生物的防除が落とした影(3)タヒチでカタツムリが大量絶滅?

 陸産貝類(いわゆるカタツムリ)は、特に島では固有種が多くその移動能力の小ささや分布域の狭さから、世界でも最も絶滅しやすい生物群の一つです(参考:世界で最も絶滅してしまった生物とは・・・)。


絶滅の主要因として、人が島に入植した時代では生息地(森林など)の破壊が最も大きかったといえるでしょう。その後、人とともに持ち込まれた外来生物による影響が大きくなってきました。特に、害虫として農作物に被害を及ぼしてたり感染病の寄主ともなっているアフリカマイマイを退治するために持ち込んだ天敵・ヤマヒタチオビの影響は大きかったと言われています(参考:生物的防除が落とした影 肉食のカタツムリ捕食性カタツムリ・ヤマヒタチオビ)。


タヒチは、仏領ポリネシア(French Polynesia)にある島で、その周囲にある島を含めてソシエテ諸島(Society Islands)と呼ばれています。この諸島には樹上に生活するポリネシアマイマイ類の固有種がたくさん見られ、その殻の美しさから島の女性たちは貝殻を使った首飾り(レイ)を作ってきました。ところが、アフリカマイマイ退治を目的に、1970年代にヤマヒタチオビを放したことで、たくさんいた固有のポリネシアマイマイたちはどんどん姿を消すことになりました。誤った生物的防除の適用例として今後も長く伝えられるでしょう。



ソシエテ諸島 Society Islands(Googleより


タヒチポリネシアマイマイ類の画像
http://2.bp.blogspot.com/_Avn14E-3prY/RosTUG5Er7I/AAAAAAAAABU/7lhCVQVR-xg/s1600-h/ptplate1.jpg


 2000年から2001年にかけて1990年代に生存が確認されていた個体群を再調査した。しかし、その結果、タヒチ島以外の個体群では生存が確認されなかった。


つまり、ソシエテ諸島にはポリネシアマイマイ類が61固有種知られていたが(Partula 58種、Samoana 3種)、Partula ではタヒチ島の4種をのぞくすべての種が野生絶滅してしまった可能性がある。


島名:Partula 種数(野生絶滅種数):ヤマヒタチオビ導入年-推定絶滅年
Bora Bora:1種(1種):1986年-1987年
Huahine;3種(3種):1992年-1997年
Raiatea:33種(33種):1986年-1998年
Tahaa;6種(6種):1986年-1992年
Moorea:7種(7種):1977年-1987年
Tahiti:8種(4種):1975年-


文献
Coote T, Loéve É (2003) From 61 species to five: endemic tree snails of the Society Islands fall prey to an ill-judged biological control programme. Oryx 37: 91-96


 「61種から5種へ」という衝撃的な論文タイトルでした。なお、Huahineの2種、Raiateaの4種、モーレア島(Moorea)の5種、タヒチ島Tahiti)の5種については、人工飼育個体群(Captive population)が実験室で維持されており種絶滅は逃れています。


 これだけ野生個体群が全滅してしまうと大量絶滅といえるかもしれません。ただし、以後の調査で朗報もあります。


 タヒチ島でかろうじて生き残っているポリネシアマイマイ類数種(Partula spp.)について、残存野生個体群と飼育個体群からミトコンドリアDNAを抽出し、ヤマヒタチオビ導入前に採集された標本から抽出したミトコンドリアDNAと比較し、遺伝的多様性について調査した。


結果、驚くべきことに、残存している野生個体群と飼育個体群の両方で、過去に生息していた分類群(5つのクレード)はいずれも絶滅していないことがわかった。


文献
Lee T et al. (2007) Tahitian tree snail mitochondrial clades survived recent mass extinction. Current Biology 17: R502-503.


 多くの個体群が絶滅したにもかかわらず、残った種群の多様性はまだ維持されていたということです(これまでの形態種は雑種も含むため、種というよりもミトコンドリアDNAでは判別した分類群、つまりクレードを保全単位として捉えている)。あきらめずに保全する価値は高いということでしょう。


さらに、大量絶滅の報告後にはありがちな再発見もなされました(参考:絶滅判定は悪魔の証明)。


 モーレア島(Moorea)にはポリネシアマイマイ類9種(Partula 7種、Samoana 2種)が分布していたが、1977年にヤマヒタチオビを導入して以来減少し、Partula 5種の飼育個体群を除き、1987年までにはすべての種が絶滅したと考えられていた。しかし、近年の詳細な調査により、モーレア島でも残存個体群が見つかった。


ヤマヒタチオビ導入前に採集された博物館標本からミトコンドリアDNAを抽出し、現存野生個体群と飼育個体群から抽出したものと比較した。


その結果、過去に見られたポリネシアマイマイ類の8つの分類群(クレード)(Partula 6、Samoana 2)のうち7つが現在も残っていることがわかった。


文献
Lee T et al (2009) Moorean tree snail survival revisited: a multi-island genealogical perspective. BMC Evolutionary Biology 9 :204


 タヒチ島と同様、モーレア島でも飼育個体群をあわせれば元の分類群(ミトコンドリアDNAで判別したクレード)がほとんど絶滅せずに残っているということがわかってきました。


つまり、野生個体群をヤマヒタチオビから護りつつ、ヤマヒタチオビを駆除して飼育個体群の生息地への再導入を行うという将来的な目標が明確になりつつあるように思います。