虫下しがダイコクコガネの減少原因か?

 食糞コガネムシ類、いわゆる「糞虫(ふんちゅう」は、私が昆虫少年の頃にはちょっとしたアイドル的な存在でした。


特に、「どくとるマンボウ昆虫記」にも登場するダイコクコガネとよばれる大型糞虫の雄には、カブトムシに勝とも劣らない立派な角があり*1、図鑑を眺めてはいつか採ってみたいと焦がれたものです。



ダイコクコガネ大型♂の立派な角
(背後にみえるのは小型♂で相対的に角が小さい)


 ダイコクコガネ類は、餌である糞を見つけると、地下に穴を掘って育児部屋を作り、この中に糞を持ち込んで、育児球(糞団子)を作り、その中に1個ずつ卵を産み付けます。産卵後も育児球を管理し幼虫の成育を見守ります*2。興味深いのは、雄は雌の育児部屋作りを手伝ったり、他の雄がやってこないように防衛を行うことです。


 ダイコクコガネは大型哺乳類の糞を食べるため、日本では山間部の牧場などで採集されてきました。しかし、ダイコクコガネはこの数十年、日本の各地からどんどん姿を消しています(最新の日本レッドデータでは絶滅危惧II類:参考)。山間部の多くの牧場が閉鎖されたことが原因の一つとして考えられてきました。


しかし近年、家畜に使うイベルメクチン(Ivermectin)といわれる駆虫剤(いわゆる虫下し)が糞を食べる昆虫に強い影響を与えている可能性が指摘されています。つまり、イベルメクチンを含む糞が排出され、これを食べる昆虫に影響があるかもしれないということです。これまでの研究で食糞性のハエやコガネムシなどの繁殖に影響を与えるということは国内外の研究で明らかになっていましたが、ダイコクコガネでもその影響が実験的に確かめられました。2,3年前に学会で聞いたのですが、すでに論文でも発表されていました*3


 論文ではフンバエや食糞性昆虫群集全体への影響も査定されていますが、独断と偏見で(個人的趣味で)食糞コガネムシに絞ってその影響を紹介します。


 まず、イベルメクチンの残留性について。乳牛に処理後、糞に含まれる濃度を連日調査したところ、処理1日後の糞が最も高濃度で、3日後には(1/2から1/3に)急速に減少、その後は3週間かけて徐々に減少し、1ヶ月後にはほとんど検知されなくなった。


1. ツノコガネ(Liatongus minutus
 イベルメクチン処理後、1日、3日、7日、14日、21日後の糞およびイベルメクチンを処理していない糞(コントロール)を使って、雌成虫あたりの育児球の形成数、そして幼虫の生存(羽化率)を調査。結果、実験室では、処理糞とコントロール糞では、雌成虫あたりの育児球数に違いはなかった。しかし、育児球からの羽化率は、処理後1日、3日、7日、14日の糞では、コントロールの糞よりも有意に低かった。ただし、21日後の糞では違いはなかった。


2. マエカドコエンマコガネ(Caccobius jessoensis
 イベルメクチン処理後、1日、3日、7日、14日後の糞およびイベルメクチンを処理していない糞(コントロール)を使って、雌成虫あたりの育児球の形成数、育児球の重量、そして幼虫の生存(羽化率)を実験室条件下で調査。結果、処理糞とコントロール糞で、雌成虫あたりの育児球の数および平均重量に大きな違いはなかったが(一部差はあった)、処理後1日と3日の育児球とコントロールの育児球での羽化率は大きく異なっていた(処理後1日と3日の育児球からはほとんど成虫が羽化してこなかった)。


3. ゴホンダイコクコガネ(Copris acutidens
 28成虫(16雌、12雄)をイベルメクチン処理1日後の糞100gを入れた大きなケース(直径30cm、深さ40cm、火山灰土壌30cm)で飼育し、処理しないない糞(コントロール)100gで飼育した34成虫(19雌、15雄)とで、成虫の生存率と育児球の(合計)形成数を比較した。結果、飼育開始後30日で、処理糞のケースでは17.6%の成虫が死亡し(コントロール糞:3.6%)、60日後では64.7%(コントロール:3.6%)、90日後では94.1%(コントロール :3.6%)が死亡した。また、処理糞では育児球は一個も形成されなかった(コントロールでは13個形成)。


4. ダイコクコガネ(Copris ochus
 27成虫(15雌、12雄)をイベルメクチン処理1日後の糞100gを入れた大きなケース(直径30cm、深さ40cm、火山灰土壌30cm)で飼育し、処理しないない糞(コントロール)100gで飼育した25成虫(14雌、11雄)とで、成虫の生存率と育児球の(合計)形成数を比較した。結果、飼育開始後30日で、処理糞のケースでは12.0%の成虫が死亡し(コントロール糞:0%)、60日後では40.0%(コントロール:0%)、90日後では84%(コントロール :11.1%)が死亡した。また、処理糞では育児球は一個も形成されなかった(コントロールでは22個形成)。


文献
Iwasa M. et al. (2005) Nontarget effects of Ivermectin on coprophagous insects in Japan. Environmental Entomology 34: 1485-1492.


Iwasa M. et al. (2007) Adverse effects of ivermectin on the dung beetles, Caccobius jessoensis Harold, and rare species, Copris ochus Motschulsky and Copris acutidens Motschulsky (Coleoptera: Scarabaeidae), in Japan. Bulletin of Entomological Research 97:619–625.


 まとめると、ツノコガネやマエカドコエンマコガネでは、イベルメクチン処理の糞でも育児球形成は正常に行うが、それを食べる幼虫の生存率は減少し、羽化率は低くなりました。一方、大型のダイコクコガネやゴホンダイコクコガネでは、イベルメクチン処理の糞では全く育児球を形成しないばかりか、成虫自体の生存率も大きく減少したというわけです。


 ダイコクコガネ類は、使える個体数が多くなかったのか、実験自体はツノコガネやマエカドコエンマコガネに比べてちょっとおおざっぱですが、イベルメクチンによる強い影響は十分に検出されているといえるでしょう。


 ただし日本でイベルメクチンが正式に使われるようになったのは1996年以降のことのようです。ダイコクコガネはそれ以前からすでに減少しているので、全国的な減少には複数の要因が絡んでいると思います。


参考文献
Bang HS et al. (2004) Developmental biology and phenology of a Korean native dung beetle, Copris ochus (Motschulsky) (Coleoptera: Scarabaeidae). The Coleopterists Bulletin 58:522-533.


Sugiura S et al. (2007) Sexual and male horn dimorphism in Copris ochus (Coleoptera: Scarabaeidae). Zoological Science 24:1082-1085.

*1:カブトムシと同様メスにはオスのような立派な角はありません。

*2:一方、その他の食糞性コガネ類は、育児球を作るものの、卵は産みっぱなしのことが多いようです。

*3:2年ほど前に新聞記事としてとりあげられていたようです。