海洋島の生物地理学における一般動態理論

 2009年に「島の生物地理学の理論、再び」を紹介しました。その中で、Robert J. Whittakerらが、マッカーサーらの理論は孤立した海洋島ではうまく説明できないことが多く、新たに「海洋島生物地理学における一般動態理論(general dynamic theory of oceanic island biogeography)」を提唱していました。これは、2008年に彼が編集していた専門誌 Journal of Biogeography の原著論文として出したものの(ほぼ)再録でした*1



The Theory of Island Biogeography Revisited


2009年当時は、海洋島に特殊化した理論だなあと、それほど熱心に読んでいませんでした。しかし、先日、Whittakerらの理論を検証する論文のプレプリントを読む機会があり、発表からわずか4年の間にこの分野として重要な理論となりつつあることを感じました。Whittaker自身が長年Journal of Biogeographyの編集長を務め、さらに「Island Biogeography」や「Biogeography」といった主要な教科書の執筆者という影響力もあるのでしょうか。



Island Biogeography: Ecology, Evolution, and Conservation



Journal of Biogeography


ということで、遅ればせながらエッセンスだけでも勉強しておこうと原著論文にあたってみました。


 マッカーサーたちの理論は、大陸から近い島や遠い島といった抽象的な島を想定し、島への移住率と絶滅率を考慮して平衡種数を説明したと一般には捉えられています(参考:島面積と種数の関係:メカニズムのまとめ)。しかし、孤立した島では、移入率が極端に小さく、島での種分化過程が種数増加には重要になってくることはマッカーサーらも気づいてはいました。その後の研究者の何人かも、島内での種分化過程も重要だと指摘してきました(参考:島が大きくなるほど種分化がおこりやすい種分化に必要な最小の島面積は?)。そこで、Whittakerらは、海洋島の誕生(海面上に出現)から死亡(海面下に沈降)までの期間で、環境収容力とともに種数が動的に変動すること、そして、この種数が島外からの移住、島内での絶滅だけでなく、島内の種分化によって説明できることを理論として提唱したというわけです。


 海洋島は、誕生から死亡まで、大陸島などと比べてよりクリアに定義できます。例えば、ハワイ諸島は、現在のハワイ島(Big Island)が最も新しい島で、北西に向かうほど古い島であることがわかっています*2(参考:ハワイ諸島の形成史)。現在のハワイ島は、ハワイ諸島最大の島で、加えて4000mを超える高い山を有しますが、北西に向かうほど、島面積は小さく、標高も低くなります(図1)。そして、北西ハワイ諸島(カウアイ島より北西の小さな標高の低い島群)のように、島が削られ風化し沈降して最終的には海面下へと姿を消します(図1)。



図1. 島の誕生から消失までの地形の変化(Whittaker et al. 2008より


Whittakerらは、このような島の歴史の中で、生物が生息可能な潜在的な環境収容力が変動し、これにあわせて種数の変動を予測しました。そして、マッカーサーらと似た図を用いて、移住率、絶滅率に加えて種分化率が時間軸にそって変動することによって種数を説明したわけです(図2)。



図2. 島の誕生から消失にかけて時間軸に沿った環境収容力、種数、移住率(immigration rate)、絶滅率(extinction rate)、種分化率(speciation rate)の変動パターン(Whittaker et al. 2008より


また、島の隔離度(どれだけ供給源の大陸から離れているかの度合い)によって、移住率が異なるため、これに影響を受けて種分化率も変動することを指摘しています。つまり、移住率が高い場合(I3の曲線)、種分化率(S3の曲線)は低い範囲をとることを示しています(図3)。



図3. 移住率と種分化率の関係(Whittaker et al. 2008より


 この一般動態理論が成り立つとすると、導かれる予測パターンがあります。その代表的なものとして、「種数および単島固有種数(single island endemic)は、島が古くなるとともに上昇するが、その後減少する」ということです。このような関係は「humped relationship」と呼ばれています。適切な日本語を思いつかないのですが、「一山型の曲線」を描くと表現しておきましょう(図4)。



図4. 島の面積と年齢と種数の関係(Whittaker et al. 2008より


一般動態理論の主な予測


1. 種数および単島固有種数は、島の年齢に対して一山型の関係をもち、ある時間断面での諸島全体で見ると島面積に対して正の直線関係をもつ(図4)。


2. 種数および単島固有種数は、最大面積で最高標高で成熟した島でより高い(図2)。


3. 移住率と種分化率は、島の隔離度に対して変動する(図3)。


4. 放散(lineage radiation)は最初の移住フェーズの後、島が成熟する(環境収容力が増え、地形が複雑になる)とともに卓越していく。


5. 山地性の種類は島面積の減少とともに(生息地の減少により)徐々に絶滅していく。


6. 単島固有種の割合は、島の年齢に対して一山型の関係をもつ。これは、面積や環境収容力が減少しつつある(古くなりつつある)島では予測8によって単島固有種が失われるためである。


7. 属あたりの単島固有種数は新しい島で多く、古い島では減少する。


8. 島が古くなるほど、単島固有種の一部はより新しい島に移住する(参考:ハワイ諸島での種分化:‘Progression Rule’)。このため、単島固有ではなくなる。


9. 放散後に残った遺存固有が古い島に見られる。


10. 最高標高に達した段階の島で適応放散(adaptive radiation)が最も卓越する。相対的にやや古くなった島では、島内の異質性が高まり非適応放散(non-adaptive radiation)がより重要になりうる(参考:適応放散と非適応放散)。


 Whittakerらはこれらの予測すべてを検証することは不可能としつつも、島の年齢に対する多様性(種数、単島固有種数など)の一山型の関係についての予測(図4:1および6の一部)は検証できると考えました。そこで、カナリア諸島(7島、節足動物、植物、陸産貝類)、ハワイ諸島(10島、節足動物、甲虫類、開花植物、陸産貝類)、ガラパゴス諸島(13島、昆虫類、甲虫類、植物)、マルケサス諸島(10島、植物)、アゾレス諸島(9島、植物、陸産貝類)のチェックリスト(記録)を使ってその予測を検証しました。検証には、図4の予測となる以下の式の当てはめを行いました。


式1)Diversity = a + b × (Time) + c × (Time2) + d × (log Area) ,


Diversity(種数、単島固有種数、在来種に占める単島固有種数の割合、属に占める単島固有種の割合)、Timeは島の年齢(Time2は島の年齢の2乗)、Areaは島面積、a〜dは定数です。これらの当てはまりを、その他、従来の島面積ー種数関係のモデルと比較しました。結果として、式1)が他のモデルに比べて最も果てはまりが多く、島年齢に対して一山型の関係が見出されました(つまり予測1は検証された)。


文献
Whittaker RJ et al. (2008) A general dynamic theory of oceanic island biogeography. Journal of Biogeography 35: 977-994.


 「海洋島の生物地理学における一般動態理論」の骨子をまとめてみましたが、この理論、日本近辺では実データをもってこれを検証するのは難しいというのが実感です。というのも、日本で、種分化が起こるほど隔離された海洋島というのは小笠原諸島くらいですから(単島固有種も少ない)。しかも海洋島の中でも、かなり古いので、一般動態理論でいえば、かなり種数が減少した古い島にあたるでしょう。火山列島は、南硫黄島近辺から北硫黄にかけて歴史的に追うことは可能だけれど、いかんせん種分化が起こっているほどに古い島はありません。ということで、ハワイ諸島カナリア諸島などのようにかなり新しい島から古い島までが集まった場所はありません。


とはいえ、島の種数を考える上で、島面積だけではなく島の年齢を考慮するというのは、他の生態学のパターンを説明する参考になる概念になってくると思っています。

*1:2007年の「島嶼生物地理学の理論」40周年の記念シンポジウムではじめて提唱したのかもしれませんが。

*2:大陸プレートの移動とともに島は随時北西方向に移動しています。