ヒカリコメツキが光る理由

 先日放映されたテレビ番組の中で「ヒカリコメツキの発光」映像が大変興味深かった。


 世界の生物多様性ホットスポットを、福山雅治がナビゲーターとして訪れていくという番組です。ホットスポットの定義については、以前に少し触れました(ホットスポットとは)。


ホットスポット 最後の楽園

2011年1月10日放送のプロローグ(ナビゲーターの福山雅治とヒカリコメツキによる発光)


 シロアリの塚に生息するヒカリコメツキが発光するのです。その発光の映像はなかなか美しく、番組サイトから動画を観ることができるようです(第2回ブラジル・セラード〜光る大地の謎〜)。


 現在は大変便利な世の中で、ヒカリコメツキについての情報が知りたければ「Google Scholar」で関連キーワードで検索すれば、研究論文にあたることさえできます。ブラジルはポルトガル語圏ですが、研究者は英語で論文を書いてくれるのでアクセスしやすくなっています。というわけで早速検索してみると、ケンブリッジのオンライン昆虫学雑誌「Psyche」にて2010年に総説論文が出ていました。また、ヒカリコメツキの新種記載論文と、最初に生態を報告した論文もブラジルの動物学雑誌(Revista Brasileira de Zoologia)にてフリーで読むことができました。


 簡単に要約しておきましょう。


 ブラジルのセラードと呼ばれる草原地帯では、テングシロアリの一種(Cornitermes cumulans)のコロニーが高密度で見られます。このシロアリのコロニーは、巨大な塚を形成しますが、雨期の最初の一週間だけ、夜間に緑色に鮮やかに光ります。この奇妙な現象は、19世紀から知られており、その光源について、旅行者やナチュラリストの間でさまざまな推測がなされました。その中の一人、Laporteという人は、「小さな光る幼虫(small phosphorescent larvae)」が原因だと推測しました。


1980年初頭、当時ハーバード大学の学生で、現在は著名な保全生物学者である Kent H. Redford がこのシロアリを食べるアリクイを研究していました。そして、シロアリの塚が光る現象に興味を抱き、1981年11月にこの発光原因は塚の表面から頭を出しているコメツキムシの幼虫であることをつきとめました。塚あたり平均180頭の幼虫がいて光っていたそうです。こうして100年たって初めてLaporteの仮説が裏付けられたわけです。そのコメツキムシの標本ははサンパウロ大学の Cleide Costa の元に届けられ、新種のヒカリコメツキ(Pyrearinus termitilluminans)として記載されました。


 なぜ、ヒカリコメツキの幼虫はシロアリの塚で光っていたのか。このヒカリコメツキの幼虫は、シロアリの巣の内部に生息しているわけではなく、巨大な塚の外面にトンネルを掘って生息していたのです。このテングシロアリの塚が見られるセラードには、複数種のシロアリ類やアリ類が生息しており、雨期の最初の雨を合図として、コロニーからオスとメスの羽アリが出現し結婚飛行を行います。たいていの昆虫は正の走光性とよばれる性質を示しますが(灯りに虫が集まる現象)、これを利用して、ヒカリコメツキの幼虫は塚から頭胸部を出して、胸から緑色に発光し、羽アリをおびき寄せます。そして、ヒカリコメツキの幼虫は強力な大アゴで羽アリを捕まえて食べるのです(複数種のシロアリやアリの有翅虫を実際捕食していたことが確かめられています)。


コメツキムシの幼虫は捕食性で知られていますから、この捕食の性質自体が不思議なわけではありません*1。実際これ以前にもシロアリの巣内でワーカーやニンフを食べるコメツキムシの幼虫は知られてきました。光を使って、餌をおびきよせて食べてしまうのがおもしろいのです。


 さて、ヒカリコメツキですが、実は幼虫だけではなく蛹も成虫も光るそうです。幼虫はともかくとして、他の発育段階では「光る」ことにどういう意義があるのでしょうか?


幼虫も成虫も光る昆虫として、ヒカリコメツキ以外にもホタルがよく知られています*2。ホタルはオスとメスの出会いのコミュニケーションとして発光していることはよく知られているでしょう。と、同時に実はホタルは(ヒキガエルなどを除く脊椎動物に対して)強い毒性を持っていることでも知られています。つまり、光ることは捕食者に対してのシグナル(危険信号)としても働いている可能性もあるのです。実際、ホタルの色彩に(ベーツ型)擬態した昆虫も多く知られているほどです。


ヒカリコメツキの成虫は、前胸背に一対の緑色に光る発光器を持っていますが、腹部(腹板)にも第三の発光器を持っており、後者は飛翔時にのみ発光し、緑色ではなくオレンジから赤または黄色に光るそうです。別種の発光写真が「海野和男のデジタル昆虫記」にも掲載されています(ペルー昆虫記 ヒカリコメツキ)。ヒカリコメツキの発光は、成虫間のコミュニケーションに使われているのでしょうか、それとも何らかの毒物質も持っていて防御としての意義があるのでしょうか? 残念ながら、成虫についての生態はほとんどわかっていないのが実情のようです。


文献

Costa C (1982) Pyrearinus termitilluminans, sp. n., with description of the immature stages (Coleoptera, Elateridae, Pyrophorini). Revista Brasileira de Zoologia 1: 23-30.


Redford KH (1982) Prey attraction as a possible function of bioluminescence in the larvae of Pyrearinus termitilluminans (Coleoptera: Elateridae). Revista Brasileira de Zoologia 1: 31-34.


Costa C, Vanin SA (2010) Coleoptera larval fauna associated with termite nests (Isoptera) with emphasis on the“Bioluminescent Termite Nests” from Central Brazil. Psyche 2010 Article ID 723947. この総説では、Pyrearinus termitilluminans 以外のヒカリコメツキ類についても触れられており、また Cornitermes cumulans の塚を利用するさまざまな甲虫類(他のコメツキ、クロツヤムシ、ジョウカイモドキ、コガネムシゴミムシダマシ、ハンミョウなど)が紹介されています。一般にシロアリの巣にはさまざまな昆虫が関係しているようで、日本でも大変ユニークな生物相をもつことが dantyutei さんのブログでも紹介されています。


 考えてみれば、光を使って餌をおびき寄せる戦略はヒカリコメツキの幼虫だけの専売特許というわけではありません。オーストラリアやニュージーランドの洞窟にみられるヒカリキノコバエの幼虫は、粘液の糸を垂らし、自ら発光して餌をおびき寄せて糸にからませて食べてしまいます。また、もっとよく知られた例として、チョウチンアンコウがいます。チョウチンアンコウのメスには、ルアーという頭部の前方に発光器があり、その中に発光バクテリアを保持し、このバクテリアの光によって餌をおびき寄せて捕食します(つまりチョウチンアンコウと発光バクテリアには発光共生という相利共生関係が見られる)。


 より広くみれば、魚類、節足動物や発光バクテリアだけでなく、先年ノーベル化学賞の受賞対象となる発見にかかわったオワンクラゲなどの腔腸動物、軟体動物、環形動物棘皮動物、菌類、はては海藻までさまざまな分類群に発光する種類が見られます。しかし、その光るという生化学的な仕組み(至近要因)に比べると、その適応的意義(究極要因)はほとんど明らかになっているとはいえません。


 ということで、2月6日には本編「第2回ブラジル・セラード〜光る大地の謎〜」が放送予定なのでチェックしたいところです。

*1:枯死木の中に生息するコメツキムシの幼虫の中には、越冬中のスズメバチの成虫を食べてしまうものもいるほどです。ただし、一部の種では植食性で、農作物の害虫となることもあります。

*2:ヒカリコメツキもホタルもルシフェリンという物質をルシフェラーゼという酵素で酸化させて発光しています。コメツキムシ科のすべての種が光るわけではなく、しかもホタル科とは別の科ですから、両方の発光甲虫は独立に進化してルシフェラーゼを獲得したというわけです。