがかりなど)も含まれていることもしばしばです。このような査読結果に対応して論文を改訂する作業は、科学論文が健全に世に送り出される過程として重要であるとは認識しつつも、実際はなかなか辛いものです。この作業が好きな人というのはいるのでしょうか。いやきっといるのでしょうが、今までお会いしたことはありません。誰しも多かれ少なかれストレスを感じながら取り組んでいるように思います。もし好きな人がいるならば、マゾヒストなのではないかと思っているほどです。


 さて、前置きが長くなりましたが、先日、投稿していた論文が返送されてきました。4月下旬に投稿した論文なので、1ヶ月ちょっとで返ってきたことになります。私の経験の中では、その査読期間は早い方ですが、その手紙には、編集者以外に5人もの査読者がコメントを寄せていました。わずか1ヶ月ちょっとで5人もの査読者に依頼し、審査結果を回収するという編集者の手腕に少し驚きました(参考)。


そもそも1論文に対して通常何人の査読者からのコメントが寄せられるのでしょうか。とある日本人研究者の過去10年間の投稿履歴をもとに傾向を調べてみました*。



査読者数(横軸)とその割合(縦軸)
(A) 投稿数(B)雑誌数


 データは、1人の研究者が責任著者(つまり論文を書いた人)として、ISI登録雑誌に投稿し、最初の査読結果にコメントを寄せた査読者数を調査しました(編集者が査読者とは異なった意見や批判を寄せた場合は加えた)。30誌(科学・生物学、3誌:生態学・進化学・保全、11誌;昆虫学・動物学、12誌;植物学・菌学、4誌)に合計45回の投稿を行ったうち(査読者に送られず編集者によるリジェクトは除く)、69%で査読者が2名で次に3名、1名の順に多かった(図A)。なお、(最初の)査読の結果、リジェクト(掲載不可決定のこと、ただし再投稿を認める一旦リジェクトは除く)された場合と、リビジョン(改訂)の機会を与えられたかアクセプト(受理)された場合で、査読者数に統計的な有意な違いはありませんでした。


投稿数には同じ雑誌への投稿が複数あったため、雑誌の重複を除いて30誌で割合を調べた結果(雑誌で査読者数がばらつく場合は最頻値を利用)、73%の雑誌で査読者は2名で、特に大きな変化は変わりませんでした(図B)。また、日本の学会発行の雑誌(5誌)と海外の雑誌(25誌)との間にも査読者数に統計的な有意な違いはありませんでした。さらに、雑誌のインパクトファクター(Impact factor)と査読者数の間にも明確な相関関係は検出されませんでした。


 1人の査読者によるコメントの場合には、他の査読者がコメントなしでそのまま受理を推薦する場合と、真に査読者が一人である場合の両方の可能性があるようです。査読者が3人の場合も、雑誌が査読者は常に3人と決めている場合と、2人の査読者の意見が割れた場合にもう1人の査読者を指定して意見を求める場合の両方があるようです。


 ということで、査読者は通常2名で、1名の時3名の時もあるが、4名以上つく時は稀、ということでした。


 それにしても、4人以上の査読者がつくというのはどういう場合なのでしょうか。いまいち検討がつきません。5人もの査読者のコメントを読むのが辛いので、現実逃避につまらない計算をしてみた、というのが今日の本音です。


*最初の審査(First decision)のみの査読者数のみを調査。二度目以降の審査でさらに別の査読者に回す場合もあって、合計の査読者数はより増加する時も多々あるようです。